4話目
「金メダル、おめでとうございます!まずは、折田勇仁選!」
報道陣に囲まれてのインタビューが始まった。
「ありがとうございます。本当にいいパートナーに恵まれて、俺は幸せです。応援して下さった皆さんにも本当に感謝しています」
「前回のオリンピックで銀メダルを獲った時に言っていましたよね?ダブルスを組みたい選手がいる、と。次回は二人で金メダルを獲りたいと。それが今回ダブルスを組んだ金沢涼選手ですね」
「はい。涼が小学生の頃から、こいつしかいないって思ってました。涼と二人でオリンピックに出ることだけを夢見て、今まで頑張ってきたので。俺はこいつのプレーにベタ惚れで、もう誰にも渡したくありません」
そう言って、勇仁が俺の肩を抱く。
うわあっ。そんな事言って、こんなことして!
勇仁が変な事言ったり、したりするんじゃないかと、内心ハラハラしながらインタビューを受ける。
「金沢選手は?」
「そ、そうですね。小学校の頃から勇仁に、オリンピックに一緒に出ようってずっと言われてたので、今まで辛いこともあったけど、頑張ってこれたんだと思います」
「ファイナルに入る前に、何か話してましたが、何を話されていたんですか?」
質問にドキリとする。
「昔からやってる、二人だけの声掛けです。内容は内緒です」
勇仁が、ひょうひょうと言ってのける。
「あのあと、一気に調子が上がりましたよね。昔から一緒に練習をしていたからこその、掛け合いがあるんですね」
勇仁がグッと俺の肩を自分へと引き寄せると「はい。俺たちの絆は固いです」と言って、俺の頬にキスをした。世界中に放映されている、公衆の面前で!
「唇にキスしなかっただけ、ありがたいと思えよ。みんな歓喜の表現だと思ってるから大丈夫だって」
勇仁が、楽しそうに笑う。
「俺は勇仁と違って、楽観的じゃないんだからな!」
オリンピック代表に決まった時も、ただでさえ、絶好の美男美女コンビって、おもしろおかしく、バラエティーなどで「二人はできてるんじゃないか」って聞いて来る人もいて、俺は誤魔化すのに必死だったのに。
勇仁とテレビに出る時は、さっきのインタビューみたいに、思いっきり俺に対しての本音を言う時が多く、気が気じゃなかった。
「お前は俺のものなんだって、主張したい」
「しなくていいよ」
「小六の時の、涼の初体験の相手は俺だって、全国民に言ってやりたい」
俺は慌てて勇仁の口を両手でふさいだ。
「バッ…バカ!そういう恥ずかしい事言うなよ!最近、勇仁、試合中でも意地悪ばっかり言うし、するし!」
その両手を外しながら、勇仁が続ける。
「意地悪じゃなくて、本心を言ってるだけだろ?真っ赤になって、照れながら必死になる涼がかわいすぎるから、仕方ない」
「あんまり俺とのこと、テレビで言うなよ」
「だって、お前、最近めちゃくちゃ人気あるから。つい、俺のものだって言いたくなる」
「だから、言わなくていいって。俺が勇仁のものだってこと、俺だけが分かってればいいことだろ」
それに、そういう勇仁こそ、俺とは比べものにならないくらい人気があるくせに…。いろんな女性から連絡先を渡されたりしているのを何度も目にしたことがある。そんな勇仁が、俺の彼氏なんて、鼻も高いけどやっぱり妬ける。
勇仁が背後から抱き付く。
「涼、田村とダブルスを解消するのが分かった日、何かあっただろ?」
突然の問い。
「え?何で?」
「しばらく、二人の様子がおかしかったから。涼とケンカになったりギクシャクするのがイヤで、オリンピックが終わるまで、聞くの我慢してた」
「一年半以上前の話だよね?別に何も…」
「本当に?」
「うん。本当に何もないよ」
本当に何もなかったと、俺は思っていたのだが…。
「好きだ、って言われたんだろ?」
「あ、うん」
「抱き締められて、ベッドにも押し倒されて…。関係持ちたいって言われて、キスしていいか聞かれた」
「あ、そうだね」
「最後に、額にキスされたのか?」
「うん」
「お前、アホか?」
「え?」
「それを何もないって、普通は言わないぞ?」
「でもちゃんと断ったし、田村さん、俺と勇仁との関係にも気付いてたから。本当に何もなかったよ」
言うか言わないかの俺の唇を勇仁が勢いよくふさいだ。キスが首筋に下りてきた。
「ガードが緩い上に、鈍感すぎるんだよ」
Tシャツの中に、勇仁の手が滑り込む。
「ちょっと、勇仁。ここじゃマズイよ。もうすぐ移動の時間だし、誰か呼びに来るかも…」
言葉が、キスで奪われる。
「田村とのこと聞いた時の俺の気持ち、お前に分かるか?練習キツくて、ただでさえHするの我慢してたのに。今すぐお仕置きする」
ズボンの中に、勇仁の手が入って来る。
「だから、ここじゃダメだって…。ホテル帰ってからしよ…」
言って、俺は自分の口を両手で押さえた。これじゃあ、俺もしたかったみたいに聞こえる。
「まさか涼から誘ってくれるなんて思わなかったよ。分かった。ホテル帰ってからにしよう。マジで嬉しい」
「ち、違うから!」
俺は真っ赤になって、つい大声を出してしまったのだった。
「いつ聞いたの?田村さんとのこと」
久しぶりに愛し合ったあと、二人でベッドに横たわり、まどろみながら勇仁に尋ねた。
「決勝終わってすぐ」
「え?じゃあ、ついさっきってこと?」
「ずっと気になってたから。試合終わってから、速攻、田村に聞きに行った」
「田村さんも、忘れてたでしょ。そんな昔のこと」
「忘れてなかったよ。すぐに、ああ、あの時のことですか、って話始めたしな」
「そうなんだ。意外…」
「お前のこと好きだったんだから、そりゃ覚えてるだろ」
勇仁の口調が少しきつく感じた。しばらくの沈黙のあと、勇仁が体を起こして、俺を見た。
「涼、結婚しよう。俺、涼と結婚できるなら、国籍変えてもいいって、本気で思ってる」
突然のプロポーズに、俺はあまりにもビックリして、言葉を失った。
「…勇仁?どうしたの?急に」
「イヤか?」
「イヤとかじゃなくて、実際には無理だし、そんなこと」
「無理を可能にしたいんだ」
勇仁が、すごく悲し気な表情を浮かべた。らしくない勇仁の様子に「何かあったの?」と思わず尋ねた。
勇仁が黙り込んだ。しばらくして「…悪い。少し神経昂ってるのかも。ちょっと頭冷やしてくる」と言って、素早く服を着ると、部屋を出て行った。あの勇仁が、めずらしく感情的になっているような気がした。俺を抱いている時も、何だかいつもと違って、余裕がないような感じだった。そして、翌朝目覚めると、勇仁の姿はなく、勇仁の荷物もホテルの部屋から全てなくなっていた。
「どうしたんですか?こんな朝早くに」
公園のベンチに腰かける勇仁に声を掛けてきたのは、田村だった。
「お前こそ、こんな朝早くにどうした?緊張して眠れなかったのか?」
「いえ。さっき金沢から連絡があって」
「涼から…?何て?」
「折田さんが、いなくなったって。一緒に練習してるんじゃないか、って思ったみたいです。ケンカでもしたんですか?」
「いや、別に」
「じゃあ、何でこっちの宿泊先に?あっちで一緒に泊まれば良かったのに」
田村の指摘に、勇仁はしばらく黙っていたが、少し息を吸い込むと、静かに話始めた。
「涼の気持ちが分からないんだ。いつも俺ばっかりが好きで、涼の気持ちがいつまでも俺に追い付いてきていないような気がして。お前とのことも、何もなかった、って」
「実際、何もなかったんで」
「あっただろ」
勇仁が振り返り、後ろに立つ田村を見た。
「金沢にしてみたら、ただ自分に告白してきた奴を振った、ってだけで、本当に何とも思ってないんですよ。俺にとっても悲しい話ですけど」
田村が呆れたように腕を組み、勇仁と目を合わせた。
「プロポーズも断られた」
「プロポーズしたんですか?」
「した。涼を俺だけの物にしたくて」
「何か、折田さんて発想が子供なんですね。結婚して好きな人をつなぎ止めようなんて、ガキが考えることですよ」
「そんなこと、俺だって分かってる。でも、昔からの夢が叶った今、もしかしたら、涼にとって、俺なんか必要なくなるんじゃないか、って思ったら、急に不安になってきて」
「燃え尽き症候群ですか?まだまだ先があるのに…」
「俺たち、涼が小学六年の時に俺から告白して付き合うことにはなったけど、その時の涼は、まだ人を好きになるってことが、どういうことか分かってなかった。そのせいか、涼の言う好きの意味が恋愛なのか情なのか、分からなくなる時がある。だから、他の奴らに惑わされないうちに、結婚しておきたいって思った」
勇仁がそこまで言うと、田村はため息を吐いた。
「折田さん、もう少し金沢のこと信じてやったらどうですか?はっきり言わせてもらいますけど、折田さんはモテるし、人気もあるし、女性からの誘いも多い。実際に飲みにも行ってますよね。それを見てる金沢の方が、よっぽど辛いと思いますけど?でも、それを口に出さないのは、折田さんを信じてるからですよ」
そこに「一心!」と呼ぶ声がした。男子シングルス日本代表の矢嶋佑利だった。今回のオリンピック選考には漏れたが、勇仁と田村との練習の場に途中から参加していた。
「良かった。折田さん見つかったんだ」
「ああ」
「矢嶋?何で?」
「俺たち、付き合ってるんで。今朝、一緒にいる所に金沢から連絡があって。金沢、監督にも電話したみたいですよ。監督からも、さっき俺の方に折田さん知らないか、って電話あったんで。早く携帯の電源入れて下さい」
「早くしないと、選手たち全員のグループLINEに監督から連絡いくかもしれませんよ。折田さんがいなくなったって」
田村に続いて、矢嶋が言った。
「恋愛って、うまくいってる時は強みになりますけど、うまくいかない時は、弱みにもなるんで、気を付けて下さいね」
田村が勇仁を諭すかのように、優しく声をかけた。
「って言うか、いつから?」
勇仁が立ち上がる。
「何がですか?」
田村が相変わらずのポーカーフェイスで答える。
「二人が付き合ってんの」
「一年前くらいから?」
矢嶋が背の高い田村を下から覗き込んだ。しっかり腕組みをして。
「そうだな」
「そんな前から?」
「僕から告白したんです。一心に昔から憧れてて。ダブルスに転身した時に、一緒に練習する時間がほとんどなくなって。その時に自分の気持ちに気付いたって言うか…」
矢嶋の頬が少し赤い。
「とりあえず、携帯の電源入れて下さいね。俺たち、戻るんで。今日からシングルスの試合って時に、本当に人騒がせですね。しかも、オリンピックですよ?」
「…悪かった。それと、ありがとな」
田村が少し笑顔を見せて、矢嶋と二人で宿泊先へと戻って行く。
勇仁はポケットからスマホを取り出すと、すぐに電源を入れた。その途端に鳴り響く、着信履歴を知らせる音の数々。
「あいつ、どんだけ電話してんだよ」
LINEの着信と電話の着信を合わせただけでも、24件になっていた。LINEでのメッセージも何件か入っていた。そこに、LINE通話の着信音。
「…はい」
「もしもし?勇仁!?どこにいるの?どうしたの?何かあった?昨日、様子が変だったから」
涼の声が、心地良く勇仁の耳に響く。
「いや。大丈夫。何もない」
「黙っていなくなるから、めちゃくちゃ心配した。今までそんなことなかったから」
「悪かった。ちょっと一人でいろいろ考えたくて」
「荷物もなくなってたし、昔からの夢が叶ったから、俺のこと、もういらなくなったのかも、って思ったらすごく不安になって…」
電話先の、涼の声が震えていた。
「バーカ。そんな訳ないだろ」
まさか、涼も自分と同じ事を考えていたなんて…。勇仁の口元が綻んで、頬が緩む。
「昨日の夜はごめんな。結婚しようなんて、先走ったこと言って」
「ううん。俺の方こそごめん。勇仁の気持ちにうまく応えられなくて。結婚しようって言ってくれたこと、すごく嬉しかった。ただ、俺は次のオリンピックも、その次のオリンピックも、日本代表として勇仁と一緒に出たいって思ってる。だから、国籍変えるのは無理だけど、いつか同性婚が認められる日が来たら、俺も勇仁と結婚したい」
「涼…」
“もう少し、金沢のこと信じてやったらどうですか?”
田村の言葉が自然と脳裏によみがえる。
「そうだな。これからも前を向いて、二人で頑張って行こうな。ありがとう、涼」
「ううん、こっちこそ。勇仁、いつ戻ってくる?今日からのシングルスの試合の応援、行くんでしょ?」
「ああ。俺、やらなきゃいけないことあるから、シングルスの試合が終わるまで、こっちの宿泊先にいることにする」
「こっちって、シングルスの選手たちのところ?誰かの部屋に泊めてもらってるってこと?」
「まあ、そんなとこ。とりあえず、アップにも付き合いたいし、田村のことも試合始まるギリギリまで近くで見ててやりたくて」
「分かった。じゃあ、あとで会場の応援席でね」
「ああ」
そして、電話が切れた。
「よっしゃ!気合い十分!」
勇仁が思いっきり声を出して両手を上げ、大きく伸びをした。
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