第29話 フォー辺境伯領の領都デバラス
「見えたぞ! デバラスだ!」
先頭を走る竜騎兵が大声を上げた。
デバラスの町とは、フォー辺境伯領の領都だ。
当面の目的地である。
俺たちは馬車で十日のところを、六日で走破した。
移動中の時間を、俺はクロスボウの生産と練習にあてた。
移動する馬車は上下左右に揺れるので、クロスボウを放つのは、なかなか難しい。
それでも、何とか大きな的に当てるくらいは出来るようになったので、けん制くらいにはなるだろう。
妹のマリーはドライフルーツ係だ。
我がエトワール伯爵家は貧乏貴族だったので、マリーは自分で身の回りのことを一通り出来る。
元々貴族にしては生活力がある方だったのだが、この旅で一層逞しくなった。
王都にお住まいの深窓のご令嬢のような美麗な雰囲気はないが、地に足のついた逞しさや健康的な可愛さは、南部では受け入れられやすいだろう。
執事のセバスチャンは御者を務め、ネコネコ騎士のみーちゃんとエルフのシューさんは、交代でダークエルフのエクレールを見張った。
ダークエルフのエクレールには、俺の暗殺を依頼した男と他の襲撃者の似顔絵を描いてもらった。
羊皮紙に炭を使って書いたのだが、かなり上手なスケッチで、見かけたらすぐに気が付くことが可能なレベルの出来だった。
さて、ありがたくも困ってしまったのは、竜騎兵である。
増えているのだ。
ジロンド子爵の領都ギャリアから、アリアナ街道を南下した。
アリアナ街道沿いの領地貴族には、ジロンド子爵が領地貴族に俺のことを紹介し、同時にドライフルーツ名産品計画も話した。
当然、俺は領地貴族にドライフルーツを試食させ、作り方を教えた。
すると……。
「美味しい!」
「作るのは意外と簡単だ!」
「名産品とは素晴らしいアイデアだ!」
「お礼に護衛をしてやろう!」
「息子を護衛につけよう!」
「遠慮するな! 南部男の名が廃る!」
と、みんな喜び楽しそうについてきてしまった。
どうやら南部では、それぞれの貴族が竜騎兵を所持しているようで、アリアナ街道近郊の貴族家がドンドン集まってしまった。
みんなお祭り騒ぎで、『南部の新貴族を領地まで送ろう!』と旅を楽しんでいる。
ジロンド子爵の領都ギャリアを出た時は、ジロンド子爵家の竜騎兵五騎だったが、現在は十貴族家の竜騎兵が二十騎同行している。
あきらかに過剰戦力なんだが……。
この状態を刺客が見たら絶望するだろう。
一体、どう襲えというのか……。
俺たちは、アリアナ街道が通る丘の上からデバラスの町へ向かった。
デバラスの町は、アリアナ街道の終点。
南部最南端にして最大の町だ。
町の形が特徴的で、デバラスの町を丘の上から見るとXの形になっている。
デバラス近郊には鉄鋼石の出る鉱山や魔の森がある。
魔の森では冒険者が魔物を狩り、魔石や素材を得ることが出来る。
冒険者、鉱山労働者、鉄鋼石を使って鍛冶仕事をする鍛冶師、魔物素材や鉄製品が目当ての商人が押し寄せる町だ。
デバラスの町に入る。
メインストリートの幅は、馬車が余裕ですれ違えるほど広い。
建物は木造が多く、作りは荒い。
王都のような洗練された雰囲気は皆無だ。
俺は馬車のキャビンから身を乗り出して、町の様子を楽しく観察した。
人が多く、かなり雑多な雰囲気で、アメリカの西部開拓時代はこんな感じかなと思えた。
商人が大声で商談を行い、鍛冶師のドワーフが客を蹴り飛ばす。
昼間にもかかわらず、酔っ払いがケンカをしていて、酒瓶が宙を舞っている。
娼館と思われる店先には、色っぽいお姉さんが立っていて、竜騎兵に投げキッスを送ってくる。
なるほど!
これが南部辺境か!
荒っぽいけど活気があって良いじゃないか!
俺はデバラスの町を好意的にとらえた。
ここはフロンティアなのだ。
エネルギーに溢れている!
御者席に座る執事のセバスチャンがぼやく。
「マリー様の教育によろしくありません……」
まあ、確かに貴族のご令嬢には、ふさわしくない環境かもしれないが、『郷に入っては郷に従え』だ。
俺も妹のマリーも、南部流でタフに生きなければならない。
執事のセバスチャンにも、慣れてもらおう。
五騎の竜騎兵がこちらに向かってきた。
先頭の騎竜に乗る男が手を上げた。
「オーイ! ジロンド子爵!」
「フォー辺境伯!」
ジロンド子爵が騎竜に乗った男と挨拶を交し、俺に紹介する。
「エトワール伯爵。こちらフォー辺境伯だ」
「よう! よろしくな! 騎竜の上から失礼するぜ!」
フォー辺境伯は、四十歳くらいの精悍な男で、金髪を短く刈り上げていた。
ズボンの上に白いシャツだけのラフなスタイルで騎竜にまたがる姿は、なかなか決まっているが、貴族家当主としてはワイルド過ぎるだろう。
辺境伯は、名前の通り辺境を治める高位貴族が持つ爵位で、序列としては伯爵の一つ上になる。
王宮内で力はあまりないが、地方には多数の寄子貴族を抱え、広い領地と軍事力を持つ独立色が強い領地貴族だ。
フォー辺境伯は、馬車と騎竜を並んで走らせながら俺に手を伸ばした。
俺は馬車の窓からハコノリの要領で身を乗り出し、フォー辺境伯と握手をする。
貴族とは思えないガッシリした力強い握手だ。
俺は馬車の音に負けないように大きな声を出す。
「ノエル・エトワールです! エトワール伯爵家を相続し、南部に領地が替りました! 以後、昵懇に願います!」
「ハッハッハッ! こちらこそよろしく頼むぜ! 先触れの竜騎兵から聞いているよ。えーと、ドライフルーツだっけか? 南部で名産品を作ろうって話だろ? 大賛成だ! やろうぜ!」
フォー辺境伯は、ざっくばらんな人柄のようで、非常に話が早い。
頼りになりそうだ。
「お一つどうぞ! マンゴーのドライフルーツです!」
マリーが馬車の窓から手を伸ばし、ドライフルーツをフォー辺境伯にすすめる。
フォー辺境伯は、ドライフルーツを受け取るとポイッと口に放り込んだ。
「んん! こいつは旨いな! 売れそうだ! お嬢ちゃん、ありがとう!」
「マリーと申します!」
「マリーちゃん! よろしく! あ、それから、こいつは執事のウエストラルだ」
執事と紹介されたウエストラルさんは、騎竜にまたがっていた。
ウエストラルさんは、五十代くらいでズボンに白シャツ。
唯一執事らしいのは、チョッキだけだ。
進行方向から男が駆けてきた。
長い槍を持っている兵士だ。
「フォーの旦那!」
「おう! どうした!」
「南門の近くでオークの集団が暴れてますぜ!」
「おっ! 今日の晩飯だな! ウエストラル! 行け!」
「承知!」
ウエストラルさんは、竜騎兵を二騎連れて駆けていった。
戦うのか!?
執事が!?
「えっ!? ウエストラルさんは、執事ですよね?」
「ん? 執事だが!?」
何かかみ合わない。
御者台のセバスチャンが、何とも言えない表情で俺を見た。
「ノエル様。わたくしは、オークと戦うのは……」
「えっと……、無理しないで」
がんばれ! セバスチャン!
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