第二章 新領地への旅

第14話 エルフの魔法使いシュー

 俺たちの乗る馬車は、アリアナ街道を南へ向けて進んだ。

 アリアナ街道はルナール王国の中央部と南部を結ぶ大きな街道だ。

 のどかな田園地帯を南北に貫く街道で、天気は良く南部特有の濃い青色の空と白い雲、そして畑に溢れる緑、美しいコントラストが目を楽しませてくれる。


 馬車の中では、妹のマリーがウトウト眠っている。

 俺は馬車の室内から天井を開けて、馬車のルーフに上った。

 馬車のルーフで見張りをしているみーちゃんに話しかける。


「みーちゃん、どう?」


「異常なしニャ。怪しい動きをしている人はいないニャ」


 アリアナ街道は道幅が広く、行商人や旅行者が多い。

 荷馬車とすれ違ったり、ゆっくり歩く地元民を追い抜いたりしながら、俺たちの馬車は進んでいる。


 国王と宰相からの追っ手を警戒しているが、今のところ異常なしだ。


「今は、どの辺ニャ?」


 俺は胸元から地図を取り出して、馬車のルーフに広げた。

 この地図はソレイユ宮殿で下級文官から投げ渡された物だ。


『あなたの新領地は、この地図に書いてあります。陛下のご寛容に感謝なさることですな!』


 ぞんざいな扱いだったが、地図はちゃんとしているので助かっている。


 俺は王都から現在地まで、地図を指でたどって見せた。


「現在地は……、ここだ。南部に入ったところだね。ここまでくれば大規模な襲撃はないと思う」


 俺はみーちゃんに、ルナール王国の政治状況を説明する。


 南部は在地貴族の領地が多く、それぞれの貴族の力が非常に強い。

 独立色が強い地域なのだ。


 国王といえども、大軍を送り込むような真似は出来ない。

 そんなことをすれば、南部の貴族連合軍と国王軍が戦うことになるだろう。


「なら、一安心ニャ」


「そうだね。多少気を緩めても大丈夫だよ。何かあれば、近くの貴族に保護を求めて駆け込めば守ってもらえる」


「それは良かったニャ」


 みーちゃんが、穏やかな表情で視線を前に戻した。


「ニャ? 前方で手を上げている女性がいるニャ」


 目が利くみーちゃんには見えても、俺の目からは見えない。

 畑の中を幅の広い街道がウネウネと蛇行しているだけで、人影は見えない。

 まだ、かなり遠くなのだろう。


「手を上げているのか?」


「そうニャ。多分、馬車に乗せて欲しいのニャ」


「ヒッチハイクか」


「胸の大きなエルフさんニャ」


「乗せよう!」


 みーちゃんがゴミを見るような目を俺に向けたが無視である。

 人の目を気にしてはいけない。

 借金や国王から解き放たれた俺は自由なのだ。


 素晴らしきかな、フリーダム!


 大きな胸が馬車の振動で揺れるのを拝みたい。

 拝み倒したい。


 十三歳で思春期が始まった俺は、そんな風に思うのです。


「セバスチャン! 街道の先で馬車に乗りたい女性がいるそうだ。止まってくれ」


「かしこまりました」


 御者席の執事セバスチャンが、穏やかな声を出す。

 南部に入ったことでセバスチャンも気持ちを緩めたようだ。


 しばらく馬車を進めると、道ばたにローブを羽織った女性がいた。

 耳が横に細長い。

 エルフ族の特長だ。


 エルフの女性は、さらりとした金髪をツインテールにまとめ、眠たそうな目をしていた。

 畑と街道を区切る石垣の上に座り、右手に杖を持っている。

 杖の先は人の手の形をしている。


「ニャ!? 手じゃなくて、杖だったニャ!」


 杖の先は、みーちゃんが見間違えるほど精巧な手の形をしていた。

 執事のセバスチャンが、馬型のストーンゴーレムに命令して馬車を停止させる。


 エルフの女性が、執事のセバスチャンに座ったまま話しかけた。


「空腹と疲れで動けない。馬車に乗せて欲しい」


「この馬車は南へ向かいますが?」


「私も南」


「ノエル様?」


「かまわないよ」


「ありがとう」


 俺はルーフから下のキャビンに移動して、馬車の扉を開けた。

 エルフの女性がノソノソとキャビンに入ってくる。

 心配なのか、みーちゃんもルーフからキャビンに下りてきた。


 みーちゃんは妹のマリーの横に座り、俺とエルフのお姉さんが並んで座った。

 馬車が動き出すとエルフのお姉さんは、おもむろに自分の胸元に手を突っ込んだ。

 エルフのお姉さんの豊かな胸がグニャリと歪む。


「ふー、よいしょっ!」


 何と言うことでしょう!

 エルフのお姉さんは、胸元からタオルを取り出しました。

 タオルを取り出した後の胸は、まな板……。


 俺は稲妻に打たれた子鹿のように、震えて動けなくなった。

 母様! 事件です!


「ニャー。胸元にタオルを詰めていたニャ」


「胸が大きいと止まってくれる馬車は多い。巨乳に引きつけられるのは男の性」


「詐欺ニャ。実物はまな板ニャ!」


「これも旅のテクニック! エルフの秘術!」


「そんな大した物じゃないニャ」


 みーちゃんとエルフのお姉さんが、和やかに会話をしている。

 だが、俺はショックから立ち直れないでいる。


「私はエルフのシュー。乗せてくれてありがとう」


「ねこねこ騎士のみーちゃんニャ。シューの隣に座っているのが、ノエル。この馬車の持ち主ニャ。みーちゃんの隣がノエルの妹のマリーニャ。御者席にいるのは執事のセバスチャンさんニャ」


「ノエル。よろしく。貴殿の親切に感謝を」


「いえいえ。どういたしまして」


 なんとかリブートした俺は、エルフのシューさんと言葉を交した。

 しかし、胸にタオルを突っ込んで巨乳に見せかけて馬車を停めるとは、したたかというか、ズルイというか。

 一癖ありそうな人物だ。


 エルフのシューさんとみーちゃん、そしていつの間にか目を覚ました妹のマリーがおしゃべりを始めた。

 シューさんは長寿のエルフで、退屈しのぎに諸国漫遊の旅をしているらしい。

 長寿過ぎて自分が何歳かも忘れてしまったそうだ。


 王都でエルフを見かけたことがあるが、男女とも若々しく美しい。

 シューさんも美人で、ぱっと見で二十歳くらいに見える。


 気の向くままに旅をしていたら、先ほどの場所で歩くのが面倒になって、乗せてくれる馬車を三日も待っていたそうだ。

 何ともノンビリした話で、長寿だけに時間軸が俺たち人族とは違うなと変な感心をしてしまった。


「そういえば、その杖は変わっているニャ」


「これは馬車を停めるための魔導具」


 シューさんが、杖をいじると杖の先が人の手から普通の木に戻った。

 どういう原理なのだろう????


「そんなことのためだけの魔導具なのニャ。無駄な魔導具なのニャ」


「こんな使い方も出来る。コチョコチョコチョ」


「きゃあ! くすぐったい!」


 シューさんは、無駄な魔導具の杖の先を手に変化させて、妹のマリーをくすぐりだした。

 マリーも喜んでいる。


 子供が好きなのかな?

 マリーは馬車の旅に退屈していたので、かまってもらえて嬉しそうだ。

 正直、助かる。


 ぐー!


 シューさんのお腹が盛大に鳴った。


「お腹が空いた。もう、三日何も食べてない」


 ダメだろう。それは……。

 俺は立ち上がると天井近くの荷物入れから携帯食料を取り出した。


「携帯食料しかないですが、召し上がりますか?」


「助かる! ありがとう!」


 携帯食料は、この世界ではよく食べられる物で、どこでも売っている。

 小麦粉を練って四角く固めた物で、ボソボソした厚みのあるビスケットだ。


 シューさんは、俺から携帯食料を受け取ると早速食べ始めた。

 携帯食料を一口頬張ると、シューさんの目が大きく見開かれた。


「えっ!? 美味しい!?」


「その携帯食料は、お兄様が作ったのです!」


 妹のマリーがエヘンと胸をはる。

 そう、俺が作った。

 生産スキルで。


「ノエル殿は、凄い!」


 シューさんが、尊敬の眼差しを俺に送る。

 美人に見つめられると、何だかドキドキする。

 例え、まな板でも良いんじゃないかと思える。


「もう、お一ついかがですか?」


「ぜひ! いただきます! これ材料は普通の携帯食料と同じ?」


「チーズが入ってます。あと、砂糖も少々」


「ええ! 贅沢な携帯食料!」


 材料は小麦粉、水、砂糖少々、そしてチーズだ。

 チーズが入ることで、しっとりとした食感になり、味がチーズケーキっぽくなる。

 前世日本のコンビニで食べた『チーズケーキバー』をイメージしたのだ。


 みんなに好評で、執事のセバスチャンも御者で疲れた時に、チョコッと食べられて嬉しいと言っている。


 お店で売っている携帯食料はボソボソして塩味で不味いんだよ。

 お金は手に入ったし、食糧事情は向上させないとね!


 シューさんは、チーズケーキバー風の携帯食料を五つも平らげて満足したようだ。

 満面の笑顔で俺に話しかけてきた。


「ノエル殿は、名のある貴族とお見受けした。私を護衛として雇ってくれ」


「えっ!?」


 いきなりの売り込みにビックリした。


「俺が貴族だと話しましたか?」


「御者台のセバスチャン殿は執事だというし、馬車も非常に高性能な馬車で乗り心地が良い。ノエル殿とマリー殿が着ている服も上等。そちらのみーちゃんは、護衛の騎士とお見受けする。これが貴族でなくて何だと言うのか?」


「あっ! まあ、そうですよね」


 服は俺がスキルで生成したのだ。

 デザインはシンプルだが、材料になる布地は良い物を立ち寄った街の商店で調達したので、着心地は非常に良い。


「護衛ですか……」


「私は魔法を得意としている。特に風魔法の大家。みーちゃん殿は騎士だろう? なら前衛だ。後衛の魔法使いが必要だと思うが? いかがかな?」


「なるほど……」


 確かに、シューさんの言う通りだ。

 俺、妹のマリーは、戦闘力がない。

 執事のセバスチャンは自衛の心得はあるそうだが、あくまで執事の嗜み程度だと言っていた。


 現状、俺たちの中でまともな戦闘力があるのは、みーちゃんだけだ。

 遠距離攻撃が出来る魔法使いは欲しい。

 馬車の上から遠距離攻撃が出来れば、追っ手が来ても逃げやすい。


 俺はシューさんに提案をしてみた。


「それではお試しで雇ってみて良いでしょうか? とりあえず一月。お給料は働きぶりを見て決めるということでどうでしょう?」


「了解した。ノエル殿。よろしく!」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 シューさんが手を差し出したので、俺はシューさんの手を握った。

 魔法使いが加わったのは、非常に心強い。

 それにシューさんは、何だか仕事が出来そうな雰囲気だ。


 早速、みーちゃんが、シューさんを護衛仕事に誘った。


「それじゃあ、ルーフに上がって見張りをするニャ」


「やっ! 見張りはみーちゃん殿に任せる」


「いや、任せるって何ニャ!?」


 あれ?

 どうしたのだろう?

 シューさんが、見張りをやらないと言い出した。

 みーちゃんも困惑している。


「見張りはみーちゃん殿の仕事。私は敵が現れたら魔法で殲滅する」


「敵が来たらみーちゃんも戦うニャ!」


「私がいる限り必要ない」


「そんなこと言ってないで、見張りをするニャ! 護衛の仕事ニャ!」


「働きたくない」


 シューさんは、眉毛をへの字にして、心底嫌そうに返事をした。

 そんなに働くのが嫌なのか……。

 ひょっとしてこの人は『ダメなエルフ』では?


 俺はヤバイ奴を雇ってしまったかもしれない……。

 母様! 事件です!



 ◆―― 作者より ――◆


 エルフのシューさんの命名由来は、エジプト神話の風の神『シュー』とシュークリームの『シュー』です。

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