第16話 盗賊の夜襲
俺たちは、夕食をとり早めに就寝した。
夕食に何を食べたのか、味がどうだったのか、よく覚えていない。
それは、そうだ。
何せ肉に毒が仕込まれていたのだ。
妹のマリーには知らせていないので、マリーはパクパク食べていたが、俺、執事のセバスチャン、ネコネコ騎士のみーちゃんは、箸が重かった。
いや、箸というか、スプーンで食べているけど……。
とにかく食事の進みが悪かった。
エルフのシューさんは、さすがといおうか……。
「まともな食事は久しぶり。おかわり!」
ガンガン食べていた。
「しっかり食べないと旅の途中で動けなくなる。ノエルたちもしっかり食べること」
シューさんは偉そうに説教していたが、旅の途中で動けなくなったのはシューさんだよね?
もう、忘れてしまったのか、シューさんがテキトーな人なのか……。
多分、後者だろう。
毒騒動のおかげで、俺はシューさんにツッコミを入れる元気もなく、ただ黙々と口を動かして胃袋に食事を詰め込んだ。
馬車のキャビンに設置した折りたたみ式の簡易ベッドでゴロリと横になったが眠れるものではない。
妹のマリーの寝息が規則正しく聞こえてくる。
何も知らないマリーは熟睡しているらしい。
だが、執事のセバスチャンやみーちゃんは、寝付けないだろう。
ちなみにシューさんは、豪快にイビキをかいてベッドから半身を落として爆睡している。
美人で寝相が悪いとか、嫌いじゃないけどね。
チッ、チッ、チッと虫の音が聞こえる。
俺は気持ちを落ち着かせようと虫の音を聞きながら深呼吸した。
シューさんが、毒に詳しくて幸運だった。
この出会いに感謝しよう。
もう、今日一日だけで、シューさんは十分な働きをしてくれた。
グータラしていても、いざという時はバッチリ働いてくれる人だとわかった。
毒を仕込んだ人は、どんな人物だろうか?
暗殺者……、アサシン……、忍者みたいな武術の達人とか?
いや、毒を使うのだから強い人とは限らないかも。
頭脳派で、案外女性かもしれない。
肉屋のおかみさんは、女性だった……。
だが、あの太ったおかみさんが犯人とは限らない。
この辺りは、寝る前にシューさんと執事のセバスチャンと検証した。
とにかく犯人が誰と決めつけるのは危険だ。
誰でも犯人になり得る……。
守りを固めなくては……。
妹のマリーを守らないと……。
天国の母上……。
俺に力を貸して下さい……。
「起きて! お客さんが来た!」
シューさんが俺の体を揺すった。
いつの間にか、ウトウト眠っていたらしい。
「客?」
「襲撃! 盗賊か何かだと思う。支度して」
慌てて体を起こすと、既にみーちゃんは腰にサーベルを吊るし、帽子から飛び出したネコミミをピクピク動かしていた。
執事のセバスチャンは、緊張した顔で妹のマリーを起こしている。
みーちゃんとシューさんが、言葉を交す。
「ニャ……。四人……、五人……。多いニャ……」
「人か? 魔物か?」
「足音が軽いから人ニャ」
「囲まれているか?」
「そうニャ。囲まれているニャ。七人……八人……。八人ニャ」
「了解した。私が迎撃する。みーちゃんは、マリーのそばにいて。ノエルとセバスチャンさんは、私とルーフへ」
シューさんが、テキパキと指示を出す。
正直、ありがたい。
俺では、戦うのか、逃げるのか、判断が出来ない。
的確に判断して指示してくれる人がいることが、こんなに心強いとは!
シューさん、セバスチャン、俺の順番で、馬車のキャビンからルーフへそっと上る。
今日は新月で月明かりがない。
星の光だけだ。
辺りを見回すが、どこに襲撃者がいるのか暗くてわからない。
「あそこに一人」
シューさんがポツリとつぶやく。
指をさしてくれたので、何とかわかった。
よく見ると黒い影が動いているし、何かが微かに光っている。
光っているのは、おそらく剣だろう。
だが、わかるのはそこまでだ。
襲撃者の顔や服装は暗くて見えない。
続けてシューさんが、襲撃者のいる場所を指さす。
だんだん俺もコツがつかめてきた。
ボヤッと全体を見るようにすると、微妙に動く場所があるのだ。
襲撃者とは、まだ、距離がある。
だが、キャンピングカー仕様の馬車を走れるように変形させて、逃げるほどの時間はないだろう。
そんなことをしていたら、襲撃者に距離を詰められ殺されてしまう。
――戦うしかない。
「二人に確認する。襲撃者を殺しても良いか?」
シューさんが俺たちの意思確認をしてきたので、俺は素人考えだが希望を伝えた。
「生け捕りは無理かな? 情報が欲しい」
「八人だと人数が多い。オマケにこの暗闇だから急所を外して攻撃するのは難しい。全員生け捕るのは無理」
「わかった。なら可能なら何人か生け捕ってくれ。無理なら殺してくれ。安全優先だ」
「了解した。ここは結界が張ってあるから安全。結界から外へ出ないように。結界の中では攻撃魔法が使えないので、私は外に出る」
結界の外に出るのか……。
結界の中は害意のある者は、結界の外へはじき出される。
だから、結界の中で攻撃魔法は発動出来ない。
俺と執事のセバスチャンは、シューさんの無事を祈りながら見送る。
「わかった。気をつけて!」
「ご武運を!」
シューさんは、馬車からヒラリと下りると、背中に背負っている布袋から長い杖を取り出した。
杖をクルリと回すと落ち着いた様子で結界の外へ出て行った。
シューさんを見送りながら、俺は自分の決断について考えていた。
「セバスチャン。俺は殺せと命じたが、良かっただろうか?」
「当然です! ノエル様が気に病む必要はございません。襲ってくる連中が悪いのです」
「そうだ。今の状況は、『殺らなければ、殺られる』だ。ただ、それでも、人が死ぬと思うと気持ちがな……。重くなるのだ」
「慣れることでございます」
「慣れ?」
「はい。貴族であれば、領内の盗賊を退治したり、戦で敵を打ち倒したりと、直接、間接に人の命を奪うことがございます。それが領主の務めだからです」
執事のセバスチャンが言うことは、なかなか厳しい。
だが、現実は厳しいのだ。
エトワール伯爵家を継いだ以上、俺は領主として務めを果たさなければならない。
「そうか、務めか。務めは果たせねばならんな」
「左様でございます」
執事のセバスチャンと話して、少し気持ちが楽になった。
戦うこと、戦えと指示すること、人が死ぬこと。
それが領主の務めであり、領民を守ること、家族や仲間を守ることだと考えると、殺人の後ろめたさが緩和された。
チッ、チッ、チッ。
チッ――。
虫の音が消えた。
「ノエル様!」
「始まったな!」
結界の外で影が動いた。
杖を持っているシルエットが素早く動く。
シューさんだ。
何か呪文を唱えたようだ。
距離が離れていて聞こえない。
「ギャ!」
「ウゲッ!」
「ガッ!」
男の野太い悲鳴が次々と上がる。
馬車のキャビンの中で、妹のマリーが怖がる声が聞こえた。
「きゃあ!」
「大丈夫ニャ。シューが悪いヤツを倒しているニャ。マリーには、みーちゃんがついてるニャ」
みーちゃんが、怖がるマリーを優しくなだめてくれている。
風を切る音と悲鳴が断続的に聞こえる。
戦闘はしばらく続いたが、ピタリと声が聞こえなくなった。
「終ったか?」
「どうやら、そのようですね……。あっ、ノエル様! シュー様が呼んでいます!」
結界の外でシューさんが手招きをしている。
執事のセバスチャンがランタンを持ち、俺と一緒に丘を下る。
丘を下ったところで、シューさんと合流した。
「七人殺した。一人は手加減をした」
「「……」」
俺と執事のセバスチャンは、ドン引きした。
シューさんが『手加減した』男は、右肘から下をバッサリ切られていた。
さらに、立ち上がれないように脚にもザックリと傷を負わせていた。
血がドクドク出ている。
(出血多量で死んでしまうのでは? それに相当痛いよね……)
俺は即死できなかった男に、少し同情してしまった。
それほどに痛そうな傷なのだ。
だが、シューさんは、淡々と男に尋問を始めた。
「誰に頼まれたか話せ。死にたいなら、このまま失血死させる。話せば、このポーションで治療してやる」
「わかった……。話す……話すからポーションを……」
男は息も絶え絶えだ。
激痛を堪えているのだろう。
表情は厳しい。
「ダメだ。話すのが先。話したらポーションをやる」
「う……う……」
男が痛みにうめき声を上げ、体をよじる。
俺は男の風体を確認した。
ランタンに照らされた男の顔は、髭面で脂ぎっている。
血の臭いに混じって、強い体臭を感じる。
水浴びもしていないのだろう。
服装は粗末なズボンに同じく粗末なシャツとチョッキ。
武装は剣。
軍の人間じゃないな……。
国王と宰相が差し向けた刺客ではないのか?
俺は男に問いかけた。
「オマエたちは、盗賊か?」
「そ、そうだ……。警備の薄い貴族の馬車が走っているから……、一儲けしようと……」
「そうか、盗賊だったのか……」
殺し屋や追っ手ではなく、俺はホッとして気を緩めた。
だが、シューさんは厳しい表情のまま尋問を続ける。
「誰が言った?」
「え?」
「貴族の馬車を襲おうと誰が言った?」
「ライルとかいうヤツだ」
「とか?」
「ライルは、新入りだよ。この話を昨日持ってきた。俺もよく知らない。なあ、頼む……! ポーションを!」
「よし」
シューさんは、ポーションの入った瓶を取り出しコルク栓を抜くと、ドバドバっと男の傷口にポーションを振りかけた。
柔らかい緑色の光が男の傷口から発せられ、光が収まると男の傷口はふさがっていた。
ただ、失った腕はそのままだが……。
俺たちは、盗賊の男を歩かせて、他の盗賊たちの死体を確認させた。
盗賊の死体は凄惨で、胴体を輪切り、縦に真っ二つ、首だけグッバイなどで、俺は吐きそうだった。
シューさんが風魔法で盗賊を攻撃した結果だ。
革鎧を身につけた者や盾を持った者もいたのに、防具が防具としての用をなしていない。
凄まじい切れ味だ。
執事のセバスチャンが、盗賊の死体をマジックバッグに回収してくれた。
さすがにセバスチャンも青い顔をしていたよ。
死んだ盗賊全員を見せ終わると、盗賊男は首をひねった。
「ライルがいねえ……」
「いない? どういうことだ?」
俺は盗賊男に厳しく問うた。
だが、盗賊男は困惑顔だ。
「いないモンは、いない。ライルの死体はなかった」
「逃げたのか?」
「さあな。襲撃前はいたけどな」
俺は死体を回収した執事のセバスチャンに回収した死体の数を確認した。
「七体でございます」
「襲いかかってきた盗賊は八人だった。生きているコイツを会わせて八……。数は合ってるな……」
全員で何人いたかと盗賊男に聞くと、盗賊男はつばを地面に吐きそっぽを向いた。
すかさずシューさんが、尋問を代り盗賊男を脅す。
「全員で何人いた?」
「さてな……」
「今度は脚を切り飛ばそうか?」
「やめろ! 九人いた……」
どうやらライルという新人の盗賊が逃げおおせたようだ。
盗賊男は結界の外にある木に縛り付け逃げられないようにして、俺たちは馬車に戻った。
「みーちゃん、マリーは?」
「落ち着いたので寝たニャ」
「ありがとう。助かるよ」
「ニャハ!」
みーちゃんは、ニコリと笑い、状況説明を求めた。
俺は盗賊を討伐したことやライルという新人の盗賊が逃げたことを伝えた。
「ニャア。まあ、一人逃げたとしても、盗賊を撃退出来たのだから安心ニャ」
「だね」
俺とみーちゃんが、ホッとしているとエルフのシューさんが異論を口にした。
「安心出来ない。その逃げた盗賊が刺客だ」
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