第3話
「どうして! どうして私の魔法が効かないのよ!!」
ツインテールの少女は自らが創り出した烏を弾丸の如く飛ばし続ける。 その威力は人間を豆腐の様に砕き、地形を容易に変化させる。
現に、ここら一帯はすでに瓦礫の山だ。
烏が着弾した際に僅かながら爆散し、その衝撃波が周囲の物体を粉砕しているのだろう。
決壊した家から突き出る手足、頭部が欠損した死体が道のど真ん中に転がってるありさまだ。
凄惨な光景に僕を拾い上げた警察官は壊れたラジカセみたいに同じ言葉を何度も反芻し、現実から目を背けているようだ。 無理もない、人間は実に非力な生物だから。
「今はお前と戦ってる時間はない。 見逃してやるから引いてほしい」
空に浮かぶ彼女は僕の言葉に耳を傾けるどころか、顎を上げ、更に見下ろして中指を立てる。
「ガキが調子に乗るな!! 私に掛かればあんたなんか一瞬で殺せるんだから!」
彼女の両手に烏達が凝縮していく、粘土のように混ざり合い、地面に落ちる。
彼女の手から離れた二体のそれは、うねうねと形を変態させ、鳥の脚を持った人型へと変化した。 真っ黒な鳥人間、上半身は鍛え上げられた成人男性の肉体だが、下半身は脚の付け根からつま先に掛けて鳥の脚と化している。
「
彼女の号令と共にカ丸はこちらに向かって駆け出した。
地面が抉れる程の脚力が放つその速さは人間の目では捉える事は出来ないだろう。 故に魔法少女に対抗しようとする人間はことごとく死んでいくのだ。
僕の間合いに入ってきたカ丸はその勢いを殺すことなく、美しいまでのハイキックを左右から同時に繰り出した。
眼前に迫りくる二本の脚はもはや砲撃と言っても過言ではない。
僕は数センチのところで身体を仰け反り、砲撃を躱す。
空を切ったそれは衝撃波を発生させ、後方の瓦礫を更地へと変化させた。
カ丸の攻撃がそれで収まることは当然なく、勢いのまま回転したカ丸は、繰り出した脚を地面に着き、軸脚にしてもう一方の脚を槍のように突き出した。
──間に合わないか。
一からニへ移るその速さは猛禽類が獲物を逃さんとする執念の具現化のようだ。
僕は両腕で防御を固め、カ丸の槍を受ける。
脳まで響く重い攻撃、その威力に後方へぶっ飛んだ。
攻撃を受けてすぐに違和感を感じた。 表現は難しいが、濾過された水の様に魔法が薄い。 これが、魔法少女が使う魔法なのか、それとも時代と共に変化して行っているのか。
魔法少女から離れて行くのに対して、カ丸達との距離は変わらない。
カ丸は飛んで行く僕に張り付くように追従している。
──いない?
僕の視界から一体が消えていた。 しかし、それに気づいたからと言って現状で対処出来ることがない。 何故ならこちらに戦う意思がないからだ。
地面に
カ丸に表情はない。 漆黒でどこまでも落ちる奈落を連想させる顔は正しくのっぺらぼう。 その為、視線や筋肉の動きで次の行動を読むことが出来ない。
結果的に、防御は常に後手に回る。 後だしの防御程弱い物は無い。 インパクトの瞬間、咄嗟に掌を重ね、防御したが掌ごと腹部にめり込んだ。
──魔法少女との初戦闘。 学ぶ事が多い。 常に頭を回し、命を先に削った方が勝つ、一瞬の油断さえ許されない殺し合い。 甘えなど邪道、慈悲など不要、一挙手一投足に全神経を注ぎ、己の能力、才能、努力全てを相手の為に尽くすのか。 実に面白い。
なんだこの高揚感。 この多幸感は? どうしようもなく、楽しいと思えてしまうのは何故なんだろうか?
僕の遥か上空から落下してくる消えていたもう一体のカ丸。 右脚を振り上げ、落下のスピードに乗せた踵落としが僕の背中に落雷の如く振り落とされる。
──僕は覚悟が足りなかった。 彼女の様に命を奪う覚悟がなかった。 優先順位を履き違えるな。 今、ここで僕がとるべき行動は決まっている。
地面に落ちる中、中空で僕を待っていたのは魔法少女だった。 杖を構え、眼前に暗黒のエネルギーを凝縮し、その形は徐々に巨大な烏へと変貌していた。
どこまでも楽しそうに無邪気な笑顔で彼女は叫んだ。
「
放たれた烏は音を置き去りにして、僕を突き刺し、極大の爆発を起こした。
「あはははははははははは!! 怪人ごときが私に勝てるわけねぇんだよ!!」
辺り一帯を全て吹き飛ばし、その場には塵一つとして残っていない。
──僕が今取るべき行動は……彼女を殺すことだ。
地面に落ちた僕はゆっくりと立ち上がる。
「これが戦闘。 これが殺し合い……ずるいな、みんな」
記憶の中にしか存在しなかった情報が、こんなにも自分を高ぶらせている事実に僕は自然と笑ってしまった。 それと同時に僕は兄弟達に嫉妬した。
「クソ! なんで今のを食らってもまだ立てるんだよ!」
「ありがとう。 僕はようやく最終兵器としての自覚が芽生えたよ」
感謝、僕の心にあるのは彼女への感謝だ。 初めての相手になってくれてありがとうと。 憎悪や殺意といった感情から最も離れた正の感情で僕は彼女に接したい。
故に感謝なのだ。 最終兵器としての役目、役割、その意味。
美しい彼女の顔が破顔し、怒りを全身で表す様に声を荒げた。
「最終兵器ぃ!? 何意味わかんない言ってんだよ! あんたが何したか知んないけど、形勢が逆転したわけじゃない! 勘違いしてんじゃねぇぞ!」
行け! カ丸! と彼女が命令すると、再び二体のカ丸が僕へと駆け出した。
前後から連携のとれたハイキック。
僕はその攻撃を両手で受け止め、一体は投げ飛ばし、もう一体は引き寄せて腹部に膝蹴りをめり込ませた。
「キィィィィィ!!」
口元の皮膚が上下に裂け、カ丸は断末魔に似た呻き声を未完成の口から漏らした。
そのまま尻尾を心臓へと突き刺し、消滅させた。
「クソ! どうなってんの!?」
彼女は無我夢中で烏を創り出し、マシンガンの様に僕へと撃ち始めた。
研ぎ澄まされた、いや、自覚した感覚がどこに避ければいいか教えてくれる。 父が残した全てが僕の中で開花し始めているのが分かる。
「なんで当たらないの!! なんで!!」
投げ飛ばしたもう一体のカ丸が着地と同時に僕へと駆け出す。
こちらも、同時に駆け出す。
カ丸の右脚と僕の右脚が中空でぶつかり合い、爆発的な衝撃波を発生させた。
目にも留まらぬ連撃を繰り出すカ丸。 しかし、その攻撃の行く先、どう弾き、受け流し、反撃すればいいのか手に取る様に理解できる。 カ丸の動きを学習した僕は今、全てを凌駕出来る。
「キィィィィィ!!」
「カ丸何やってるの! 速くそいつを殺しなさい!」
一撃、二撃とカ丸の攻撃が防御へと変わり、僕の防御が攻撃へと転換していく。
そして、全ての防御が攻撃に変わった時、僕はカ丸の心臓を貫いた。
弾けるように霧散し、星屑として消えて行く。
「クソクソクソクソクソ!! お前は一体なんなんだよ!」
「最終兵器は最後の手。 今までの全て無かったことにする終着点でなければならない」
僕はゆっくりと彼女へ歩みを進める。
「意味分かんねぇよ!! ──
杖の先端から放たれた弓矢のような烏が僕の脳天を正確に狙う。
「──ッ! どうして、魔法が効かない……」
直撃した魔法は僕を貫く事なく消えて行く。
「お前らが零から一生み出すのなら、僕はその逆を行こう」
「黒鳥一閃!黒鳥一閃!黒鳥一閃!」
何度も何度も放たれる漆黒の矢。
それらは全て僕の身体に当たっては消えて行く。
「一閃、一閃、いっせ……」
眼前に到着すると腰が抜けたのか、彼女はその場に座り込んだ。
「全てを無かったことに、無へと還そう」
初めて彼女がその見た目にふさわしい少女の涙を浮かべた。 バケモノでも見ているようなその瞳は余裕の色を無くし、悲愴感へと彩られて行く。
「や、やめて……」
僕は彼女の肩に両手を優しく添えて、頭部を噛み千切った。
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