第30話 倍プッシュ! 無制限!

「なあ、エトワール伯爵! 先触れから聞いたが、薬草が大量に必要なんだろう?」


 フォー辺境伯が騎竜に乗ったまま大声で話す。

 精悍な顔つきのフォー辺境伯に、騎竜はよく似合うなと、俺は感心して見ていた。


「ええ。急ぎで高度な魔法薬を生成する必要があります」


「ああ。事情は聞いたよ! 刺客の妹が病気なんだって? 刺客を味方に取り込むためにエリクサーが必要だなんて、聞いてビックリしたよ! オマエさん、まだ子供なのに、なかなか懐が深いな!」


「どうも!」


 フォー辺境伯は、ニカッと笑った。

 俺の行動を好意的に受け止めてくれたようだ。


「金はあるのか?」


「あります!」


「なら、話は早い! 冒険者ギルドへ行こう! こっちだ!」


 フォー辺境伯が、騎竜を加速させて一団の先頭へ出た。

 どうやら冒険者ギルドへ直行だ。

 普通は屋敷に招いて歓待するのが貴族同士の付き合いなのだが、フォー辺境伯は破天荒な人らしい。

 俺としては、なるたけ早く薬草が欲しいので助かる。


 冒険者ギルドは、街の中心大きな通りがXに交わる場所、つまり領都デバラスのど真ん中に位置していた。


 建物は西部劇の酒場のような作りで、冒険者ギルドの前に騎竜をつなぐ木製の杭が用意され、馬車を停めるスペースも広くとってある。


 俺たちは馬車を駐車スペースに入れると、フォー辺境伯の後について冒険者ギルドへ入った。

 すれ違う冒険者が、フォー辺境伯に道を譲り、頭を下げ好意的な笑みを浮かべる。

 なかにはフォー辺境伯に声を掛けてくる冒険者もいる。


「おっ! フォーの旦那じゃねえですか!」


「よう!」


「フォーの旦那! ごきげんよう!」


「おう! ごきげんよう!」


 どうもフォー辺境伯は、『フォーの旦那』と呼ばれているようだ。

 貴族として認知されていないのかな? と思ったら、同行しているジロンド子爵には『おっ! ジロンド子爵じゃねえですか!』と声が掛かる。

 こちらが貴族と認知されているようだ。


 ジロンド子爵が、俺にニカッと笑った。


「エトワール伯爵。驚いたかい?」


「ええ。平民の接し方が王都とは違いますね」


「南部は領地貴族が多いからね。貴族と平民の距離が近いのさ。特にこのデバラスの町はね」


「なぜでしょう?」


 俺が疑問を口にするとジロンド子爵は指折り数え出した。


「魔物が多い。ダンジョンがある。盗賊が出る。それに暑くて、住人のガラが悪い。てな訳で、貴族も平民もなく、助け合わないと生きていけないからさ」


「オイオイ! ジロンド子爵! ウチの悪口はそれくらいにしとけよ!」


「おや? 褒め殺しにしたつもりですがね?」


 ジロンド子爵とフォー辺境伯のやり取りに、周囲にいた冒険者がドッと沸く。

 ふふ、現場感あって、なかなか楽しいぞ!


 妹のマリーが怖がっていないかなと心配したが、まったく怖がっていない。

 一緒にケラケラ笑っている。

 妹の適応力の高さに感心した。


 冒険者ギルドの中は、酒場に似た雰囲気でゴツイ木製のテーブルが並び、バーカウンターもある。

 椅子はないので、立ち飲みスタイルだな。

 座って飲むなら、居酒屋へ行けってことだろう。


 冒険者たちの格好はマチマチで、革鎧に大剣を背負った剣士もいれば、ローブ姿で長い杖を持った魔法使いもいる。

 みんな顔つきが精悍だ。


 王都の街中で見かけた冒険者は、もっと洒脱な装飾のついた防具を身につけていたが、ここの冒険者は実用第一のゴツイ防具が目につく。


「頼りになりそうな連中ですね」


「ああ。ルナール王国の中で、北と南は環境が厳しいからな。冒険者も鍛えられるんだ」


 俺の感想をフォー辺境伯が拾った。

 こいつらに依頼すれば、エリクサーを生成する薬草がそろうのでは?

 俺は期待を持った。


 冒険者ギルドの奥に受付らしきカウンターがあり、


「あら、フォー辺境伯様! いらっしゃいませ!」


 受付カウンターに座っていたのは、冒険者ギルドの制服を着崩した『姉御』風の女性だった。

 物凄く胸がデカイ。

 ひょっとしたら制服を着崩していたのではなく、ボタンが閉まらないだけなのでは?


 俺が下らないことを考えている間に、フォー辺境伯はテキパキと『姉御』に俺を紹介し事情を説明した。


「エトワール伯爵。この女性はアミーだ。ここデバラス冒険者ギルドの顔だから覚えておけよ! 機嫌を損ねると大変だぞ~!」


 フォー辺境伯が、自分の体を抱くようにして大げさに怖がってみせた。

 姉御のアミーさんは、フォー辺境伯の様子を見てゲラゲラ笑う。


「やだ! もう! 顔じゃなくて、お姫様よ!」


「ええ? お姫様にしては、セクシー過ぎないか?」


「あら? 誘ってるの? お生憎様~、忙しいの~」


「チクショウ! フラれたぜ!」


 二人は慣れた感じの掛け合いを楽しんでいる。

 いつもこんな調子なのだろう。


「さあって! エトワール伯爵様! 薬草を大量にご入り用なのでしょう?」


「ええ。そうです。マンドラゴラの根を百本。満月草の花びらを五十枚。出来るだけ早く。可能であれば、数日中に」


 ダークエルフのエクレールをチラリと見ると、真剣な表情でうなずいた。

 エクレールの妹の命がかかっているからだ。

 視線を姉御のアミーさんに戻すと、ニッコリと俺に微笑んだ。


「な~るほど! 貴重な薬草を大量にご入り用ですね。ご予算は大丈夫でしょうか?」


「予算? お金は大丈夫です。用意してあります」


「ふんふん。それでは、割増料金にしませんか?」


「割増料金?」


 姉御のアミーさんが勧めてきたのは、特急料金だった。

 割増料金にすれば、沢山の冒険者が薬草の採取に参加してくれるだろうと。

 さらに買取制限ナシにすれば、沢山持ち込む冒険者が出てくるそうだ。


 俺は迷わず『割増料金アリ』、『買取制限ナシ』を選択した。

 薬草が多い分には困らない。

 エリクサーを作って、俺や妹のマリー、執事のセバスチャンの分にキープしておけば良いのだ。


「割増料金は、どれくらいにしますか? オススメは倍プッシュ!」


「倍プッシュ?」


「倍額で買い取るってこと」


「倍額か……」


「費用はかかるけど、二日もあればお望みの薬草が集まりますよ」


 お財布に優しくない提案だが、倍額で買い取るとなれば、冒険者たちの参加率が高くなるだろう。

 ここの連中なら、稼ぎ時だと張り切ってくれそうだ。

 二日なら、かなり早くて助かる。


 エクレールの妹が病で死にそうなのだ。

 急がなくてはならない。

 ここは奮発しておこう。


「じゃあ、倍プッシュで!」


「確かに承りました」


 姉御のアミーさんは、俺に丁寧にお辞儀をした。

 そして、頭を上げるとすっくと立ち上がり、右手に大きなベルを持ち、受付カウンターに片足を乗せた。


 カラン! カラン! カラン!

 カラン! カラン! カラン!

 カラン! カラン! カラン!


 姉御のアミーさんが右手のベルを振ると、冒険者ギルド内にベルの音が響き渡った。

 冒険者たちが、一斉にこちらを向く。

 みんな鋭い目つきだ。


 注目を集めたところで、姉御のアミーさんが大声を張り上げる。


「緊急依頼! 緊急依頼! マンドラゴラの根を百! マンドラゴラの根を百! 満月草の花びらを五十! 満月草の花びらを五十! 倍プッシュで、買取制限ナシ! 倍プッシュで、買取制限ナシ!」


 姉御のアミーさんが、俺からの依頼内容を大声で繰り返すと、冒険者たちの目つきがギンとなり、冒険者ギルド内に異様な熱気が漂い始めた。


「マジか……!」

「倍プッシュか!」

「無制限だぜ!」


 ザワザワとした雰囲気の中、姉御のアミーさんが続ける。


「期限は二日後の日没まで! こちらのエトワール伯爵様の依頼だよ! この伯爵様は、お隣の領主になるんだと! 挨拶代わりに、みんな気張ってちょうだい! さあ、行け!」


「「「「「「おう!」」」」」」


 どうっと冒険者ギルドの中が湧いた。


「マンドラゴラ! 誰か群生地知らねえか?」

「ダンジョンのドロップの方が早えよ!」

「バカ! 森に潜るに決まってるだろう!」

「人を集めろ! 西の森へ行くぞ!」

「じゃあ、こっちは東の森だ!」


 ダッシュで飛び出す冒険者。

 食べかけの食事を急いで詰め込み斧を担ぐ戦士。

 懐から手製の地図を出し、仲間と打ち合わせをする魔法使い。


 ドタドタと足音が響き、五分もすると冒険者たちは一人もいなくなり、フォー辺境伯が、ニヤッと俺に笑った。


「エトワール伯爵! 良かったな! 沢山集まるぞ!」


 支払い大丈夫かな……。

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