第19話

翼君のお家につくまで私たち二人は無言で歩いていたが、無言でも気まずくはなく二人でいる空間はむしろ心地よかった。


今日の学校ではいつもの私らしくはなく、今までにない面を見せてしまった・・・

それに翼君にも迷惑をかけてしまったため、明日からはもっと気を張って生活をするようにしよう。

そのため今日は休息日として目一杯だらけるとしよう

翼君のお家は最寄り駅から歩いて10分程でついた

しかしお店のドアには看板でCloseと書いており、どうやら今日のお店はしまっているようだ


「今日はじいちゃんが用事があるから早めに店を閉めているんだよ。だから今日は誰もお客さんが来ないからゆっくりしていって大丈夫だぞ」


「分かりました」


彼はお店のドアをくぐると「準備してくるから適当にくつろいどいて」というとカウンターの奥に引っ込んで行ってしまった

そういえばこのお店の内装はしっかりと見たことがなかったな・・・少し回ってみるか

私はカウンターの席に荷物を置いてお店の中をじっくりと見て回ることにした

このお店は普通の喫茶店にしては広く、テーブル席が5席あり、カウンターの席は7個用意されている。お店の窓際には様々な模様のティーカップが置いてあり、外からもしっかりと見えるようになっている

カウンターの奥には焙煎済みの珈琲豆が瓶詰めされているものが置いてあり、この珈琲豆の香りで店内は満たされており、非常に落ち着く空間になっている。

壁には写真や、ポスターが貼ってあり、私はその写真の中に気になるものを見つけた


「これは小さい頃の翼くん・・・?」


その写真には一人の男の子を両隣で囲む男性と女性が写っていた

どうやらこのお店の前で撮った写真のようでお店の外装も今よりも綺麗だ。囲まれている男の子は笑っており、少し面影もあるため小さな頃の翼君だろう。その両隣にいる男女は最初は翼君のご両親かと思ったが、それにしては外見がお年を召している。誰だろうと頭を悩ましていると一人の男性の顔が浮かんだ。

ああそうか!この男性のほうは誠さんだ。このお店のオーナーでもある誠さんがきっとこの写真を撮ったのだろう。誠さんの隣にいるのは翼君の・・・

と写真を見ていると、お店の奥から翼君がいつもの制服とエプロンを着て出てきた


「ん?凛、何してるんだ?」


「少しお店の中を見て回ろうと思っていろいろ見てたんですよ。この写真に写っている男の子って翼君ですよね?」


「ああこれか?そうだよ。これは俺が五歳くらいの時の写真だと思うけどあまり見ないでくれ、恥ずかしいから」


「小さい時の翼君もかわいいですねぇ」


小さい時の彼は今よりも元気が溢れているのが写真でも分かるくらい良い笑顔をしている。今の彼にはないその無邪気さがとても可愛く思えた。


「‘‘も‘‘ってなんだよ・・・珈琲作るから席に座りな。今日はおまけでパンケーキも作ってやる」


「翼君ってそんなかわいいものも作れるんですか・・・」


「そりゃあこの店で働くなら軽い料理くらいは作れないといけないからな。ていうか料理は得意だからそれなりのものなら作れるぞ。意外だったか?」


「そうですね・・・まさか翼君がそんなにスパダリだなんて・・・」


「え?なに?すぱだり・・・?」


「いえ、気にしないでください。褒めてます」


「それならまあ・・・どうも」  


彼が家事力が高いのはなんか女子として負けた気がする・・・そろそろ私も料理をしてみてもいいのかもしれない。

今までは危険だからとなかなか料理をさせてもらえなかったが、私ももう高校生だ。そろそろ一人で料理をできるだろう。

彼が珈琲を淹れる準備をしてくれていたため私もカウンターのいつもの席に座り、翼君が珈琲を淹れる様子を観察する。

学校ですでにWingブレンドが飲みたいと注文はしているので彼はいつものように豆を用意する。しかし今日はいつものようにハンドル式のミルではなく、どうやら電動のミルを使うようだった。


「それって電動のミルですか?」


「そう!いつもはハンドル式のやつを使うけど今日はいつもとは違う淹れ方をするからよく見ときな。使う器具も違うからな」


「それはまた楽しみですね!」


このお店でも電動のものを使うのは少し意外だったが、やはり電動というのは便利なのだろう。手動のものにもいいところがあるように電動にもいいところがある。プロは良いものはなんでも使うというので手動でも電動でも良いものなら使うのだろう。


電動の機械ならではのキュイーンという音を鳴らしながら、電動ミルは豆を挽いている。

機械が豆を挽いている間に翼君はカウンターにある冷蔵庫から、布のようなものを取り出した。そして今度はその布を洗って絞る。その布はコットンのような質感をしており触り心地はとてもよさそうに見えた。

彼は絞ったその布を今度はドリップにセットして挽き終わった豆を布の中に入れる。

もしかしてあれはフィルターなのか?

疑問にも思ったが彼の真剣な表情を見ていると聞くに聞けないので、質問は彼が珈琲を入れてくれた後にするようにしよう。


豆を入れた後はいつものようにお湯を注いで少し待ってまた入れるの作業を繰り返す。

布のフィルターは金属製のフィルターよりもお湯の落ちる速度が早く、比較的早くドリップが終わった

完成した珈琲をいつものカップに入れて私の前に差し出してくれた。


「はい。お待たせしました。Wingブレンドになります」


「ありがとうございます。いただきます」


口に入れた瞬間この前飲んだWingブレンドとは明らかに味が違うことが分かった。


「甘い・・・?」


「お!よくわかったな!」


彼は私が味の違いに気づいたのが嬉しかったのか笑顔になり、先ほどの壁に飾ってあった写真のような少年のような笑顔になった


「今回のドリップはいつもとは違う『ネルドリップ』っていう、布のフィルターを使ってドリップしたんだ。ネルドリップだとコーヒーオイルが多く抽出されるから、さっき凛が感じたようにまったりとした口当たりで柔らかい甘味のコーヒーがドリップされるんだ。まさか一口目でそれが分かるとは思わなかったけどな」


「翼君が初めて淹れてくれた珈琲の味は忘れられないので、すぐに味の違いには気づきましたよ。まさかここまで味が変わるとは思いませんでしたけど」


「普通はそんな簡単には味の違いなんて分からないと思うんだけどなぁ・・・もしかしたら凜は舌が敏感だからそういう味の違いが分かるのかもな」


確かに私は味の違いを当てたりするのは得意だ。

今まで様々なものを食べさせてもらってきた。庶民的なもの、高級なもの、果てにはこれもまた勉強だと言われ、ゲテモノまで食べてきた。そのため自分の舌は肥えている自覚はある。


「珈琲の味の違いってそんなにわかりにくいものなんですか?」


「正直俺はよくわからないな。珈琲を淹れる仕事をしている身からすれば凜のその舌は羨ましいな。ブレンドするときは味がしっかりと分かってないといけないし、もしお客さんに味の特徴を聞かれて分かりませんなんて言えないからな。俺は調べた特徴を言うことで何とかなってるけど」


確かにお店で働いている以上お客からすれば、店員である彼は珈琲のプロなのだ。そのプロが珈琲の特徴を言えないというのは、珈琲にこだわっているというこのお店の信用に関わることでもある。それを彼は分かっているからしっかりと勉強をしているのだろう。その証拠に私が分からないことを聞いてみるとすぐに答えてくれるのだ。


「そういえば凜はブレンドがしてみたいんだよな?」


「ええ、まあ・・・」


「家の店でやってみるか?凜ならブレンドだけじゃなくて、豆の焙煎、ドリップから何から何まで家で教えても良いってじいちゃんから言われてるんだ。お客さんがいない時限定だけどな」


「ほ、本当ですか?!」


私はカウンターから身を乗り出して大声で聞き返す

まさかそんな提案をしてもらえるとは思わなかった・・・家で珈琲のことを色々調べてみたが、珈琲の豆は本当に沢山種類があり一人でブレンドをしてみるとなると四苦八苦することは目に見えていたため、今の翼君の提案は本当にありがたい。素人の私がやってみても分からないこともあるだろうから、詳しい人に教えてもらえるならきっとうまくいくだろう。


「本当にこのお店でさせて頂けるならぜひお願いしたいです!」


「そうか!じゃあじいちゃんには俺から言っとくから今度店に来た時に豆の勉強や、焙煎からしてみるか!ブレンドするにしても豆のことを分かってないとおいしいものは作れないからな」


「分かりました!や、約束ですよ?!」


そういって私は彼の目の前に小指を差し出す

昔お母さんやお父さんとよくやった指切りげんまんだ。今でも約束をかわしたいときはこれをすると決めている。


「それ懐かしいな」


彼は笑いながらもそういって、私の小指と自分の小指を絡ませる


「「ゆーびきりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった!」」


子供のように二人で声を揃えて友達と一緒に約束のまじないを唱える。そんな誰でもやったことがある当たり前のことが私にとってはとても嬉しかった。そして一緒にやっている相手が彼ということも嬉しさに拍車をかけているのかもしれない。

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