第32話

正直最初はなんだこいつと思っていた。


良い家柄の人間で、勉強もスポーツもなんでも完璧にこなしてしまう人間。俺はそんな人間が嫌いなのかもしれない。しかも顔も良いのだから本当に卑下するところがないのが更にムカつく。

人当たりも良いため彼女の周りにはいつも人がいる。だが当の本人の彼女はどうやらそこまで人づきあいが好きではないのか、どこかめんどくさそうに対応している様に思える。しかし周りの人間はどうも思っていない様だ。

周囲の人間が彼女のことをもてはやすため、俺はふざけて彼女のことをまるでお姫様のようだと比喩したらなぜかそれが定着して、今では学校中の人間が彼女のことを姫だと呼ぶようになってしまった。

本人はこの呼び方を好ましく思っていないようなので悪いことをしたなと思いつつ、少しだけ良い気味だと思っていたのは内緒だ。

自分でもこんなことを思ってしまうのは性格が悪いと思っている。しかし鷹藤 凛のことをどうかと聞かれると最初にムカつくという感想が出てきていた。


あの喫茶店での出会いが無ければ


いつもの様に家の喫茶店の手伝い兼アルバイトをしていたら彼女が来店をしてきた。

自分は学校と喫茶店では人が変わる。まず言葉使いは学校とは比較にならないくらい丁寧になる。接客業のため丁寧になるのは当たり前だが、それでもそこら辺の接客業をしている店員には負けないくらい良い接客をしているという自負がある。接客の仕方は最初に祖父に叩き込まれたことなので、いつでも見返せる様にメモを普段から持ち歩いている程だ。

家の店は学校からも離れているし、まず学生が来るような料金設定もしていない店だ。友人にも喫茶店で働いていることは内緒にしていたため、学校の知り合いは絶対に来ないと油断していた。

彼女に気づかずにいつものように接客をしてしまい、色々なことを喋ってしまったのは今でも少し後悔をしている。しかし今のように彼女と話せているのは、あの時のことがなければ無かったので吹けば飛ぶような小さな後悔だ。


彼女の本性・・・というより本当の姿はぐうたらな人間だ。しかしそのぐうたら人間が成績も良く、スポーツも万能というのはきっとただぐうたらなだけではなく、家の評判を落とさないために勉強を頑張っているのだろう。彼女の友人である安藤 玲も本当の彼女を知っているため、家の外で彼女がやらかさないかしっかりと見るように彼女の両親からお願いをされているらしい。

喫茶店で会った次の日に彼女にコンタクトを取り、喫茶店で働いていることを内緒にしてほしいと頼んだら彼女も交換条件として俺の前ではぐうたらで居たいと言い出した。彼女が喫茶店でのことを黙っていてくれるならと気軽に条件を飲んでしまったが、学校で俺の膝で寝ると言い出した時は流石に参ってしまった。そこまで良い相手だと思っていなくても俺も男だ。絶世の美女と言っても差支えない彼女が自分の膝の上で無防備で寝ているのは心臓に悪いし、色々と抑えるのに必死だったのは言うまでもない。


彼女が寝てしまったため朝のHRに遅れてしまったため、目立ってしまいクラスメイトからは俺の悪評について様々な声が聞こえてくるのが分かる。しかし言われていることはどれもそう思われても仕方ない事だった。


しかしその声に怒りを感じているのは俺では無く彼女だった。


彼女は俺のために本気でクラスメイトに対して怒っていた。その証拠に今まで普通に喋っていたクラスメイトとは一言も喋らないようになったし、俺や明と友希それに安藤を除く人間にはどこか圧をだして生活をするようになった。

別に俺は庇って欲しかったり、気にかけて欲しかった訳では無かった。クラスメイトが言っていることは事実だし、普段からの態度が悪いことは自覚しているため言い返す気も無かった。しかし彼女が俺のことを本気で大切に思ってくれていることをこの件で分かったため、俺も彼女のことは本気で大切にしないといけないと思ったし、守らなければいけないとも思ったため彼女とはいついかなる時も一緒に居ることを心に決めた。そして一緒に居るためには彼女の評判を落とさないためにも、俺自身の授業態度や、学校生活での行動を見直すようにした。

俺と関わることで彼女の評判が落ちるのは耐えられない。


今日はいつものように帰ろうとすると、席から動く気配がない彼女を見つける。普段ならあっちのほうから俺の席に来るため不審に思い、彼女の顔を覗き込むと明らかに調子が悪そうだった。

授業中も普段は背筋をピンと伸ばして教師の理想のような姿勢で受けているのに、今日はどこかぼーっとしている様に見えた。これは具合が悪いのだろうと思い彼女を保健室まで連れて行く。

熱を測ってみるとやはり熱があった。こんなに高熱な人間を放っておくほど酷い性格はしていないため彼女の家まで送ることになったが、家の中に無理やりお邪魔することになってしまったのは俺としてもいい気分では無かった。

同級生の異性が家に入るのは中々良くないことだと俺は思っている。が、彼女はそんなことはお構いなしと言わんばかりに家の中に引き込むのは頂けない。いくら俺のことを信用してくれているとは言え、それでも他人の異性ということには変わりないのだ。

それに病気で普段よりも弱っているのだからもう少し危機感というものを持ってもらうようにしてもらわなければ、いつかひどい目にあってしまうかもしれない。今日の所は看病をするという事にはしたが、彼女には危機感を持つように言うようにしよう。


彼女がベットでしっかりと寝たため、起きた時に食べれるように近くのコンビニにご飯を買いに行くことにした。ご飯とは言っても病人が食べるものと言えばおかゆやうどんなどが出てくるが、調理が必要なものは人様のお家なので勝手にできないためNG。という事でおにぎりを数種類にゼリーなど食べやすいものを選ぶ。ついでに自分の夜ごはん用に何か買っておこう。


部屋に戻ってから、ベットで寝ている凜の顔を改めてよく見る。やはり改めてみると彼女の顔は芸術品の様に綺麗な、しかし触ったらすぐに壊れてしまうかと思わせるほどの儚さを見せる顔をしている。というか異性が目の前に居るのによくこんなにも堂々と寝れるなと、彼女の可愛い寝顔を見て頭を撫でながら思う。

いや、この前学校でも似たようなことがあるため本当に今更だが、もしかしたら凜は俺のことを異性とは思っていないのかもしれない。別に俺もなにかするつもりは毛頭ないため別にいいのだが・・・


この綺麗な顔を俺のしょうもない行動のせいで曇らせる訳にはいかない。そのためにはもっと他人から見られているということを自覚する必要がある。

凜と一緒に行動をするようになってから気づいたことだが、凜は普段から沢山の人間からよく見られている。それは家柄云々では無く単純に彼女の美貌と所作の美しさなどで見られているのだ。

よく見られているという事は当然、一緒にいる人間にも注目が集まるということになる。俺自身昔からそれなりに目を集める容姿をしているため慣れているつもりだったが、凜が感じている視線は俺の物とは別物だった。こんなに視線を集めてしまうというのは一種の才能だと思う。

凜と一緒にいる俺が碌でもないことをしたら凜に迷惑が掛かるだけでなく、最悪鷹藤家に迷惑が掛かるのだ。それだけは絶対に回避をしなければ・・・


なんやかんやあり、凜の母親である瞳さんにも挨拶ができたのはいい機会だったが流石に急すぎたためそこまでいい印象は感じて貰えなかっただろう。この後二人で話がしたいみたいだしそこで何とか良い印象を持ってもらえるよう努力をするようにしよう。

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