第15話 ポイズントードの毒

 美人でまな板エルフのシューさんを護衛として雇い入れた。

 だが、シューさんは『労働』の二文字が嫌いな人のようで働きたがらない。


 困った人だな……と頭を抱えていると、執事のセバスチャンがアドバイスをくれた。


「エルフはマイペースな人物が多いのです。あまり我々人族の感覚や常識を押しつけず好きにやらせると良いですよ」


「そういうモノか……」


 ちょっと納得出来ない部分があるが、執事のセバスチャンによれば、エルフはメチャクチャ長寿なので、時間感覚、人生観などが我々人族とは異なるそうなのだ。


 長寿だから時間がある。

 そうなると、『いつかやれば良い』、『明日で良い』と考えるようになり、働くことや何か目標を達成することに関しては、あまり熱心でなくなるそうだ。


 セバスチャンは、戦闘になり命がかかれば働くだろうと言っている。

 そんなモンかなと気にしないことにした。


 働きたがらないことを除けば、シューさんは良い人で、妹のマリーやネコネコ騎士のみーちゃんとも仲良く話している。

 俺とも大分打ち解けて、俺の呼び方がノエル殿からノエルになった。



 さて、今夜は野営だ。

 街道に近い見通しの良い丘の上に馬車を止めて、ここで夜を明かす。


 みーちゃんが、見張りをし、俺、妹のマリー、セバスチャンで野営の支度をする。

 野営の支度とは、馬車を変形させるのだ。


 この旅の道中、馬車は何度も改造を行った。

 スキルが進化したおかげで、一度作った物に手を加える『改造』『改良』とでもいうべき機能が加わったのだ。


 ・車体とキャビンの間に、鉄製の板バネを設置!

 ・四輪独立のショックアブソーバーを設置!

 ・ルーフとキャビンの間に扉を設置して、行き来が出来るように!

 ・御者台に布製の雨よけを設置!

 ・馬型ストーンゴーレムの魔方陣を増設し、加速減速など細やかな制御が可能に!


 などなど、俺が気付いた箇所、妹のマリーと執事のセバスチャンから上がってきた意見や希望をくみ上げて、日々改造を施している。


 野営も快適に過ごせるように馬車は、キャンピングカーのように改造済みだ。


「じゃあ、ゆっくり引っ張って、ゆっくり! ゆっくり!」


 俺のかけ声に合わせて、俺、妹のマリー、執事のセバスチャンが、馬車の後部をスライドさせる。

 折りたたみ式の脚を出して、馬車のキャビンを広くする。


 座席を変形させて、折りたたみ式の簡易ベッドを設置。

 キャビンの中に設置されたマジックバッグ式の荷物入れから、布団と枕を出せば、ベッドルームの出来上がりだ。


 さらに、馬車の上部に大きな布を引っかけ、簡易な天幕を設置する。

 折りたたみ式の椅子を並べれば、屋外がリビングに早変わりだ!


 俺たちが野営支度をする様子を見て、エルフのシューさんが驚きの声を上げた。


「す、凄い! こんな馬車は見たことがない!」


「ありがとう! 俺が作ったんだよ!」


「素晴らしい! ノエルは才能がある! これほど出来る人族は会ったことがない!」


 シューさんに褒められて、俺はすっかり上機嫌だ。


「これは負けてられない。私も魔導具を見せよう!」


 シューさんは、背負っていた袋をゴソゴソと探り出した。

 そして、袋の中から四角い箱を取り出した。


 四角い箱は、木製で優美なツタの模様が彫り込まれている。

 箱の上には、白い魔石がはめ込まれていた。


 シューさんは、馬車の近くの地面に四角い箱を置くと、箱の上部の白い魔石に触れた。


 ブン!


 微かに空気を震わせる音が響き、四角い箱を中心にドーム状の半透明の膜が馬車の周囲を覆った。

 俺たちは驚いて半透明の膜を見る。


「えっ!? これは!?」


「結界。魔物や盗賊の侵入を阻む。害意のある者は、この結界の中に入れない。この魔導具が結界を発生している」


 俺は、シューさんが展開した結界を手で触ってみた。

 結界――半透明の膜に感触はなく、手は結界をすり抜けた。


「ニャ! 出たり入ったり出来るニャ!」


「害意がなければ結界に入れる」


 シューさんは、どうだ! とばかりにない胸を反らした。


「じゃあ、これでどうかニャ!」


 みーちゃんは、結界の外に出るとサーベルを抜いた。

 そして、ただ事ではない気を発している。


「うおっ……」


 俺は思わず声が漏れた。

 執事のセバスチャンも額に冷や汗をかいている。

 それほど強烈な気を発しているのだ。


 みーちゃんは、結界の中に入ろうとしたが、半透明な壁に阻まれて入れない。


「なるほど……では、これならどうかニャ!」


 続いてみーちゃんは、サーベルを振りかざし結界に攻撃を仕掛けた。

 ガツン! ガツン! と鉄骨をハンマーで叩くような音が響くが、結界はびくともしない。


 エルフのシューさんが勝ち誇る。


「無駄。ドラゴンクラスの攻撃でなければ、その結界を壊すことは出来ない」


 それは凄い!

 俺は素直に感心したが、みーちゃんは納得していないようで、アゴに手をあてて考えてから自身のネコヒゲをピンと弾いた。


「じゃあ、これならどうかニャ?」


 みーちゃんはサーベルを仕舞うと、発していた気を和らげた。

 結界はみーちゃんを阻まず、みーちゃんは結界の中に入れた。


「害意がなければ、結界は阻まない」


 シューさんが、さも当然とうなずきながら解説する。


 ところがみーちゃんは、突然態度を豹変させて、腰のサーベルを抜いて俺に襲いかかってきた。


「うおっ!」


 とっさのことで、俺は対応出来なかった。

 驚きの声は出たが、体が固まり逃げることは出来ず、かろうじて反射で両手を上げて顔をかばっただけだった。


(やられる!)


 と思った瞬間、みーちゃんの悲鳴が聞こえ、みーちゃんは結界の外へ吹き飛ばされた。


「ニャー! 何なのニャ!」


「害意を持つ者は結界に入れない。結界の中で害意を持てば、はじき出される」


「すごーい!」


 シューさんが解説し、妹のマリーが感心する。


 すると一連のやり取りを見ていた執事のセバスチャンが、シューさんに質問した。


「シュー様。では、毒はいかがでしょうか?」


 なるほど!

 毒か!


 俺とセバスチャンは、厳しい顔をした。

 父は毒殺された。

 十中八九、国王ルドヴィク十四世と宰相マザランの手先にやられたのだ。


 俺や妹のマリーも毒殺を警戒しなくては……。


「毒は、ちょっと厄介。結界の中に毒を持ち込むことは出来る。結界の中で毒を使おうとすると結界の外へはじき出される。毒を使おうとする時点で、害意が発生するから」


「では、普通の食品を毒入りの食品と入れ替えるのはどうでしょう? 例えば、普通の塩が入った容器を、毒入りの塩が入った容器と入れ替える……とか……?」


 あり得そうな手だ。

 普通の塩と毒入りの塩を入れ替えるだけなら、手間もかからないし、状況によっては見つかる可能性も低い。

 犯人が逃走するのも容易いだろう。

 もっとも、ターゲットと別の人物を殺害してしまう可能性はあるが……。

 それでもリスクが低い殺害方法だろう。


 執事セバスチャンの問いに、シューさんは困った顔をした。


「うーん。その場合は、何も起らないかもしれない。入れ替える時点で、害意を持てば結界の外に飛ばされる。けど、犯人が毒入りと知らなければ、害意が発生しないので何も起らない」


 そんなケースがあるのか?

 俺やみーちゃんが考え込んでいると、執事のセバスチャンが指をパチンと鳴らした。


「つまり、指示役が実行役に毒入りの塩と教えない場合ですね?」


「そう。陰険で奸智に長けた方法だが有効。だから最後は人の目が頼り」


「わかりました。やたらな人物を結界の中に招き入れない方が良いですね。気をつけるといたしましょう」


 便利な魔導具ではあるが、暗殺までは防げないということか……。

 ちょっと空気が重くなった。

 毒などと、かなり物騒な言葉が、乱れ飛んだからだろう。


 妹のマリーが空気を変えた。


「でも、この結界を発生する魔導具があれば、見張りの負担は軽くなりますわ! みんな眠れます。それに、みーちゃんと一緒に眠れるわ」


「そうニャ!」


 確かにね!


 町や村があれば、その町を治める貴族の屋敷に泊めてもらったり、旅館に泊まったりする。

 しかし、町と町の間が離れていれば、一日で到着しない。

 その場合は、今日のように野営するのだが、夜交代で見張りをしている。

 俺、執事のセバスチャン、みーちゃんの三人で交代をしている。


 みーちゃんは、『寝ていても不審な気配があれば目を覚ます』、と言うが、王都から追っ手を警戒していたので、ちゃんと見張りを立てることにしたのだ。


 だが、この結界の魔導具があれば、見張りは立てなくても大丈夫だろう。


 マリーの言う通り、みんなグッスリ眠れそうだ。


 俺はエルフのシューさんに礼を述べる。


「シューさん、貴重な魔導具を使わせてもらってありがとう! 見張りをしなくて良いなら楽で助かるよ」


「ん! この結界の魔導具は、野営するために作った物。こういう時に使わないと意味がない」


「シューさんが作ったのですか!? へー、魔導具も作れるんだ! 凄いですね!」


「この程度の魔導具は、エルフなら誰でも作れる。エルフ以外にも販売しているから、人族でも王様や貴族、金持ち商人や高ランクの冒険者は持っている」


「それは知らなかった!」


 後で素材を分析しておこう。

 生産スキルでコピー商品を作れたら、一儲け出来そうだ。


 俺がこの世界でもパテント、発明や特許の概念があるのかなと、ボンヤリ考えているとシューさんが、そろそろと近づき小声で話してきた。


「ちょっと確認したいが、ノエルたちは毒殺される心当たりがあるの?」


「えっ!?」


「野営の時に、結界の魔導具を見せると、普通は喜んで終わり。セバスチャンさんのように、しつこく機能について確認したり、毒殺の危険性について細部まで詰めたりすることはない」


「いや、まあ、貴族は敵が多いだろう? 毒殺の危険性は常に用心しないと……」


「それにしては、念が入っていた。誰に狙われている? 毒殺される危険性があるなら知っておきたい。護衛として、それなりの対処も出来る」


「それなりの対処か……」


 俺は迷った。

 事情を正直に話すべきかどうか……。

 シューさんとは、今日会ったばかりだ。

 人当たりが良い人物なので、まあ、信用しても平気かなとは思うが……。


 俺が迷っていると、シューさんは背中に背負っている布袋から何かの草を取りだした。


「これは毒消し草。調合すると毒消し薬になる。大抵の毒なら解毒できる。危険性を知っていれば、私も準備が出来る」


「働きたくないと言っていたけど、働くんだ?」


 俺はちょっと茶化すように軽く笑いながら話したが、シューさんはニコリともせずに、淡々と返事をした。


「働きたくないのは本当。でも、現実に危機が迫っているなら対処しないと。そこは手を抜かない。働きたくないけど、やるべきことはやる。仕事として請け負った以上、依頼主の安全は確保する。だから、ちゃんと情報を提示して欲しい。あなたたちの敵は誰? 何を警戒している?」


「わかった。話すよ」


 さすが長生きのエルフだ。

 俺みたいな小僧では、ガン詰めされたら逆らえない。


 俺は父上の死から王都で起ったことをシューさんに話した。



「なるほど。ノエルたちの事情は理解した。毒殺の危険もある。毒消し草を調合する」


「食事の後でもかまわないけど?」


「その食事に毒が入っていたらどうする? どこかの町で買った肉や野菜に、毒が混ぜられているかもしれない。食事の前に毒消し草を調合する必要がある」


 俺は自分の認識の甘さ、危機感のなさを指摘されたようで、ガツンと頭を殴られたような気がした。

 自分の迂闊さに深く息を吐く。


「はー……。シューさんの言う通りだ。俺が間違っていた。毒消し草の調合をお願いします」


「銀の器は?」


「えっ? ないけど?」


 俺は何かやらかしたらしい。

 シューさんが、眉間に深くシワを刻む。


「銀の器は、毒に反応する。猛毒のヒ素を使った暗殺を防げる。料理にヒ素が入っていると、銀の器はヒ素に反応して黒ずむ。すぐに毒だとわかる。王家や貴族家では、毒殺対策で銀の器や銀のナイフを使うことが多い」


「あー……」


 そういえば、子供の頃は使っていた記憶がある。

 だが、お金がなくて売り飛ばしたのだろう。

 もっぱら木の器だった。


「俺はあまり銀の食器は好きじゃなくて……、何か寒々しい印象だから……」


「なら、銀の小皿を使って毒味をさせろ! 貴族家の当主が、そんなことでは困る! 私が銀の小皿を持っているからセバスチャンに貸し出す!」


「お願いします!」


 シューさんに叱られてしまった。

 だが、ありがたいことだ。


 銀の食器を使うのが毒殺対策なんて知らなかった。


 どうやら俺は貴族として必要な知識が欠落している。

 執事のセバスチャンに埋めてもらわなければ……。

 いや、セバスチャンは、あくまで執事の立場でしかわからない。


 実務は良いだろうが、細かい所や貴族としての心構えまでは、教えられないだろう。

 新領地に到着したら、引退した老貴族であるとか、貴族の未亡人とかを教師として雇う必要があるな……。


「あっ!」


「触るな!」


 執事のセバスチャンとエルフのシューさんの驚いた声が聞こえた。

 二人とも顔が緊迫している。


 俺はみーちゃんに頼んで、妹のマリーを馬車のキャビンに避難させた。


 執事のセバスチャンとエルフのシューさんのところに駆け寄る。


「どうした?」


「ノエル様! これを! 夕食の食材をチェックしていたのですが、肉から反応が!」


 執事のセバスチャンが、銀の食器を差し出した。

 銀の食器の上には、肉片が乗っていた。

 そして、銀の食器は黒ずんでいる。


「これは……。前の村で買った肉か?」


「左様でございます。肉が安かったので買ったのですが、まさか……」


 執事のセバスチャンの顔には、痛恨の二文字が浮かんでいた。

 俺はシューさんに確認をする。


「肉が傷んでいるだけということは?」


「ない。今、毒の種類を特定する」


 シューさんは、背中に背負っている袋から次々と道具を取り出した。

 ガラス製のビーカーや何かの薬品の瓶。

 そして革の手袋をはめ、口元を布で覆うと透明な液体をビーカーに入れ、続けて銀の食器にのっている肉片をビーカーに投入した。


 シューさんが、ビーカーをクルクルと軽く回すと透明な液体の色が変わった。

 濃い赤色だ。


 シューさんが、淡々と毒の種類を告げる。


「ポイズントードの毒。ヒ素に近い毒で、口にすれば死に至る」


 俺はゾッとした。

 執事のセバスチャンが、この肉を買った店は覚えている。

 小さな村の肉屋で、太った普通のおばちゃんが肉を売っていた。


「この肉を売っていたのは、普通のおばちゃんだぞ……。あのおばちゃんが殺し屋だったのか?」


「どうでしょう……。私には普通の肉屋の女房に見えましたが……。それとも、肉を運んでいる間に隙が出来て、毒を塗られたとか?」


「その可能性もあるな……」


 俺とセバスチャンは、どこで毒が混入されたのか考え出したが、シューさんがパンと手を叩いた。


「犯人を捜しは後。他の食材、水、酒、全てを確認する。確認が終るまで、口にしないで! いいね?」


 シューさんが、強い口調で俺たちに念を押した。


 結局、毒が入っていたのは、立ち寄った村で買った肉だけだった。

 俺、執事のセバスチャン、みーちゃんは、追っ手が近くにいること。

 それも毒を使うことに警戒を強めた。


 南部に入って安心していたが、どうやら国王と宰相の手は思ったより長かったようだ。

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