第24話 戦いの後

「もう、大丈夫だろう! エトワール伯爵! 怪我はないか?」


「大丈夫です!」


 ジロンド子爵が騎竜に乗ったまま、俺に声を掛けた。

 俺は背中の痛みを堪えて虚勢を張る。

 貴族家の当主たる者、戦いで弱い部分を見せるわけにはいかない。

 例え俺が十三歳の少年貴族であるとしてもだ。


 俺が『魔物寄せの香』を消してから、魔の森から湧く魔物の数は徐々に減った。

 エルフのシューさんが、爆発する魔法を放ち、ジロンド子爵たち竜騎兵が駆け回り、魔物たちを殲滅した。


 魔の森から俺たちがいる場所に至る野原は、ゴブリンとオークの死骸で埋まっている。


 ジロンド子爵は騎竜から下りるとロープで縛り上げられた男の子を見た。


 俺を刺そうとした男の子だ。

 みーちゃんが、ロープで縛り上げた。


「さて、エトワール伯爵……。その男の子は、魔物から逃げていた子だよね?」


 ジロンド子爵の目つきは、子供だからといって油断していない。

 さすがだ!


 俺は淡々と事実を告げた。


「私をナイフで刺し殺そうとしました」


「ほう……」


「それから、これを馬車の下に投げ込みました」


 俺は魔物寄せの香が入った木箱をジロンド子爵に手渡した。

 ジロンド子爵は、一目見ると厳しい表情をした。


「魔物寄せの香か……。なるほど、次から次へと魔物が湧いてくるわけだ」


「ジロンド子爵。私は魔物寄せの香を初めて見たのですが、やはり危険な物なのでしょうか?」


「危険ですよ。魔物寄せの香は、魔物をおびき寄せるために使います。例えば、弱い魔物を一カ所集めて、強力な殲滅魔法を叩き込むとか、逆に強い魔物を人家から離れた場所に誘導するとか。しかし、使い方を誤ると無制限に魔物が寄ってきて窮地に陥ります」


「なるほど……。では、今回はかなり危なかったのですね?」


「シャレになってなかったさ。エルフのシューさんがいなかったらと思うとゾッとするよ」


 ジロンド子爵が、少しくだけた口調になった。

 戦闘が終り、徐々に気を緩めているのだろう。


 ジロンド子爵は、騎竜の背にくくりつけた革の水筒を取り、ごくごくと旨そうに水を飲んだ。


「ふう。じゃあ、この男の子が刺客ってわけか……」


「ええ。危ないところを、みーちゃんに助けられました」


「お手柄だったね!」


「ニャア!」


 ジロンド子爵がみーちゃんを褒め。

 みーちゃんが、両腕を上げてガッツポーズをした。


 エルフのシューさんも、戻ってきた。


「シューさん! お疲れ様! 大活躍だったね! ありがとう!」


「相手はゴブリンとオークだったから、このくらいは軽い運動。給料分の仕事はしたと思う」


「十分だよ!」


 シューさんは疲れた様子すら見せない。

 大きな魔法をバンバン撃ち込んでいたが、本当に軽い運動程度なのだろう。


 魔の森は、シューさんの魔法を受けてプスプスと焦げている。

 大分破壊してしまったが大丈夫なのだろうか?


「ジロンド子爵。あの……魔の森を大分壊してしまいましたが、大丈夫なのでしょうか?」


「ああ、一月もすれば元に戻るさ!」


 何でもこの辺りの魔の森は生命力が凄いらしく、木を切り倒しても一月程度で元通りらしい。

 どういう仕組みなのだろう?


 俺は馬車の中にいる妹のマリーと執事のセバスチャンに安全になったことを告げた。

 そして、改めて全員に縛り上げた男の子のことを話した。


「本当にふざけたヤツニャ! 危うく全滅だったニャ!」


 みーちゃんが憤慨し、男の子に殺気のこもった視線を投げつける。

 だが、男の子はお構いなしだ。


「腕が痛い! 治療しろよ! ポーションをくれ!」


「ふざけるニャ!」


 ふてぶてしいというか……、状況をわかっているのかな?


「ジロンド子爵。今回、この子の罪はどんな刑になるでしょう?」


「そりゃ縛り首だよ。貴族への暗殺。それも魔物寄せの香を使って、周りにいる人も一緒くたに殺そうとした。領主である俺も含まれるんだ」


 そりゃそうだ。

 死罪は免れない。


「しかし、こんな小さな子を処刑するのは、気が進みませんね」


「まあね。甘いと言われるかもしれないけれど、人である以上は、そういう気持ちもあるよ」


 俺とジロンド子爵は、腕を組んでふうとため息を吐いた。

 するとエルフのシューさんが、縛り上げた男の子に近づきジッと男の子を見た。


「いや、子供ではない」


「えっ?」


「この男の子は、子供じゃない」


 シューさんの言葉に、みんな困惑する。


「シューさん。何を言ってるの?」


「考えてみて。魔の森で魔物寄せの香をたいて、子供が魔物から逃げ切れると思う?」


「それは……」


 俺はジロンド子爵と顔を見合わせる。

 言われてみれば、その通りだ。


 いや、そもそも、俺の暗殺に子供を使うこと自体が不自然だ。


「この子は、そういう種族とか? 例えば、大人でも子供の見た目のままとか?」


 ホビットやドワーフは、小柄な種族だ。

 この男の子は、俺の知らない種族なのかもしれないと考えたが、シューさんは首を振る。


「違う。化けているだけ。今から魔法で正体を暴く」


 化ける?

 どういうことだろうか?


 シューさんが、右手に持った杖を構えた。

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