第83話 街道にて。ギャロップとソナタ

 俺はフォー辺境伯からもらった騎竜に乗って、我がエトワール伯爵領の領都ベルメールへ向かう。


 フォー辺境伯は、番いの騎竜を贈ってくれた。

 オスの名前はギャロップ。メスがソナタだ。

 二頭とも気性が大人しくフレンドリーな騎竜なので、初心者の俺でも扱いやすい。


 俺が乗っているのは、オスのギャロップだ。

 メスのソナタには、護衛として同行しているネコネコ騎士のみーちゃんが乗っている。


 王都からフォー辺境伯領の領都デバラスまで伸びるアリアナ街道は、今日、我がエトワール伯爵領の領都ベルメールまでつながったのだ。

 俺の弾む気持ちが、騎竜にもわかるのだろう。

 俺の乗る騎竜ギャロップは、軽快な足取りでアリアナ街道を進む。


 先頭はフォー辺境伯だ。

 次は俺とみーちゃん。

 南部貴族のおっさんたちが乗る騎竜が続き、最後に王都から来た貴族が乗る馬車だ。


 フォー辺境伯が、スッと騎竜を道路の右に寄せた。

 手を上げて『右に寄れ』と合図を出している。

 俺もフォー辺境伯と同じように騎竜を右に寄せ、後方へ向けて手で合図を送る。


 前方にキャラバンが見えてきた。

 領都デバラスを先発した馬車だ。


 俺たちが一列になって、右側から馬車を追い越していくと駅馬車の乗客たちが手を振った。


「おおい!」


「騎竜だ!」


 特に子供が大喜びしている。

 俺が手を振り返すと、駅馬車に乗った小さな男の子が、ブンブンと腕が千切れんばかりに手を振った。


 騎竜の一団は、キャラバンを追い越して進む。


「エトワール伯爵!」


 後ろから俺に声が掛かった。

 振り向くと懐かしい顔があった。


 ジロンド子爵だ!

 親しみのある丸顔が、嬉しそうに笑っている。

 親戚感が凄いあるな。


 俺は嬉しくなって、思わず騎竜から立ち上がって手を振る。


「ジロンド子爵! お久しぶりです!」


「ああ、久しぶりだな! いっちょ前に騎竜に乗って! やるな!」


「ええ。フォー辺境伯と交渉して手に入れました!」


「ハハハ! でかした!」


 王都から脱出して、暖かく歓待してくれた初めての南部貴族がジロンド子爵だ。

 俺たちエトワール伯爵家にとって、もっとも親しい貴族家である。


 ネコネコ騎士のみーちゃんも嬉しそうに笑う。


「ニャ! ジロンド子爵! 久しぶりニャ!」


「おお! みーちゃんも元気そうだ!」


「ベルメールは、お魚が美味しいニャ! ジロンド子爵も食べるニャ!」


「そりゃ楽しみだ!」


 俺、ジロンド子爵、みーちゃんで、これまでのことを色々話す。

 ジロンド子爵は、土嚢工法を自領でもやってみると約束してくれた。


「実際に走ってみれば一目瞭然だ。さっき馬車を抜いただろう? あれ、今までの道だったら、平民の乗る馬車が道の外に出なきゃならなかったからね」


「あー! 道幅が広くなりましたからね!」


「そうそう! それにこれだけ道が平らだと、馬車も速度が出ている。アリアナ街道全線が、この道路と同じになれば移動が相当楽だ」


 ジロンド子爵は、大いに納得している。

 やはり、こうして実際に、『見て』、『触れて』、『走って』みれば、道普請の大切さが分かる。


 今日はこれから我がエトワール伯爵領の領都ベルメールで祝いの会があるのだ。

 大勢の南部貴族を招いて、非常に予算が掛かった。


 だが、この延伸したアリアナ街道を走ってもらい、道普請の大切さを体感してもらえるのならば、予算をかけた意味がある。

 南部に新しい規格の道路が敷設され、物流が加速することは間違いない。


 俺はふとフォー辺境伯のことをジロンド子爵に相談してみた。

 道普請延長でフォー辺境伯は、政治力を発揮した。


 俺はフォー辺境伯の手腕に舌を巻くとともに、ちょっと警戒感を抱いたのだ。

 フォー辺境伯は、我がエトワール伯爵領に影響力を持ちすぎではないか?


 ジロンド子爵に俺の気持ちを伝えると、ジロンド子爵はふんふんと騎竜に乗りながら熱心に聞いてくれた。


「なるほどねえ……。いや、エトワール伯爵も成長しているんだな。そうやって、相手の行動を考えるようになったのは良いことだよ」


 ジロンド子爵は、親戚のお兄ちゃんのような口調で話し出した。


「なあ、エトワール伯爵。南部貴族をどう思う?」


「え?」


「暑苦しいだろ? うるさい親戚のおじさんみたいな感じでさ。何かあると騎竜に乗ってやって来て、あれこれと世話を焼きたがる。俺のところもそうだったよ。いや、今もだな! プレッシュがどうの、パンの焼き加減がどうの……うるさいったらありゃしないよ!」


「ハハハ! そんな感じですね!」


「つまりさ。南部はみんな親戚みたいな感じなんだ。エトワール伯爵は、王都から来たから面食らうことも多いと思うけど、俺が見たところ結構馴染んでいると思うよ」


「そうですか?」


「ああ! 騎竜の乗る姿もサマになってきた!」


 俺はちょっとふざけて、騎竜の上で姿勢をビシッと正して見せた。

 俺の様子を見たジロンド子爵が笑う。


「まあ、そういう親戚づきあいの中で、貴族としての利益を確保するのが南部貴族なのさ」


「なるほど……そういうものですか……」


 するとフォー辺境伯の行動は、悪意のある行動ではなく、『親戚なんだから、関わりを持つ』的な、ちょっと暑苦しい親戚のおじさん的な行動なのだろう。


 ああ、フォー辺境伯の暑苦しい顔が……。

 眼前に迫ってくるようだ……。


 王都は、どうなのだろう?

 貧乏だったエトワール伯爵家は、王都の貴族と付き合いがなかった。

 それでも執事のセバスチャンから、貴族とはこうだと話は聞いていた。

 セバスチャンは、執事同士のコネクションを持っていたらしく、時々貴族情報を伝えてくれた。

 その乏しい知識で考えると、王都の貴族はもっとドライ、ビジネスライクな付き合いだと思う。


 南部貴族は、人間関係が王都よりウエットなのだ。

 貴族間のビジネスでの付き合い、政治的な付き合いもウエット……より深くなるのだろう。

 これは俺が合わせなくてはならない。


「南部貴族のやり方に早く慣れるようにします。その上で、フォー辺境伯のように利益を確保すると……」


「わかるようになっただけ大したものだよ。俺がエトワール伯爵の年頃は、騎竜に乗って魔物狩りばっかりやっていたな! ハハハ!」


 俺はジロンド子爵と話すことで、すっかり不安はなくなっていた。

 フォー辺境伯が、ウチの領地経営に影響力を発揮するなら、若輩の俺が良い意味で甘えさせてもらえば良い。


「オーイ! エトワール伯爵! ジロンド子爵! 二人で話してないで、俺も仲間に入れろよ!」


 ほら、暑苦しい親戚のおじさんだ!

 話題の主、フォー辺境伯が、スルスルと下がってきた。

 俺に並んで騎竜を走らせる。


「いやあ、道普請で良かったのはさ。こうして騎竜を並べて走れるところだな!」


 フォー辺境伯は、ご満悦だ。

 フォー辺境伯とジロンド子爵、どちらも俺の手本とすべき南部貴族だ。

 俺は手本となる人がいることに、心から感謝をした。


 フォー辺境伯、俺、ジロンド子爵の三頭の騎竜が横並びになって、アリアナ街道を進む。

 俺たちは仲の良い親戚のように冗談を言い合いながら、賑やかに騎竜を走らせた。

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