第10話

「あ!そういえば私からのお願いを忘れていました!」


「お願い?」


「そうです。今日こうやってお店に来たのもそのためなので」


「店に来ること自体が目的では無かったのかよ・・・」


「当然です。それならわざわざ嘘ついてまで来ませんよ」


「やっぱり家が同じ方向っていうのは嘘だったのね」


「まあそれは置いておきましょう」


「流すな」


彼に痛いところを疲れる前に早めに次の話題に入ろう

一応言っておくと、彼と私の家は真逆だ。駅もここから4駅程は離れているだろうか・・・あまり電車に乗らないので分からない。しかし離れているということは確かだ。


「それでお願いってなに?」


「私のことは名前で呼ぶことと、このお店の中、翼くんの前では素の私でいさせてください」


「別に素の姫でいることはどうでもいいけど名前で呼ぶって本名でってことか?」


あれ、意外に素でいることはあっさりと受け入れてもらえたな。まあまだ本当の私を見てないからだろうが、後で文句を言われる前に言質を取れたのでラッキーだ。


「私のことは姫では無く、名前で呼んで下さい」


「え~・・・今更名前で呼ぶのもなぁ」


「私の事を誰も名前で呼んでくれないんですよ。なので翼くんくらいには名前で呼んで貰いたいんです」


私は高校では誰も名前を呼んでくれない。もしかしたら私の本名は知らずに、ただ姫と呼んでいる人もいるかもしれない。姫と呼ばれること自体はもういい。今更この呼び方をやめてくれと言っても中々変わることが無いことは分かる。しかし彼の前では素でいさせてくれるなら、彼だけにはせめて素でいるために愛称ではなく名前で呼んでほしい。


「この我儘を聞いてくれますか・・・?」


そう、これは只の私の我儘。なのでもし聞いてくれなくても彼の事をどうとも思わない。彼の前で素でいさせてくれると言ってもらえただけで嬉しいのだから。


「どっちで呼んでほしいんだ?」


「へ?」


「だから苗字か下の名前かだよ」


「あっ、ああ~そういうことですか・・・!えっと、そうですねぇ・・・」


急に言われたため普段の私では考えられないくらい戸惑ってしまった。まさか受け入れてもらえるとは・・・


「それじゃあ下の名前でお願いします」


「はいはい・・・それじゃあこれからは凛って呼ぶからな?良いんだな?」


「!!!・・・勿論です!お願いしますね?翼くん!」


彼の顔はどことなく赤い気がするがそれはきっと私も同じだろう。今まで両親以外には名前で呼ばれるなんて事は無かった。私を呼ぶ人は皆「鷹藤」と呼んできた。それが嫌だという訳では無いが、私は鷹藤では無く「鷹藤 凛」として見てほしいという思いがあるため今回こんなお願いをしたのだ。


「学校では姫って呼ぶからな」


「学校でも名前で呼んでくれても良いんですよ?」


私は彼を揶揄うためにそういってみた。なぜなら学校で私のことを名前呼びをしたら変な噂が出ることは想像に難くないからだ。


「凛がいいなら呼んでやろうか?」


彼は口許をニヤッとしながらそういった。きっと彼もその呼び方をすることで変なうわさが出ることを想像しているのだろう。


「まあ、私は別にいいですけどねぇ」


「なっ・・・」


彼も私を揶揄うつもりで言ったのだろうが残念でした。私のほうが一枚上手のようでしたね

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