第23話
「今日はまず豆の焙煎からやってもらおうかな」
そう言って、エプロン姿の翼君は緑色の豆を取り出す。
土曜日のお昼時。この前言ってくれたように、私は翼君に珈琲のことを教わるためにお店に来ていた。
元々今日はお店をお休みにする予定だったそうで、どうせ休みならということで今日はじっくりと珈琲のことを教わることになった。
私と翼君はカウンターに並んで立っており、二人でお揃いの黒いエプロンを着けている。エプロンの下は翼君には腕が捲れて、動きやすい服のほうが良いと言われていたため、黒のロングスカートに、ベージュのパーカーというシンプルな服装で来ることにした。こんな簡単なコーディネートだが、これでも昨日の夜にそれなりの時間を掛けて選んだ物だ。
「豆の焙煎って具体的には何をするんですか?」
「焙煎は珈琲の生豆を炒ることを言うんだ。この少し緑色の豆が珈琲豆の生豆だな。」
彼は私に物を見せながら説明をしてくれる。
「珈琲豆って最初から黒色じゃないんですね」
「凜が想像している黒い豆は焙煎した後の物だな。この緑色から茶褐色、黒褐色に変化していくんだ。そしてどんどん香りが出てきていつもの珈琲豆が完成する。っていう流れだな。この焙煎の時間で味が変わるから本当に奥深いんだよ」
そう説明している翼君は本当に楽しそうな顔をしており、幼く、かわいい顔をしていた。
「あ、ここまで専門的な話はあまり興味なかったか・・・?」
「いえいえ、楽しそうに話している翼君を見ているだけでも私も楽しいですし、教わりたいと言い出したのは私なので勿論教えてもらうことはすべて私が興味あることなので気にせずに続けてください。」
「それなら良かった・・・。自分だけ盛り上がるのは凜にも悪いし、俺も恥ずかしいから」
翼君はそういって恥ずかしそうに頬を人差し指で掻いた。
私が翼君が教えてくれることを適当に聞くわけが無いんだからそんな心配をしなくても大丈夫だ。その証拠に今もこうやって真剣にメモを取っているのだから。
「んじゃ、話を続けると・・・」
気を取り直してという風に翼君は話を戻して、また焙煎の時に気を付けることと、有名な珈琲豆の種類やその特徴を大まかに説明してくれて、これから実際に焙煎をやってみることになった。
「それじゃあやっていくわけなんだけど。凜のその服装だとちょっと危ないかもな・・・少し触るぞ」
翼君は私近づきながらそう言うと、私の腕を取ってパーカーの袖をめくり始めた。
「ちょっと?翼君?」
「もう少し待ってろよ。すぐに終わるから」
この人は本当にパーソナルスペースという物がないのか?流石に年頃の女子に男子が軽々しくやって良い行動ではないと思うのだが?これが翼君ではなければそれなりの対応を取るところなのだが?
「よし!これでOK!焙煎は火を使うからな。何かあってからじゃ遅いから少しでもリスクを減らしとかないと!って凛・・・?どうしてそんな怒った顔をしているんだ?」
「別になんでもないですよー。ただ少し私のことを子ども扱いしすぎじゃないですか?」
「え・・・?俺なんか変なことしたか?」
「袖くらい言ってくれれば一人で捲れますし・・・時々思うんですが翼君って私のこと異性として見てませんよね?」
私が少し語気を強めながらそう問うと、翼君はハッとして焦り始めた
「ご、ごめん・・・凜ってどこかほっとけないというか、なんか妹に似ているんだよ。だからどうしても昔からの癖で凜のことは過剰に世話を焼いちゃうというか・・・嫌だったよな。」
「妹?翼君って妹さんがいたんですか?」
「え?ああ。言ってなかったっけ?小学生の妹が居るんだ」
「初耳です・・・てっきり一人っ子なのかとばかり」
「まあ俺ってお兄ちゃんって感じはしないしな。妹がいるっていうとよく驚かれるんだよ。明にも妹がいるならもっとしっかりしろって言われたしな」
彼は笑いながら楽しそうに話す
確かに彼には兄らしさを感じることは少ない。兄というかむしろ弟の方がしっくりくるかもしれない。
しかし頻度は少ないが、私は彼がしっかりしていると感じるときは確かにある。さっきのように先にリスクを排除してから行動することや、一緒に歩いている時にさりげなくだが車道側を歩いていたり、私の荷物を持ってくれることも多い。そういうところは確かに世話を焼いているという意味ではお兄ちゃんをしているのかもしれない。
「先程は少しキツイ言い方をしてしまいましたが、私は翼君に世話を焼かれることは別に嫌ではありませんよ。前も言った通り、私は元がぐうたらなのでむしろもっと世話を焼いてほしいとも思っています。しかし先程のような急に近づかれるというのは私もびっくりしてしまうので控えていただけると助かります。」
「以後気を付けます・・・ごめんなさい」
「はい。謝罪を受け入れます!あ、どうせなら今日は翼君のことをお兄ちゃんと呼びましょうか?」
「本当に俺が悪かったです。それだけは勘弁してください。」
翼君は私にお兄ちゃん呼びされることが本当に嫌らしく、顔を赤めながらしかめっ面をした。
そんな冗談を言いながらも私たちは作業を再開して、焙煎に取り掛かることにした。
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