第81話 領地分配 ディー・ハイランド

 リーダーたちに与える領地の下見ツアーは、いよいよ最後の一カ所になった。

 最後は海から近い場所だ。

 俺はリーダーたちに領地候補の概要を伝える。


「ここは海に近いが、海岸がない。切り立った崖になっているので、海を活用するのは難しいだろう。草地が広がっているが、ちょっと土が泥状になっているのだ」


 この場所は草地が広がっていて、開拓がしやすそうだが、マイナス点もある場所だ。


 西側は海だが、前世日本の北陸にあった東尋坊のような地形で、険しい崖が海と陸地を隔てている。

 漁や交易に海を利用するのは厳しそうなのだ。


 さらに草地のかなりの部分が泥状になっている。

 冒険者からの報告によれば、八割程度が泥状態。

 この泥状の土が、農業に良いのか悪いのかはわからない。


 南部貴族のおっさんたちも首をひねる。


「この土は見たことがないな……」


「うむ、粘土に似ているが違うな」


「草が生えているということは、農業も出来なくはないであろうが……」


「やってみなければわからんな」


 リーダーたちも渋い表情だ。


 俺としては、ここに開拓村を作り海沿いを探索する中継基地にしたいのだ。

 誰も名乗りを上げてくれなければ、俺が直轄の開拓村を作るが……。

 おや?


 ディー・ハイランドが、地面にしゃがみ込んでいる。

 真剣な顔で泥状の土をつまみ上げ、手触りと臭いを確認している。


 何をやっているのだろう?


 俺は興味深くディー・ハイランドの様子を見た。

 ディー・ハイランドは、草地の上をあちこち歩いてはしゃがみ込み。土をつまみ上げ確認する作業を繰り返していた。


 俺は、護衛のネコネコ騎士みーちゃんを引き連れて、ディー・ハイランドに声を掛けた。


「ディー。先ほどから見ていたが、何を確認しているのだ? その泥状の土が気になるのか?」


 ディー・ハイランドは、ニンマリと嬉しそうに笑った。


「これはピート! 泥炭ですね!」


「泥炭? えっ!? この泥が炭なのか!?」


「はい。南部では珍しいのですが、ここは泥炭が固まっている土地ですね」


「初めて聞いたよ」


 俺は隣に立つみーちゃんを見る。

 みーちゃんも、驚いていた。


「知らないニャ~。泥炭? 炭? 料理に使えるのかニャ?」


「そうですね。料理にも使えますが、木炭の方が炭の質が良いです」


「じゃあ、安い炭なのかニャ?」


「この泥炭……ピートはウイスキーに欠かせないのですよ!」


「ウイスキー! お酒ニャ!」


 ああ、そういえば、ウイスキーでピートが使われると前世で聞いたことがある。

 泥炭のことだったのか!

 だが、俺はこの世界でウイスキーを見た記憶がない。


「ディー。私はウイスキーを見たことがないのだが……」


「この国では、あまり流通していないのです。ウイスキーは蒸留酒といって、生産するのに手間がかかるのです。エールやワインと比べると値段も高いです」


 ああ、納得。

 エトワール伯爵家は貧乏貴族だったから、俺はウイスキーを見たことがないのだ。


 ディーは腰にぶら下げた物入れから金属製の水筒を取り出した。

 前世映画で見たことがある。ウイスキーを携帯するヤツだ。


「これです」


「カッコイイ水筒だな」


「スキットルといいます」


 ディー・ハイランドは、スキットルの栓を抜いて俺の方に差し出した。

 俺はスキットルの口に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


 ツンとしたアルコールの刺激とウイスキー独特の香りがした。


「ほう! キツそうな酒だな! だが、匂いは良い!」


「おお! わかりますか? いやあ、さすがです。このウイスキーは私の実家で作ったのですが、なかなかの出来です。スモーキー……煙くて旨いのですよ!」


 ディー・ハイランドは、とうとうとウイスキーについて語り出した。


 カスクが……。

 樽が……。

 甘さが……。


 非常に饒舌で止まらない。

 俺とネコネコ騎士のみーちゃんは、あっけにとられた。


「カスクって何だ? 樽? 甘さ? えっと、どうしよう?」


「知らないにゃあ……。まあ、ウイスキーにかける熱い思いは伝わったニャ」


「そ、そうだな」


 俺は手を上げて、ディー・ハイランドのウイスキートークを止めた。


「わかった! ディーはウイスキー造りに並々ならぬ意欲を持ってるのだな? それで、ここをディーの領地にしたらウイスキーが生産出来るのか?」


「乗り越えるべきハードルはありますが……。ウイスキー造りの職人は実家から分けてもらいました」


 ディー・ハイランドに詳しい事情を聞く。

 ディー・ハイランドの実家であるハイランド家は、元々隣国の貴族だったそうだ。

 二百年ほど前、政変がありハイランド家は一族郎党を率いて隣国から逃げた。

 その時に、ウイスキーの製法を隣国から持ち出したそうだ。


「つまりウイスキー職人を引き連れて、逃げてきたのです。いやあ、ご先祖様は苦労したと思いますよ。おかげで私はウイスキーを嗜むことが出来るわけですから、ご先祖様に感謝です」


「なるほどな……。では、ご実家のハイランド家では、長い年月ウイスキーを生産されているのだな?」


「はい。二百年にわたり脈々と受け継がれています」


「ほう! では、すぐにでもウイスキーを生産出来そうだな!」


 おや?

 ディー・ハイランドが、難しい顔をしてガシガシと頭をかきだしたぞ。

 どうしたのだろうか?


「ディー。ウイスキーに必要なピート……泥炭はあるし、ウイスキー職人も連れて来たのだろう?」


「後は設備ですね。ウイスキーはワインと違って、蒸留という製法を用います。ですので、ウイスキー造りには設備が必要なのです。鍛冶師の協力が必要でして……」


「なるほど設備か!」


 あれか! 金属製のタンクから、ヒュッと首が九十度曲がっているヤツだな!

 テレビのコマーシャルで見たことがある。


 ウイスキーを生産出来れば、エトワール伯爵領の名産品が増える。

 税収も増えるし、商人にとって魅力的な地域になるのだ。


 ここは当主として後押しが必要だろ。


「わかった。必要な設備については、私が援助しよう。鍛冶はドワーフに依頼しよう」


 ドワーフの連中も酒のためだと言えば、協力するだろう。

 むしろ『早く酒を造れ!』と、秒より早く設備を整えそうだ。


「おお! ありがとうございます! 必ずやこの地をウイスキーの聖地といたします!」


 こうしてディー・ハイランドの領地が決まった。

 ドライフルーツ、オリーブオイル、ワイン、ウイスキー、配下の領地からも名産品が生まれそうだ。


 エトワール伯爵領の名を国中に知らしめるぞ!

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