第17話 ジロンド子爵と南国果実
「シューさん……、どういうこと? 今回襲ってきたのは盗賊だよ?」
「そうニャ! シューは警戒しすぎニャ!」
俺の疑問にネコネコ騎士のみーちゃんが同調する。
シューさんは、切れ長の美しい目を鋭くさせ声に力を込める。
「よく考えて。毒、盗賊の夜襲、と続いたのが偶然かどうか?」
「そう言われると……」
「ニャ……」
「私はライルという男が怪しいと思っている」
「新人の盗賊だね。ライルが俺たちを襲う情報を持ち込んだと、盗賊の生き残りが言っていたな」
「ライルは自分で動かないで、網を張るタイプの刺客なのかもしれない」
「厄介だな……」
「にゃぁ……」
俺とみーちゃんは、露骨に面倒だと顔に出した。
直接攻撃してくるなら相手なら倒せば終わりだ。
だが、シューさんが言うように、他者を動かして俺たちを襲わせるタイプの刺客なら、姿が見えないので、倒すのは難しい。
「仮にシューさんの言う通りだとしたら、凄腕の刺客だな……」
「そうだニャ」
だが、シューさんは、俺とみーちゃんの考えとは違うようで、首を左右に振った。
「いや、一流の刺客とはいえない。一流なら一回の襲撃で標的を仕留める。襲撃に失敗すれば相手は警戒を強めるので、成功確率は下がる」
なるほど。
刺客は二回失敗している。
俺たちは毒への対応策をとるし、襲撃への警戒も強くする。
シューさんの言うことは理にかなっている。
「次は近くに現れるはず」
「えっ!?」
シューさんの読みに俺は驚く。
どうしてだろう?
「二回失敗したことで、刺客は焦っていると思う。刺客の取れる選択肢は二つ。襲撃をあきらめて、依頼者に失敗の報告をするか。それとも、襲撃の確実性を上げるか」
「襲撃の確実性を上げる? どうやって?」
「標的に近づく」
俺と執事のセバスチャンの喉が、ゴクリと鳴った。
確かに……、標的に近づけば暗殺の成功確率は高くなるだろう。
「もちろん。これは私の推測に過ぎない。毒と今夜の襲撃は関係がないバラバラの事象かもしれない」
「ですが、シュー様のおっしゃる通りに考え、警戒した方が良さそうですね」
「その通り。特にセバスチャンさんは、ノエルとマリーの身の回りに気を配って欲しい。口にする物、身につける物、二人に近づく人物……」
「かしこまりました。みーちゃん様もご協力いただけますか?」
「当然ニャ!」
雨降って地固まる。
盗賊の夜襲は、アクシデントだったが、チームワークは良くなった。
なかなか頼もしい。
俺は守りを固めるために、シューさんにお願いをした。
「シューさん。解毒剤を作って下さい。お金は払います。それから毒を探知する魔導具はないでしょうか?」
「材料があれば作れる」
「では、次の町で材料を買いましょう。それから、馬車に結界の魔導具を設置してはどうでしょう?」
「ん……悪くはないが、反撃が出来なくなる」
俺の提案にシューさんは、イマイチ気乗りしないようだ。
確かに結界の魔導具を発動すると、結界の中では害意を持てない。
攻撃しようとすれば、結界の外にはじき出される。
護衛のシューさんとしては、防御力が上がっても反撃が出来ないのでは、やりづらいのだろう。
「では、馬車を改造して、防御力を上げましょう。キャビンの壁を厚くするとか……」
「ニャ! 反撃のことも考えて欲しいニャ!」
「御者台の強化もお願いいたします」
俺は馬車を改造する希望を聞きながら、頭の中で構想を練った。
*
――翌日の昼過ぎ。
俺たちは、大きな町に到着した。
この町はジロンド子爵が治めている町で、ギャリアという。
ジロンド子爵は南部貴族の中でも有力者の一人で、爵位は子爵ではあるが治めている領地はかなり広い。
ジロンド子爵家は代々『疾風』とあだ名され、馬の代わりに小型の地竜に乗る精強な竜騎兵隊が有名だ。
昨晩、俺たちが盗賊の夜襲を受けたエリアもジロンド子爵の領地だ。
捕まえた盗賊男や倒した盗賊の死体を、ジロンド子爵に引き渡した。
男は取り調べを受けた後、鉱山送りか、縛り首だろう。
俺たちはジロンド子爵の屋敷に招かれ、お礼がてらのお茶をご一緒した。
「いやあ、助かりました! 盗賊を捕らえてもらって感謝ですよ!」
ジロンド子爵は快活な人物だ。
日焼けした丸い顔、ハキハキしたしゃべり方。
いかにも南部人らしい。
美形ではないが、親しみの感じる顔に人懐っこい笑顔で、なかなか魅力がある。
執事のセバスチャンによる事前情報では、年齢は三十代前半で小さい子供が二人いるそうだ。
「盗賊退治のお礼をしたいのですが、何が良いでしょう?」
ジロンド子爵が気を利かせた。
現金……は、生産スキルを使って稼ぐアテがあるからいらない。
俺は貴族の『つながり』をお願いした。
「私はこの度エトワール伯爵家を継承し、陛下より南部に領地をいただきました。南部は初めてですので、何かの時にはご支援をいただければ」
「もちろんですよ! 何でも気軽に相談して下さい! 南部は暖かくて良いところですよ!」
ジロンド子爵は元気な人だ。
声が少し大きいけれど、良い意味で貴族らしくなくて付き合いやすそうだ。
「そうだ! 領地に着いたら、フルーツの苗木を植えると良いですよ。すぐには結果が出ませんが、何年か後には豊かな実りがもたらされます」
ジロンド子爵の言葉に妹のマリーが反応した。
「フルーツ! 食べたいです!」
「ハッハッハッ! マリーちゃんは、フルーツが好きか! 私も好きだよ! 庭にプレッシュを植えてあるから収穫して食べよう!」
「はいっ!」
田舎の親戚という感じのノリで、マリーも喜んでいる。
お言葉に甘えてプレッシュをご馳走になることにした。
ジロンド子爵の案内で屋敷の庭に出ると、一部が果実園になっていた。
高さ五メートルほどの木に、黄色いプレッシュの実が鈴なりだ。
「うわー! 凄い!」
妹のマリーが手を叩いて喜ぶ。
「よし! 私が肩車をしてあげよう! マリーちゃんが収穫してくれ!」
「わー! 高い! 高い!」
ジロンド子爵がマリーを肩車すると、マリーは大喜びだ。
父はギャンブルばかりで、マリーは父との交流があまりなかった。
ジロンド子爵の体当たりの歓待は、マリーにとって貴重な触れ合い経験だ。
マリーがプレッシュの実をもいで、下にいる俺たちに渡す。
王都育ちのマリーは、初めての経験に目をキラキラさせている。
マリーの様子を見て、俺、執事のセバスチャン、護衛のみーちゃん、シューさんの目尻が下がる。
プレッシュの実は、グレープフルーツに似た果物で。
柑橘系特有の爽やかな香りがする。
ナイフで切れ込みを入れて、手で皮をもぐ。
実はきれいなピンク色をしている。
ピンクグレープフルーツだな。
「このプレッシュの木は、ピンクの実がなる。ピンクは酸味が少なくて甘味が強い。さあ、召し上がれ!」
「「「「「いただきます!」」」」」
プレッシュの実にかぶりつく。
ブシュ! と果汁が口の中を満たす。
「ジューシーで美味しいですね!」
「そうでしょう! ウチの名産品なんですよ!」
おっと! これは名産品を営業されてしまった!
これだけ美味しければ売れるだろう。
王都に運べば、かなりの売り上げが見込めるだろうな。
日持ちするのかな?
「美味しい! ねえ! お兄様! 新しい領地でプレッシュの木を植えましょう!」
「おお! そうだね! 果物の木を沢山植えようね」
「ハッハッハッ! ライバル領地誕生だな!」
おおらかなジロンド子爵のおかげで、俺たちはリラックスした午後を過ごした。
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