第28話 エリクサーの原材料
俺はエリクサーを、どう入手するか考え始めた。
すると、それまで黙って成り行きを見ていたジロンド子爵が、ダークエルフのエクレールに話しかけた。
「エトワール伯爵の暗殺を依頼したのは誰だ?」
「貴族の使いだ。陰気な雰囲気の人族の男で、四十くらいだった」
エクレールは、素直に話している。
俺がエリクサーについて真剣に考えているので、態度が軟化したのだろう。
「ふむ。その男が、『エトワール伯爵を殺したらエリクサーをやる』と約束したのか?」
「ああ」
「空手形だと思うがね……」
「なに!?」
「エリクサーは貴族家当主や跡継ぎに万一の事態が起きた場合に備えた重要な保険だ。使ったら次はいつ手に入るかわからない。暗殺の報酬としては釣り合わないな」
「証文を受け取ったぞ! 腰のポケットに入っている!」
ダークエルフのエクレールが、キッとジロンド子爵をにらむ。
だが、ジロンド子爵は冷静だ。
エクレールが貴族の使いから受け取った証文を、エクレールのポケットから取り出し広げてみる。
「うーん……」
ジロンド子爵は、うなると証文を俺に渡した。
証文には、『仕事の成功報酬としてエリクサーを譲渡する。 ディング伯爵』と書いてある。
俺もこの証文は怪しいと感じた。
執事のセバスチャンに証文を見てもらう。
執事は貴族家の契約に関わることが多い。
セバスチャンなら、この証文の有効性がわかるだろう。
「これはニセの証文ですね……」
執事のセバスチャンは、一目見ただけで証文が偽物だと断言した。
ダークエルフのエクレールが目をむく。
「いい加減なことを言うな!」
「まず、この証文には印章が押してありません。貴族が契約を交す際は、必ず印章を押すのです。ですので、この証文に書いてある契約は効力を発揮しません。無効です」
「そんな――!」
「さらに、ディング伯爵とサインがありますが、ディングという伯爵家はありません。病気の妹さんのことは気の毒ですが……。あなたは、だまされましたね」
「クソッ!」
執事のセバスチャンの指摘に、エクレールが地面に足をドンと叩きつけて悔しがる。
ジロンド子爵がさらなる事情聴取を始めたので、執事のセバスチャンに聞いてもらうことにした。
俺はエクレールの側を離れ、エルフのシューさんに相談した。
「シューさんは、エリクサーを作れませんか?」
シューさんは、旅の道中で毒消し薬を作ったり、低級ポーションを作ったりしていた。
魔法薬を生成するスキルを得ているようだ。
ひょっとしたらエリクサーも作れるのではないかと思ったのだ。
「無理。私が作れるのは中級ポーションまで」
「そうですか……」
「エリクサーは一本持っているけど」
「えっ!?」
シューさんが、エリクサーを持っている!?
譲ってもらえれば、エクレールの妹が助かる!
「シューさん。お金は出しますので、エリクサーを売って下さい」
俺がシューさんに販売をお願いすると、シューさんは深いため息をついた。
「これは私の命綱。売ることは出来ない」
「ダメですか? エクレールの妹さんが助かるのですが……」
「私もエクレールには同情する。妹がかわいそうだと思う。我々エルフは、なかなか子供が出来ない種族だから、妹を救いたい気持ちは痛いほどわかる。エリクサーを二本持っていたら、一本譲ったと思う」
「なら――」
俺が説得しようとするのを、シューさんは手を上げて止めた。
心苦しそうに言葉を続ける。
「けれど、このエリクサーは、いざという時に私の命をつないでくれる大切な薬。旅は危険がつきもの。魔物や盗賊に襲われて瀕死の重傷を負うかもしれないし、流行病をうつされるかもしれない。ノエルも旅をして分かったと思う」
シューさんの言うことは理解出来る。
俺の場合は刺客に狙われた結果だが、命の危機に瀕した。
魔物に襲われるリスクや盗賊に夜襲される危険性は、身をもって経験したのだ。
シューさんは、女一人で旅をしていたと聞いているので、最後の最後に自分を助けてくれるエリクサーを手放すのは怖いのだろう。
俺は思考を切り替え、次の方法を考えた。
「わかります。無理を言ってすいません。では、エリクサーの現物を見せてもらえませんか?」
「えっ?」
シューさんが困惑した目で俺を見る。
「見るだけです。本当に見るだけ! 盗んだりしません!」
「見るだけ……。そりゃ、構わないけど……」
俺とシューさんは、ダークエルフのエクレールから見えないように馬車の裏に移動した。
シューさんが、いつも背中にしょっている袋から美しい瓶を取り出した。
「これがエリクサーですか……」
エリクサーは、細長い青いガラス瓶に入っていた。
しっかりとした作りの瓶で、両手で持つとズシリと重い。
俺はジッとエリクサーを見て、生産スキル『マルチクラフト』を発動した。
分析機能がエリクサーの原材料や作り方を解析していく。
エリクサーが高度な魔法薬だからだろう。
魔力がドンドンスキルに吸い取られていくのがわかる。
「なるほど……」
分析結果が出た。
俺がエリクサーを生成することは可能だ。
ただし、魔力をかなり使う。
おそらく一日一本生成するのが限界だ。
原材料は、意外とシンプルだった。
必要なのは、マンドラゴラの根、満月草の花びら、魔力水だ。
問題は量だ。
一本のエリクサーを生成するのに、マンドラゴラの根が百本、満月草の花びらが五十枚、魔力水は大樽五杯が必要になる。
この大量の薬草と魔力水をギュッと濃縮することで薬効が跳ね上がり、エリクサーが完成する。
もちろん、俺が生産スキル『マルチクラフト』を使えば、一瞬でエリクサーを生成出来るが、原材料はそろえなければならない。
俺はエリクサーをシューさんに返し、シューさんに手持ちの薬草を尋ねた。
「シューさん。マンドラゴラの根と満月草を持っていますか?」
「ある」
「何本くらい?」
「マンドラゴラの根は十本。満月草は五本。」
「魔力水は?」
「魔力水は必要に応じて生成する。なぜ、そんなことを聞く? まさか……エリクサーを作るつもり!?」
質問があからさま過ぎた。
シューさんに狙いがバレてしまった。
いや、この際、バレて好都合だと考えよう。
エリクサーの原材料を集める必要があるのだ。
必要量には足りないが、シューさんの手持ちを買い取らせてもらおう。
俺はシューさんの質問に笑顔で答えた。
「ええ。エリクサーを作れば、エクレールの妹が助かるので」
「いや、無理。エリクサーは、長らく修行を積んだ優秀な薬師でないと作れない」
「まあ、そうでしょうね。それで、マンドラゴラの根と満月草を売っていただけませんか?」
「売るのは構わないが……誰がエリクサーを作るの?」
「……」
「えっ!?」
俺は無言で自分を指さした。
シューさんが驚き、俺の顔を見つめる。
俺はスキルについて明言を避け、結果だけシューさんに告げた。
「エリクサーを作るのです……」
「プロセスを無視して結果を語るのは良くない」
「作るのです……」
「ノエルのスキルは、鍛冶生産系のスキルだと思っていた。薬師スキルも持っているの?」
「作るのです……」
「わけがわからない」
シューさんは、眉毛をへの字に下げて困惑顔だ。
俺は笑顔を崩さない。
エリクサーが貴重な魔法薬であることは理解している。
俺がエリクサーを生成出来るとわかったら、俺を囲い込もうとするヤツが出てくるだろう。
例えば、国王とか、宰相とか。
俺はエトワール伯爵家の当主だが、年が若く、俺の護衛はみーちゃんとシューさんだけだ。
それに妹のマリーという弱点もある。
俺を拉致し、マリーを人質にとって、俺に言うことを聞かせる。
国王と宰相ならやりそうだ。
籠の鳥にされるのは真っ平だ。
国王と宰相以外でも、欲に駆られて強硬手段をとる者が出現する可能性はある。
俺がエリクサーを生成出来ることは、秘匿するべきだ。
「シューさん。内密にお願いします」
「もちろん。こんなことは話せない。マリーやセバスチャンにも言わない方が良い」
「そうします」
妹のマリーや執事のセバスチャンが、悪気なくうっかり誰かに話してしまう可能性がある。
シューさんの忠告通りにしよう。
俺とシューさんは、ダークエルフのエクレールのところへ戻った。
ジロンド子爵の事情聴取は終ったようで、手持ち無沙汰にしていたジロンド子爵が声を掛けてきた。
「エトワール伯爵。急にいなくなってどうした?」
「エリクサーについて、シューさんと相談していました」
「なるほど、エルフなら色々知ってそうだな。こちらも事情がわかった」
ジロンド子爵は、ダークエルフのエクレールから詳しく話を聞いてくれた。
エクレールは、ダークエルフの里からエリクサーを求めて王都へ出てきた。
そこで、貴族の使いを名乗る男に声をかけられたそうだ。
「じゃあ、刺客としては素人ですか?」
「ああ。ダークエルフなら闇魔法が得意だろうからと声を掛けてきたらしい」
ジロンド子爵が聞き出した話によれば、エクレールも怪しいと思ったのだが、前金で金貨を渡されたので、本物の貴族の使いだと信じてしまったそうだ。
何だか、地方から出てきた女の子を、だまくらかしてスカウトする悪徳芸能事務所みたいだな……。
「シューさんが、刺客としては二流と言っていましたが、その通りでしたね」
「うむ。それで、刺客はまだ三組いるらしい」
「まだ、いるんですか!?」
俺はウンザリして声を上げた。
ジロンド子爵が苦笑する。
「まあ、だが、人族のチンピラみたいな連中だったそうだ。エクレールは、他の連中がノロノロ移動しているのだろうと」
「すぐに追いつかれるわけではなさそうですね。警戒は必要でしょうが……」
「ああ。それで、エリクサーはどうだ?」
「心当たりがあります」
俺の言葉を聞いて、ダークエルフのエクレールがパッと顔を上げた。
「本当か!?」
「本当だ。エリクサーを生成出来る薬師に心当たりがある。だが、エリクサーの原材料が必要だ。まず、原材料を集めないとエリクサーの生成を依頼できない」
「原材料はなんだ?」
「マンドラゴラの根を百本。満月草の花びらを五十枚。魔力水を大樽五杯」
エクレールが怪訝な顔をする。
「随分多いな……。エリクサーを一本欲しいだけだぞ?」
「ああ、わかってる。エリクサーを一本作るのに、これだけの原材料が必要なんだ。魔力水は、魔力と水があれば作れるので問題ない。問題は薬草の量が多いことだ」
「マンドラゴラの根を百……満月草を五十……。ダークエルフの里でも、それだけの量は見たことがない。それなりに希少な薬草だからな」
エクレールが難しい顔をした。
エクレールの望みを叶える可能性が高まったが、実現するためのハードルも高い。
かといって、マンドラゴラの根も満月草も実在する薬草なので、王国中探し回れば薬草をそろえるのは無理ではないだろう。
問題は、エクレールの妹が病に倒れる前に、エリクサーを生成するために必要な大量の薬草をそろえられるかどうか……。
時間との勝負なのだ。
「それならフォー辺境伯領へ早く行こう」
俺とエクレールの話を横で聞いていたジロンド子爵だ。
「マンドラゴラも満月草も魔力の高い場所に生える薬草だ。この辺りより、フォー辺境伯領の方が土地の魔力が高い。手に入る可能性は高いぞ」
なるほど。
それならば、明日からは少し急いでフォー辺境伯領へ向かおう。
俺はダークエルフのエクレールに笑顔で問いかけた。
「エクレール。エリクサーが手に入ったら、俺の仲間になってくれるか?」
「もちろんだ! オマエがエリクサーを手配してくれれば、オマエは妹の命の恩人だ。私はオマエに仕えよう」
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