2話目

なかなか会えない時間が続き、一年のほとんどを海外で過ごす勇仁と、お互いを信じ合いながら恋人の関係を続けてきた俺は、高校を卒業と同時に、勇仁と同じ実業団に入ってバドミントンを続ける決意をした。でも、そこでの現実はそんなに甘くなかった。

勇仁は日本が誇るシングルプレーヤーで、俺とダブルスを組みたいと懇願したところで、叶うはずがなかった。

俺もシングルプレーヤーとして入団はしたものの、背も低く、体の線も細く小柄なこともあり、ダブルスの練習に力が入ることが多くなった。

「よろしくお願いします。田村一心です」

ダブルスを組む相手として選ばれたのは、世界ランキング五位の選手だった。

「折田さんとの先ほどのシングルスの試合、見せてもらいました。対等に試合が出来るなんて、すごいですね。折田さんがファイナルまでいく試合、大会以外で初めて見ましたよ。金沢さん、瞬発力がある上にレシーブ力も高いし、折田さんのスマッシュをクロスで前に落とすなんて、本当になかなか出来ませんよ。息を呑むような試合でした」

溢れ出す汗をタオルで拭っているところにやってきた、新しいパートナー。さすが、良く見てる…。

「俺とだったら、オリンピックで金も狙えます。一緒に頑張りましょう」

手を差し出される。

「はい。よろしくお願いします」

俺がその手を握り返した途端、いつ来たのか、俺たちの手を引き離す勇仁。

「ちょっと!勇仁…」

「涼。少し練習に付き合え。他の奴じゃ、俺のスマッシュを返せないんだ」

勇仁が俺の手を引いて歩いて行く。

「田村さん、すみません。またあとで」

俺が言うと、田村さんが軽く頭を下げた。

「勇仁、どこ行くの?」

練習に付き合えと言っていたのに、体育館を出て行く。そこでグッと頭を引き寄せられ、突然のキス。

「んうっ…」

俺は思いっ切り勇仁を突き飛ばした。

「誰かに見られたらどうするんだよ!」

「涼が誰かに触られてるのを見るだけで、どうしようもない気持ちになる」

「単なる握手だろ?」

「さっき、他の奴が肩に手を回してた」

「勇仁との試合を褒めてくれてただけだよ」

「ダブルスを組むってことは、大会の間中、アイツと同じ部屋に泊まるってことなんだぞ?」

「そんなこと分かってるよ」

「だったら、何でシングルで推さないんだよ」

「シングルスでやったところで、勇仁に勝てる日が来るとは思えないし、監督やコーチもそれを分かってて俺をダブルスの選手として起用したことぐらい、勇仁にだって理解できることなんじゃないの?ダブルスでもオリンピックで金を獲得するには、これが一番の得策だから、って、ちゃんと説明も受けたし」

「でも、これから世界中の大会に出る度に、お前のカワイイ寝顔や、シャワー後の艶っぽい姿をアイツに見られるとか、俺は耐えられない」

「それは勇仁だけが思っていることであって、普通の人が俺の寝顔を見ようがシャワー後の姿を見ようが、何とも思わないよ。心配しすぎだよ」

「お前は自分が思っている以上にカワイイし綺麗なんだぞ?気付いてないだけで、狙ってるヤツなんていっぱいいる。ましてや、最近、テレビで特集されたりして、ファンも増えてるし」

「それでも、勇仁の人気には全く及ばないよ。俺のこと狙ってるヤツなんていないから、変な心配してないで、ちゃんと自分の練習に集中しなよ」

俺は勇仁の胸を軽く拳で小突いて、先に体育館へと戻った。しばらくして、重い足取りで勇仁が体育館へと戻って来た。


そんな勇仁に、同じチームの女子選手が声を掛ける。その瞬間、楽しそうに笑う勇仁。俺の胸が、ざわつく。俺だって、心配だよ。勇仁の周りに寄り付く女性の選手やたくさんのファン。中には俺よりも華奢で色白の、とても綺麗な顔立ちをした男の選手だっている。

「めちゃくちゃ勇仁のタイプっぽいな、あの選手…」

つい、誰にも聞こえないように、声に出して言ってしまった。

勇仁の嫉妬は嬉しい。そして、それを正直に口に出せる勇仁も羨ましい。俺だって、かなり嫉妬してる。あんなに楽しそうに俺以外の人と話さないで欲しい。あの優しい笑顔を俺だけに見せていて欲しい。いつもそう思っているのに、俺はそれを口に出すことが出来なかった。

「はぁ…」

勇仁を偉そうになだめておきながら、勇仁のことを目で追って、勇仁のことばかり気にして考えている自分がイヤになる。

「俺だって、勇仁とダブルス組みたいよ」

ポツリと呟いた。

でも、日本人で唯一シングルスで金メダルを獲得できた勇仁を監督が絶対に手放すワケがないことも分かっていた。

「あ~、モヤモヤする」

コートの横に座り込みながら、思わず口に出していた。そこに、

「金沢さん」

不意に声を掛けられ、ハッとする。

「あ、すみません」

田村さんだった。

「監督が、試合に入れって」

「分かりました」

「初試合なんで、様子見ですね。どちらが前衛、後衛に向いているとか、少しずつ模索して行きましょう」

「はい。よろしくお願いします」

俺は立ち上がり、ラケットをしっかりと手に握りしめると、コートへと入った。


「キツすぎる…」

練習が終わって寮の部屋に戻ると、俺はすぐさまベッドへと倒れ込んだ。そりゃ、世界レベルの人たちが集まるチームの練習なんだから、キツいに決まってるよな。世界大会が一段落ついて、日本に帰省してきた代表選手たちと練習するのは、俺が実業団に入団してから、今日が初めてだった。


それにしても、あの田村って選手、めちゃくちゃスゴい。世界ランキング五位って…。そんな人と組ませてもらって、本当にいいのかな。シングルスで世界ランキング五位まで登り詰めた功績を失くすことになるのに、田村さんは俺とダブルスを組むことを承諾した。よっぽどの覚悟だったに違いない。それに、俺よりも何年も前にこの実業団に入って、毎日のようにこんなハードな練習をこなしてる人たちもいるのに、なかなか試合に出させてもらえなかったり。俺も、本当に大丈夫なのかな…と不安になる。

「実力社会だからな」

いつか、勇仁が言ってたっけ。年数じゃなくて、強くて試合に勝てる人が選ばれるって…。内部戦で勝ち上がらなきゃ。シングルスからダブルスに転身してくれた田村さんに迷惑をかけるワケにはいかないから。

そこに、部屋の扉にノックの音がした。

「はい」

「涼、入っていいか?」

勇仁の声だった。あんなハードな練習のあとなのに、まだ俺の部屋に来る元気があるんだ、と感心してしまう。

「どうぞ。鍵開いてるから」

扉が開き、勇仁が入って来る。

「鍵ぐらい掛けとけよ。不用心だな。誰か襲いに来たらどうするんだ?」

扉を閉めて、鍵を掛ける。

「勇仁以外、誰も襲いに来ないよ」

枕に顔を埋めたまま、答える。

「大丈夫か?今日の練習、結構ハードだっただろ?」

「キツい。やっぱりオリンピック代表選手たちとの練習はレベルが違うね」

「夕飯までゆっくり休めよ。風呂は?」

「まだ」

「何時頃に行く?」

「分かんない。練習後にシャワーしてきたから、夕飯のあとに入るかも」

「そっか」

「何で?」

「いや、なるべく誰もいない時間に入ってほしいな、と思ってさ。お前の裸、誰にも見られたくないし。今日、田村とダブルス組むこと決まって、風呂に入ってる時にいろいろ聞いて来る奴らがいるかもしれないから」

勇仁が俺のベッドに腰かけて、頭を撫でてくれる。

「大丈夫だよ。湯船に入ってる時はそんなに見えないし、体を洗う時はタオルで隠してるから」

「でも…」

心配そうな勇仁の顔。本当に愛おしい。

「じゃあ、一緒の時間に行く?」

「いいのか?襲うかもしれないぞ」

嬉そうに目が輝く。一応、勇仁なりに俺に遠慮してくれていたんだと思うと、なおさら愛おしくなる。

「襲われるのは困るけど、一緒に入るのは全然イヤじゃないよ」

「ヤバい。そんな事言われたら、嬉しすぎてニヤける」

勇仁が片手で口元を覆う。嬉しくて仕方ないといった表情で俺を見る。頬がほころんでいた。

「疲れてるだろうから、キスだけ、していい?」

「うん…」

優しい口付け。

「涼、愛してる。今日、久しぶりに会えて、すげぇ嬉しかった」

「うん。俺も」

昨夜、日本に久しぶりに帰国してきた勇仁。またすぐに海外で行われる試合に出発してしまう。だからこそ、少しでも一緒にいる時間を大事にしたい。

深く唇が重なる。懐かしい、勇仁の甘い香り。オリンピック日本代表で全国民に知られているであろう勇仁を独り占めできるのは、恋人である俺だけの特権。俺は勇仁の手を握ったまま、夕飯の時間まで眠ってしまったのだった。


午前中は仕事をして、午後からは夜遅くまでみっちり練習に明け暮れる毎日だった。田村さんとのダブルスも、少しずつではあるけれど、息が合うようになってきていた。

「とりあえず、全国で優勝からですね」

田村さんの言葉に、俺は大きく頷いた。

田村さんの実力のおかげもあり、俺たちは順調に世界大会へ出場の切符を手に入れた。


韓国での国際大会でのことだった。勇仁はもちろんシングルスで決勝に残り、翌々日に決勝戦を控えていた。その前日から、ダブルスの試合が始まった。初めての、一般部門でのダブルスでの世界大会。マスコミにも特集されるくらい、俺たちの試合も、勇仁と同等なほど、期待を集めていた。それなのに…。


「一回戦、敗退か。想定外だったな。中学でも高校でも、世界大会で金沢は毎年シングルスで優勝してたから、期待も大きかった分、残念だったな」

「金沢のミスがあまりにも多かった。らしくない試合をしてた。さすがの田村でも、サポートしきれなかったな。試合の流れが崩れ出すと持ち直せないところは改善しないとな。まあ、初めてダブルスでの世界大会で、プレッシャーもあって緊張もしただろ。これからだな」

監督とコーチがため息交じりに、今後の指導について話合っていた。そこに

「監督、話があるんですけど」

と、勇仁が現れた。


「もう泣かなくていい」

「ごめんなさい」

「もう謝らなくていいから」

「だって、世界ランキング五位の座を捨ててまで俺とダブルス組んでくれたのに…」

「俺が決めたことだし、金沢が責任を感じることじゃない、ってさっきから何度も言ってるだろ」

「でも…」

ツインルームで、田村さんと話してる時だった。部屋にノックの音がした。

「はい」

田村さんが返事をして、ドアの所まで歩いて行く。

「あ、俺。折田だけど…」

「折田さん?」

「涼、いるか?」

「いますけど…」

田村さんが俺を見る。俺は首を横に振った。今は勇仁に合わせる顔がない。

「すみません。今、ちょっと取り込み中で」

田村さんが言うと、

「涼に会いたいんだ。頼む」

勇仁が言う。

「どうする?」

田村さんが、俺に静かに問う。

「ごめんなさい。今は会いたくない」

俺が言うと、

「今は、会いたくないそうです」

田村さんが代弁してくれる。

「涼。一回話そう」

それでも引き下がらない勇仁。田村さんが扉を開けて、部屋の外へ出た。

「折田さん。今は金沢のことそっとしておいて下さい。俺がちゃんとフォローしておきますから」

「涼は、大丈夫か?」

「とにかく、自分を責めてます。俺にダブルスへ転身させたことも何回も謝るし。試合後から、ずっと泣いて謝ってばかりいます」

「泣いてるのか?」

「はい。だから、今はそっとしておいてもらえますか?金沢の気持ちが落ち着くまで」

「でも、涼には俺がいないと」

「折田さんに会いたくないと、本人が言ってるんです。とりあえず、今日は部屋に戻って下さい。これは、俺と金沢の問題なんで」

「田村」

「はい」

「涼とは長い付き合いだけど、俺の前で泣いたことなんて一度もないんだ」

「今まで初戦敗退なんてしたことなかったでしょうし、よっぽど悔しかったんだと思います。折田さんは今まで試合に負けることなんてほとんどなくて、悔しさとか、そういうの、あまり分からないと思いますけど」

「嫌味か?」

「いえ。ただ本当に実力がある上に、センスも才能もあるんだな、と純粋に思ってるだけです。言い訳になるかもしれませんが、今回は俺も金沢も大きな大会のダブルスの試合に慣れてなかったのも負けた原因かな、と思ってます」

「田村。涼に変なことしたら、許さないからな」

「変なこと?」

「抱きしめて慰めるとか、頭を撫でるとか、とにかく涼には指一本触れるな」

「子供相手じゃあるまいし、しませんよ、そんなこと。折田さんにとって、金沢は、いつまでもカワイイ我が子のような存在なんですね」

田村が呆れたように言うと、勇仁は安堵したように息を吐いた。

「涼のこと、頼むな」

勇仁は、そう言い残すと自分の部屋へと向かって歩き出した。

田村は、勇仁の姿が見えなくなったところで部屋に入ろうとしたが、扉が開かなかった。

「しまった。オートロック!」

ガチャガチャとドアノブを激しく動かしながら「金沢!聞こえてるか?鍵が掛かってる!開けてくれ!」と、廊下に叫び声が響いた。

田村さんの声が聞こえて、俺はすぐに扉を開けに行った。

「あ、サンキュ。ありがとな。いや、マジで焦った」

田村さんが、部屋へと戻る。

俺は思わず吹き出してしまった。

「え?何?」

田村さんが、不思議そうにこちらを見た。

「いえ。いつもポーカーフェイスで、試合中でも冷静な田村さんが焦ってるところ、初めて見たんで」

俺が笑いながら言うと、

「そりゃ、部屋を閉め出されたら、誰だって焦るだろ。しかも海外のホテルで、室内用のスリッパだぞ」

言う田村さんが、足を上げてスリッパを見せる。

俺は、また吹き出してしまった。

そんな俺を見て、田村さんが少し微笑んだ。

「良かった」

「え?」

「金沢が笑ってくれて」

そう言って、肩にポンと手を置かれる。

「田村さん」

「次、頑張ろうな」

田村さんが、優しく微笑む。初めて見せる、田村さんらしくない態度に少し戸惑いながらも、

「はい。次こそは、絶対に優勝します」

と、俺は力強く答えた。

「そういえば、金沢って、折田さんとは小学校の時からの付き合いなんだろ?」

「あ、はい。クラブチームが一緒だったんで」

「折田さん、金沢が泣いたところを一度も見たことない、って、さっき言ってたけど…」

「…そうですね。勇仁には、俺のことで心配させたくないって思ってたのもありますけど、いつも泣く前に、必ず元気の出る言葉をくれて、すぐに笑顔になれたので…」

「へぇ、そっか。じゃあ、折田さんは、金沢のこと何でも知ってるんだな」

「何でも、ってワケじゃ…。長く離れてた期間もありますし。それに、実は俺、試合で負けたことがほとんどなくて…。こんな悔しい思いしたのも初めてで…。すみません」

「なるほどね。そういうことか。折田さんと二人して、幸せなバド生活だったんだな。まあ、それだけの実力を付けるために、想像を絶するような練習と努力はしてきたんだろうけど」

「はい…。何回も辞めたい、って思いました」

田村さんが、俺に近付く。そして、俺の手首をそっと握った。

「こんな華奢な体で、折田さんと互角の試合するんだもんな。金沢は、本当にすごいよ。実業団に入ってすぐに試合に出るなんて、普通は無理だからな」

握る手を離そうとしない。

「あの…」

田村さんの目を見ると、真剣な眼差しで俺を見ていた。

「俺とのダブルス、プレッシャーになってたんだろ?俺がシングルスから転身したことに責任を感じすぎて、勝つ事にこだわりすぎてたんだよな?だから、いつものように動けなかったんじゃないのか?」

図星をつかれ、一瞬、体が強張った。

「すみません。考えないようにはしてたんですけど、申し訳なくて。田村さんのために、絶対に勝たなきゃ、って…。そしたら、思うように体が動かなくて…」

「そんなこと、もう二度と考えなくていい」

「でも…」

「もし、相手が折田さんだったら、どうだった?」

「え?」

「ダブルスを組む相手が、折田さんだったとしたら、勝ててたと思うか?」

「それは、分かりません。勇仁とダブルスを組んで試合に出たことがないので…」

「そういうことじゃなくて。折田さんとは、信頼関係が深い分、勝つことだけを考えていたとしても、緊張せずに試合に挑めてたと思うか?」

田村さんの質問の意図が分からずに、俺は黙り込んだ。

そのまま腕を引かれ、突然、田村さんが俺を自分の胸へと引き寄せ、抱き締めた。あまりにも驚きすぎて、身動きが取れずにいた。

「こんな細い体で、よく頑張ってるよ、本当に」

田村さんは、背が高くて肩幅も広く、俺は、その胸にすっぽりと包み込まれていた。

「これからは、俺がサポートするから。だから、ここで諦めずに、一緒に頑張って行こうな」

俺を抱き締める腕に、力がこもる。

え?これって、ちょっとヤバくない?

いや、でも田村さんは紳士だし、無理にそういうことする人じゃ…

「金沢。一つ提案があるんだ」

「はい…」

「俺たち、今晩、寝ないか?」

耳元で囁かれ、耳を疑った。

「寝るって、同じベッドで、ですか?さすがにそれは狭くないですか?子供じゃないんですから」

俺は、気付かないフリをして、必死で誤魔化した。

「そういうことじゃない。信頼関係を築くのには、一番手っ取り早い方法だと思うんだ。お互いをより知るのに、俺は金沢と体の関係を持ちたい」

そのまま、ベッドへと押し倒される。

「田村さん!それは違うと思います。そんなことしたら、余計に気まずくなるだけで、少なくても俺は…もう田村さんとは一緒にはいられなくなると思うんです」

力では敵わないと分かっていた俺は、必死に田村さんを言葉でなだめた。

「金沢…」

田村さんが少し体を起こし、目を細め、俺を見つめる。

「キスしても、いいか?」

「ダメです!お願いします、やめて下さい!関係を持ったからといって、試合に勝てるとは限りません!」

俺は即答し、そして、強い口調で田村さんに抵抗した。

「…そうだよな。ごめん。それに、そんなことしたら、折田さんにも、怒られるよな」

体をゆっくり起こし、俺から離れる田村さんの突然のセリフに、

「勇仁が…?何で…?」

動揺が隠せずに、思わず尋ねた。

まさか、俺たちの仲を知ってる…?

「さっき、涼に指一本触れるなって、釘をさしてったから。嫁に出す前の娘みたいにカワイイんだろうな、と思って」

勇仁が、そんなことを…?

田村さんが、ベッドに腰掛ける。

「金沢。折田さんのところに行ってこいよ」

「え?」

「きっと試合で負けてもあんな顔しない」

「勇仁、そんなにひどい顔してました?」

「泣き腫らした金沢より、ひどい顔してた。あの様子じゃ、明日の決勝戦、負けるかもな」

俺はすぐにベッドから起き上がり、部屋を出ようとした。

「部屋の鍵、持って行けよ」

田村さんが、冷静に声を掛けてくれた。


LINEで届いていた部屋番号の扉をノックする。しばらくして「はい」と勇仁の声がした。

「勇仁?俺。涼だけど…」

言うか言わないかのうちに扉が勢いよく開き、腕を引かれる。そのまますぐに抱き締められ、そして唇を塞がれた。激しい息遣いと、舌が絡み合ういやらしい音だけが部屋の中に響き渡っていた。

「勇仁、ダメだよ。明日、大事な試合でしょ?」

キスの合間に、勇仁の欲望を抑えようと、必死でなだめる。

「ふざけんな。俺がどんな気持ちで、一人でこの部屋にいたと思ってるんだよ」

ベッドへと、もつれ合いながら、倒れ込む。

「ごめん。一回戦敗退なんて、情けなくて合わせる顔がなかった」

「何のために俺がいるんだよ。落ち込んでる涼を俺が励ましたかった」

Tシャツをまくり上げられ、あらわになった俺の素肌に勇仁の舌が這う。

「やだっ…勇仁」

執拗に唇と舌で愛撫され、下半身が疼き出す。

「俺を傷付けた罰、ちゃんと受けてもらうからな。田村なんかに、俺も見たことない泣き顔なんか見せやがって。覚悟しとけよ」

そう言いながら、ハーフパンツと下着を一気に脱がされ、俺たちは重なり合いながら布団の中へと潜り込んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る