第4話
体内に取り込んで、否、その前から薄々感じていて、今ようやく確信を得た。 この魔法少女は偽物だと。 これは、魔力で創られた人形だ。
その証拠に彼女の身体はキラキラと輝く塵となって空中に舞っていった。
「──そこを動くな!」
怒声に近いそんな言葉が聞こえ、僕は周囲を見渡す。
僕を取り囲む人間達。 恐らく魔法対策特別派遣者の人間だ。
どうして分かったのか、それは彼らの手に握られている武器が特殊な物だからだ。
情報のアップデートが役立っているようだ。
その武器を持っている者が三人、残り四人は刀や拳銃と貧相ななりである。
「悪いけど、僕はこの後用事があるんだ。 いい加減無駄な時間は使いたくない」
優先順位はもう変わった。 次の行動は兄弟達を探す事。
スーツの男が一歩前に出る。
年齢は二十後半、黒髪短髪、がっしりとした体格、風貌からでもこの中で一番強いと分かる。
「お前は怪人だな。 どこの所属だ。 この区画の案件は我々善一社が請け負っている。 お前の行為は規則違反に当たるぞ」
「そうか。 ならいなくなるよ」
そう言って動こうとすると、彼らは武器を構え直した。
いなくなって欲しいのか、そうじゃないのか分からないな。 とりあえず今は二牟礼憂奏が向かっていた場所に行きたいのだが。
「ナンバーカードを見せろ。 我々含め怪人には所属と番号が書いてある身分証が支給されているはずだ」
「悪いがそんな物は持ってない。 お前達の言葉を借りるなら僕は無所属だ」
男の眉根にしわが寄る。
「無所属? 何を馬鹿な事を! 今の時代、管理されていない怪人がいるものか! 嘘をつくならもう少しマシな嘘を吐け」
創造者に管理されるならまだしも、人間に管理されるなんて一体皆は何を考えているんだ?
「持ってないを物を提示しろと言われて、困っているのは僕の方だ。 素直にいなくなるから勘弁してくれないか?」
「ダメだ。 お前にはまだ聞きたいことがある。 ここら一帯の戦闘跡。 黒の魔法少女は何処に行った?」
なるほど、あの魔法少女を探していたのか。 それだったら悪い事をした。 彼らの仕事を取ってしまった。
「食べたよ。 でも、あの魔法少女は偽物だったけど」
男の眉根のしわが一層深くなる。
「食べただと? 先ほどから我々を馬鹿にしているのか? 正直に話さないようならこちらも実力行使をさせてもらうぞ」
話が通じない相手だ。 恐らく、僕がライバル企業の怪人だと思い込んでいるな。 それで、自分たちの仕事を横取りされたと勘違いしているのだろう。
人間の利益云々に関わっている暇はない。
「目には目を歯には歯を、怪人には怪人を。 マチ子!! 仕事だ! この怪人を捕らえろ!」
マチ子だと……!?
「──あたいに命令するな!!」
どこからともなく飛んできたのは三メートルを優に超える身長と怪人屈指の筋肉を誇るおかっぱ頭の少女。
隆起した筋肉は鋼の如き硬さを誇り、その握力は一トンにまで昇る。 剛腕から放たれる一撃はモーセも驚くほどに海を割る。 真四角の大胸筋が彼女のトレードマークだ。
第一形態の状態で数千の怪人の中でも五本の指に入る強さ、ここでまさか会えるなんて。
眼前に着地し、仁王立ちでマチ子は僕を見下ろす。
「マチ子殺さなくていい。 戦闘不能にしろ」
男の言葉にマチ子は舌打ちをする。
「下等生物が命令しやがって──あたいの相手はお前か? 本来なら仲間同士だが、こっちも仕事なんでね……うらま……ない」
僕を睨むマチ子の視線が徐々に小動物のようなつぶらな瞳へと変わって行く。 ピンポン玉なら容易に入る鼻から吹き出る息が乱れ始めた。
「マチ子。 ようやく会えたね」
僕は優しくそう言った。
膝から崩れるマチ子。 その衝撃で地面が揺れ放射線状に割れる。
大粒の涙を滝の様に流しながら、マチ子は両腕を大きく広げた。
「ぼぉぉでぃちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
絞め殺すのような抱擁、がっちりと掴まれた体は一切の動作を禁止された。
「「えぇぇぇぇ!!」」
人間達が驚きに満ちた表情をしている。
僕はそれどころではない。 肺が潰され息も出来ない、筋繊維の悲鳴が聞こえる、が感動の再会だ、我慢……が、ぁぁがまん……あぁぁし、死ぬかもしれない、しぬ。
「うぉぉおおおんおんおんおんうぉぉぉんおん!!」
まぢご~。 あ──父が手を振っている。
「ま、まぢぃご……はだ、はだして、死ぬぅ」
「──ご、ごめんなさい!」
地面に突っ伏して、一年分の酸素を取り込む勢いで肺を膨らませる。
見えてはいけない者が見えた気がする。 危なかった。
「どういう事だマチ子!!」
男だけでなく取り囲んでいた人間全員が驚いている。
「だまれぇ!! 下等生物がぁ! 金玉潰すぞ!?」
マチ子は巨大な拳を作り、男を睨みつける。 それを見た男は青ざめた表情で股間を押さえた。
息を整えてから僕は起き上がり、マチ子の岩石のような手をそっと握る。
「ダメだよマチ子。 女の子がそんな言葉を使っちゃ」
すると、マチ子はドスの利いた声とは打って変わって子猫の鳴き声のような可愛らしい声で、
「ごめんなさいお兄ちゃん! マチ子もう言わない。 だから怒らないで!」
と言った。
「怒ってないよマチ子。 そんな事では怒らない」
怪人には№が振り分けられている。 それは人間が定めた番号ではなく、その怪人を創った本人が刻む番号だ。 №一~百までの怪人は父が監修し、魔法少女との全盛期に製造された。 その性能は折り紙付き、地獄の百物語と謳われていた。 それ以降の怪人は組織内の科学者達が製造した。
マチ子の手の甲に刻まれた№〇七五、同じ研究室で製造された言わば僕の妹に当たる存在。 直接の接触はない、しかしガラス越しだったが、僕は知っている、マチ子が話しかけてくれていた事を。 兄として慕ってくれていた事を。
「お兄ちゃんマチ子ずっと探してたんだよ? ドクターが消えてからお兄ちゃんも一緒にいなくなっちゃって」
ポロポロと再び涙を流すマチ子。 水風船と同等の大きさの水滴が地面に跳ね、水溜りを形成していた。 僕は背伸びをして優しくマチ子の──どんな撫で方をしても元に戻る不動のおかっぱを撫で、寂しい思いをさせたねと慰める。
「もうマチ子を一人ぼっちにしない?」
「ああ。 これからはずっと一緒だ」
無邪気な笑顔でマチ子は僕を持ち上げた。
「お兄ちゃん大好き!!」
「マチ子、僕もだよ」
マチ子は僕を肩に乗せ、立ち上がる。
事の成り行きを見ていたのか、はたまたマチ子に言われて律儀に黙っていたのか、人間達が我に返ったように武器を構える。
「マチ子! どういうつもりだ? 我々を裏切るのか?」
焼肉屋に出てくる韓国のりのようなマチ子の眉毛がV字に変わる。
「いつあたいが人間側に付いたって? 寝言にしてはつまらない。 お兄ちゃんが見つかった今、あたいの全てはお兄ちゃんの物なんだよぉ!!」
「何を訳の分からない事をふざけるな! 俺との契約を忘れたのか! あの時の言葉は嘘だったのか!?」
男は何故か涙を浮かべ、マチ子を見つめた。
「ふん! いつまでもあたいに付き纏うんじゃないよ! あたいの心は初めからお兄ちゃん一筋。
「そうかマチ子……。 お前がそう言うなら、俺は……俺の責務を全うする!!」
そう言って男は魔掃機を構えた。
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