第22話 甘い匂いと男の子

 ドン!


 爆発音がする方を見ると、エルフのシューさんが魔の森に魔法を撃ち込んでいた。

 前線の押し上げを行っているらしく、シューさん自身も魔の森に近い位置に陣取っている。


 しかし、魔の森から湧く全ての魔物をシューさんの魔法で撃滅できるわけもなく、シューさんが撃ち漏らした魔物をジロンド子爵たち竜騎兵が仕留めている。


 竜騎兵は槍でオークを串刺しにし、騎竜が尻尾でゴブリンを打ち払う。

 縦横無尽に野原を走り回り凄まじいコンビネーションと殲滅力を発揮している。


 そして馬車の近くでは、ネコネコ騎士のみーちゃんが高速移動をしながらサーベルを振るっている。

 みーちゃんも強い。


 オークを相手取っているが、オークのパワフルな攻撃を全てかわし、側面や後ろに回り込み、脇腹や膝の裏など弱い部分に攻撃を集中させている。


 ただ、小柄なみーちゃんでは身長が低いので、喉や頭部などの急所には届かない。

 一撃でオークを倒すのは厳しいようだ。

 一匹を倒すのに時間がかかるので、馬車に取り付く魔物が出てしまうのだろう。


 俺は馬車に向かってくるゴブリンを発見した。


 シューさん、竜騎兵、ネコネコ騎士のみーちゃんが敷く三重の守りを抜けてきたのだから、相当幸運なのだろう。

 だが、その幸運もここまでだ!

 俺は膝立ちでクロスボウを構えた。


「グギャギャギャ!」


 ゴブリンが耳障りな声を上げ興奮した様子で馬車に向かってくる。

 俺は『落ち着け!』と自分に言い聞かせる。


 ゴブリンと俺の間には、まだ距離がある。

 この距離で当てる自信はない。


 ゴブリンは汚い布を腰に巻き付けただけで、防具はない。

 武装は石斧だけだ。

 馬車に取り付かれても、馬車を壊されることはない。


 焦ることはない。

 あれは安全な的だ。


 俺はゴブリンをよく引きつける。

 狙うのは的の大きい胴体だ。

 防具を身につけていないので、胴体に矢が刺されば大きなダメージになる。


 ゴブリンが、すぐそこまで来た!

 今だ!


 俺は馬車のルーフから、ゴブリンの胴体めがけてクロスボウで矢を放った。

 鋭い風切り音!


「ギャ!」


 ほぼ同時にゴブリンが悲鳴を上げ、バンザイしながら後ろに倒れた。

 俺が放った矢は、運良くゴブリンの胸に着弾した。

 恐らく一撃で心臓を貫いたのだろう。

 ラッキーだ!


 オーク一匹、ゴブリン一匹、合計二匹を倒したことで、俺は自信がつき冷静に状況を見られるようになってきた。


 魔の森からは、まだ魔物が湧き出ている。

 だが、シューさんの魔法攻撃とジロンド子爵たち竜騎兵の活躍で、湧き出る魔物はかなり討伐されている。


 それにしても魔物の数が多くないか?

 魔物の巣であるとか、集団であるとか、何かを刺激してしまったのだろうか?


 ゴブリンやオークは、集団で行動する魔物だと聞いたことがある。

 だが、集団といっても数匹程度のグループで、何十匹も固まるというのは聞いたことがない。


 前世日本のアニメのように、ゴブリンキングとか、オークキングとか、魔物の集団を指揮する存在がいるのだろうか?


 今のところ馬車の周囲に魔物はいない。

 余裕が出来て考えごとをしていたら、何か違和感を覚える。


 何だ?


 甘い匂い……。

 バニラを濃くしたような甘ったるい匂いがする。

 違和感の正体はこの匂いか?

 この匂いは何だろう?


「お兄ちゃん! 助けて!」


 男の子の声にハッとして我に返る。

 声は下の方から聞こえた。

 馬車のルーフから地面を見ると、魔物に追いかけられていた男の子がいた。


 恐らく農民の子供だろう。

 簡素なズボンにシャツを着た五歳くらいの男の子だ。


 しまった!

 自分のことで精一杯になっていた。

 男の子のことを忘れていた。


「お兄ちゃん! お願い! 馬車に入れて!」


 男の子は、目に涙を浮かべている。

 俺は慌てて、男の子に右手を伸ばした。


「馬車は内側から閉め切っているんだ。そこにいると危ないから、上においで! 手につかまって!」


「わかった! ありがとう!」


 男の子は馬車によじ登り、俺の手が届くところまでくると左手を伸ばした。


(左利きなのかな?)


 俺は左手に持っていたクロスボウを馬車のルーフに置いて両手で男の子の左手をつかんだ。

 一気に引っ張り上げようとしたが、なかなか上手く行かない。



「ねえ。お兄ちゃんは貴族?」


 男の子が話しかけてくるが、俺は男の子を引っ張り上げようとしているので余裕がない。

 力みながら何とか返事をする。


「んぐぐぐぐ! そうだよ!」


「エトワール伯爵でしょ?」


「んんんんん! そうだ!」


「ありがとう……」


 男の子の右手にナイフが光った。


「えっ……!?」


 俺は間抜けな声を出した。

 それでも男の子の持つナイフから逃れるために、両手を離そうとした。

 だが、男の子の左手がガッチリ俺の手を握っている。

 俺は馬車のルーフから前のめりになる格好で逃げるに逃げられない。


「今度こそ死んで!」


 男の子は逆手に持ったナイフを俺に突き刺そうとした。

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