第82話 ちゃっかり辺境伯

 道普請が完了した。

 やっとだ!


 本来は二か月早く終る予定だった。

 そもそも工事区間は、我がエトワール伯爵領の領都ベルメールから、フォー辺境伯領との境まで……のはずだった。


 ところがだ!


『ウチの領地も道普請やってくれない?』


 工事完了間際で、フォー辺境伯から要請があったのだ。

 さすがに俺も断った。


『いや……、自分の領地なんだから自分でやって下さい!』


『そこを何とか! 気に入ったんだよ、土嚢工法! 慣れているヤツがやるのが一番だろ?』


『イヤイヤイヤ。これから領地の開拓ですよ? 開拓村を作ってデスネ――』


『あっ! その開拓には資金が必要だろ? 道普請やってくれたら、資金を出す! どう?』


 このフォー辺境伯の申し出に、各リーダーがなびいた。

 領地をもらい開拓村を作っても、すぐに黒字化出来ない。

 ワインやウイスキーを生産するには、設備投資も必要になる。

 木の樽だけでも相当な量が必要になるし、寝かしておく倉庫も必要だ。


 もちろん俺も金を出すし、道普請のボーナスもある。

 それでも……いくら掛かるのか将来に不安があるのだろう。


 各リーダーが、『やりましょう!』と言い出した。


 だが、俺の答えは渋い。


『領内の開発が遅れるじゃないですか!』


『誤差だよ! 誤差!』


『何勝手なことを言ってるんですか!』


『わかった! わかった! じゃあ、エトワール伯爵には騎竜を進呈する。どうだ?』


『……』


『二匹!』


『わかりました……』



 ――というやり取りがあり、俺も騎竜が欲しかったのもあり、道普請は二か月延長された。


 ◆工事区間◆

 我がエトワール伯爵領の領都ベルメール

 ↓

 フォー辺境伯領の領都デバラス

 ↓

 アリアナ街道を北上して、フォー辺境伯領の境まで



 この区間が幅六メートルに拡幅され、土嚢工法によって上等な街道に生まれ変わった。

 デコボコはなく、馬車も人も移動しやすい道だ。


『これはオマエたち商人のために行っている道普請である。つまり……わかるな?』


 フォー辺境伯は商人たちを集めて、いかめしい顔で申し渡していた。

 商人たちは、喜んで資金をフォー辺境伯に献上していた。

 本当、こういうところが上手い。


 さらに、各リーダーが率いる工事班にフォー辺境伯配下の騎士爵や領民を派遣して、実地で道普請の工法を覚えさせていた。

 本当、こういうところが抜け目ない。


『あー、エトワール伯爵。アリアナ街道以外の道は、ウチの領民に道普請をやらせるから、土嚢袋と道具を売ってくれ』


 俺が不満をためないように、ちゃんと俺から物を買う。

 本当、こういうところだよ! 見習わなければ!


 まあ、もっとも、買ってもらうのは良い物だ。


 土嚢袋は、俺がスキルで石油から生成した化繊製品。

 丈夫で軽くて扱いやすい。


 ツルハシやスコップは、ドワーフの鍛冶師製だ。

 俺の前世日本の知識を提供して作った使いやすく丈夫な道具だ。

 この世界で使われている木製のスコップとは作業効率が段違いなのだ。


 フォー辺境伯が先鞭を着けたので、他の南部貴族たちもフォー辺境伯を真似した。

 領民を工事現場に派遣して、土嚢工法を覚えさせる……。

 これで南部の道路事情が一変するだろう。


 しかし……。

 先が尖ったスコップ――剣スコ。

 いや~、売れるなぁ~。

 まさか剣スコが人気商品になるとは思わなかった。


 南部貴族のおっさんたちに、『いざという時は、接近戦で武器になる』と教えたら、即日試すんだ。魔物相手に。


『ゴブリン余裕でした』


『がんばれば、オークもイケる』


 何をがんばるというのか……。

 剣スコでオークを倒した勇者がいることに、俺が驚いたよ!


 まあ、とにかくエトワール印の剣スコは高評価をいただきました。

 もっと売れろ!


 ドワーフも現金収入に喜んでいるよ。

 もっとも稼ぐ端から酒になって消えているが……。



 今日は道普請完了の祝典が開かれている。

 場所はフォー辺境伯領の領都デバラスのメインストリートだ。

 町は色とりどりの花や布で賑やかに飾り付けられ、急ごしらえした木製の演壇には、フォー辺境伯や俺、リーダーたちが並ぶ。


 今は、フォー辺境伯がスピーチをしている。

 詰めかけた領民たちが、フォー辺境伯の話をジッと聞いている。


「えー、アリアナ街道がエトワール伯爵領の領都ベルメールまで延伸されました! また、街道は拡幅され馬車がすれ違えるようになりました!」


「「「「「おおお!」」」」」


 領民から大きな声が上がった。

 フォー辺境伯は、右手を高く上げ振り下ろした。


「では、アリアナ街道! 新区間開通です!」


「「「「「わー!」」」」」


 領民の歓声が響く中、エトワール伯爵領へ向けて馬車が出発しいていく。

 酒樽を満載した商人の馬車。

 小麦を積んだ馬車。

 領民たちを乗せた駅馬車。

 冒険者を乗せた馬車。

 馬車の御者や乗客たちは、見送る領民たちに手を振る。


 馬車が出た後はお祭り騒ぎだ。

 エールの樽が次々と空けられ、ギターがかき鳴らされる。

 そして町のあちこちで、踊り出す人々。


 俺はフォー辺境伯に心底感心した。

 道普請の完了を一大イベントに仕立て上げるたのだ!


 フォー辺境伯は、我がエトワール伯爵領の開拓村に資金を出し、道普請の経費――領民の食費や給金などを負担した。

 相当な出費であったはずだ。


 だが、商人たちに恩を売り、資金を提供させた。

 そして、このお祭り騒ぎで領民や来賓の南部貴族たちに自分の成果をアピールする。

 抜け目ないこと、この上ない。


 さらにいえば……。

 俺からあれこれと買い物をし、リーダーたちに開拓資金を支援することで、エトワール伯爵領に影響力を持つ……。


 まったく油断ならない!

 ちゃっかりし過ぎだ!


「よーし! 出発しよう! エトワール伯爵! 行こうぜ!」


「ええ。参りましょう!」


 さあ、これから南部貴族を引き連れて、我がエトワール伯爵領の領都ベルメールに出発だ!

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