第26話 初めての朝

*** 初めての朝 *** 

  

 隣にはラムが軽く寝息を立てている……可愛い……。 

  

 軽くキスすると……「んぅ〜……あ、し、忍さん……おはようございます……」 

 寝起きでぼーっとしててさらに可愛い……。 

  

「あのまま寝ちゃったね……」 

「ふふふっ……いま服着て朝ごはん、作りますね〜」 

  

「もうちょっと、こうしていよう?」と後ろから抱きつく……温かい……。

  

  

  

「……あ、あのっ、もう八時過ぎてるんで、そろそろ用意しないと、お店に遅れちゃいます……それに忍さん、私服でスーツじゃないし……」 

  

 お店には男物のスーツ置いてないし……今からうちに帰ったらオープニングに間に合わない! 

  

「朝ごはん食べたら先にお店に行って女子って予備のスーツを着れば……」 

「あ、それなら間に合いますね!」 

「……うわっ、そうだ! 今日、決算前の店長会議だった……ラムとのデートが楽しみだったから忘れてた!」 

「あらぁ〜」 

  

 二人で迎える始めての朝なのに、ムードもなにもあったもんじゃないな……。 

  

 バタバタとトーストとサニーサイドアップの目玉焼き――もちろんわたしは塩胡椒、ラムはお醤油――とコーヒーの朝食。 

  

  

「じ、じゃ、行ってきます!」 

「は〜い、行ってらっしゃい!」ラムが抱きついてきてキス……。「新婚さんですから〜❤︎」 

「う、嬉しいけど、今度ゆっくりしよう……ごめんな〜」自分ももっとキスしてくっついていたいけど、ここは我慢。 

「そ、そうですね……わたし、シャワー浴びてから出勤しますね……」ラムも残念そうだ。 

「う、うん……じゃ」 

「行ってらっしゃ〜い❤︎」 

  

 ラムのマンションから早足でTS市駅を通り越して、九時に店に到着。 

  

 急いで左親指にベースとジェルを塗る……ふぅ〜、今日は女子化、思ったより時間かからず無事に始まる。 

  

 先にスーツに着替えて、残りの指は後からにしよう……と思った頃にラムが出勤してくる。 

「てんちょ〜、間に合いましたね〜」 

「うん、なんとか」 

「じゃ、残り塗って、ヘアとメイクしちゃいましょうね〜」 

 残りの指と右手を塗ってもらいLEDライトで硬化してる間にヘアとメイクをラムに任せる……。 

  

*** ば、ばれた? *** 

  

「おっはよ〜ございま〜す!」 ぴーちゃんが今日は珍しく九時十五分くらいに出勤してくる。いつも九時半ぎりぎりなのに……。 

「あっれ〜、店長とチーフ今日はなんか早いですね〜」 

「え、ぴーちゃんがいつもより早いんじゃん? わたしはいつも鍵開けたり早めに来てるんだけどな〜」 

「そ、そうよ〜 わたしもいつもこれぐらいかな〜」 

「そうなんですかぁ〜? ……ちょっとなんか二人いい感じかも〜」 

「そ、そんなことないよ〜」 

「そ、そうだよ、ぴーちゃん……」 

  

「そうですかぁ〜 そやって言い訳っぽいところ、なんか怪しぃ〜❤︎ それに店長もう女子ってるし〜」 

「あ、ああ、これ? 今日は店長会議あるからね〜 ぴーちゃん、早く来たんだからオープニング準備はじめてほしいな〜、桜もそろそろ満開になるから人出が多くなって忙しくなるし……」 

「ん〜、わかりました〜」 

  

「ぴーちゃん、鋭いな……」 

「ん〜、女の感ってやつですね……てんちょ〜、ああいう時はもっと男らしく……って今は女子でしたね……」 

  

 世間は花見で人出が多くなってきたし、卒業式や入学式も控えてるから、この時期にネイルデビューする子も多い。 

 まさに『書き入れ時』……三月末決算締日まであと二週間だけど、ラストスパートをかけるべく臨時で店長会議兼営業会議が今日の午後に招集されている。 

  

 今朝、ぴーちゃんに「店長会議で女子った」と言った手前、スーツのまま本社に向かう。 

  

「あれ〜、しのぶちゃん今日はスーツなのぉ〜?」とTS市駅前店のカズミさん。 

「ん〜、大事な会議だしね〜 あ、わたし7センチヒールにしたから、ちょっと背高いでしょ?」 

「ん〜あんまり変わんないかも〜」 

「え〜、この間怖い思いして買って、やっと履きなれたのにぃ〜」 

「そ〜ゆ〜ところ、変わらなくて可愛いわ〜」カズミさん、女子るとほんと性格変わるな〜 

「うっせ〜」 

  

「あ、そういえば……しのぶちゃん、今朝、男の格好で東西自由通路を抜けてお店に向かってなかった?」 

「えっ? そ、そんなことないよ〜」 

「見間違いだったかしら〜 でもあの背格好、ぜったいしのぶちゃんっぽかったし……なんか焦ってた感じだったけどなぁ〜 あやしぃ〜」 

「き、気のせいだってばぁ〜」 

「ふ〜ん……」 

 カズミさんも鋭い……危ない危ない……。 

  

 会議が始まる。 

 店長会議兼営業会議はいつものように各支店の売り上げと達成率、今期の売り上げ目標ほぼ100パーセントを三月なかばで達成……の営業報告等々 

 う〜ん、うちのお店二月は惜しくもTS市駅前店に僅差で負けちゃってるしなぁ……。 

  

 そして山下さんから「え〜っと、売り上げ100パーセント達成したので決算賞与を出します!」 

「ラッキー!」 

「わ〜、やた〜」 

「うぉ〜!」 

「うれしぃ〜 何買おう〜」 

「ありがとうございますぅ〜」 

「誰〜? 今『うぉ〜』って言った子は〜? カズミさん?」 

「あははは!」 

  

 あとは至ってシンプルにムツミさんから「卒業式と入学式シーズンに合わせて、今年の流行色の『グリーン』と『ビビットオレンジ』のデザインも増やしたからね〜 ラストスパート、あと二週間だけどがんばりましょう〜」 

  

「は〜い」 

「じゃ、お客様を笑顔にしましょう!」と山下さんが締め、「お客様を笑顔にしましょう!」と店長たちがそれに続く。 

  

「お疲れさまでした〜」と一同。 

  

 帰り際、「ね、しのぶちゃん……」カズミさんが小声でささやいてくる。 

「ん?」 

「しのぶちゃんのお店のチーフ……え〜っとラムちゃんだっけ?」 

「うん、そうだけど?」 

「昨日の日曜日、わたしが九時半にお店に行く途中でさぁ……」 

 そうだ、TS市駅前店は日曜日は営業日だっけ……。 

「……」 

「そのラムちゃんが駅前にいたのよね……人待ち顔で」 

 ラムってば十時の待ち合わせなのにそんなに早く……ってそうじゃなくって……。 

「ふ〜ん?」と、わたしすっとぼける。 

「知らないんならいいんだけどさぁ〜」とカズミさん含み笑い。 

「ま、しのぶちゃん……せいぜい頑張ってね〜❤︎」 

「……」 

  

 完全にバレたな〜こりゃ……。 

  

*** 心配事 *** 

  

 ま、バレても大勢に影響ないんで、噂とか憶測はそのまま放っておいて、ラムとは付き合い続けてる。 

  

 週末、土曜の仕事が終わったら一緒にいつものスーパーで買い物をして夕食を一緒にして……なんだけど、当然女子ってる週はオフして男に戻るわけで、初めて男に戻るところを見た時はラム、さすがにびっくりしてたなぁ……。 

  

 お店で女子ることは、ほぼ毎週あっても男に戻るのは自宅だったからなぁ……。女子化はいつもバックヤードだったし――覗いてはいたかもしれないけど。 

  

 なにしろ背は伸びるし、小さいけど胸はなくなるし、生えてくるし……。 

 男に戻るところを見られたのはムツミさんと一条教授以外にはラムが初めてだったから、自分も少々恥ずかしかったけど、ま、これからしばらく……いつまでかはわからないけど、この状態が続くから慣れてもらうしかない。 

  

 で、毎週末になるとラムの家で、一晩を共にする生活が数週間続いた。もちろん、最初みたいに月曜の朝、バタバタしないようにスーツを準備して、何かあった時のために「ジェルリムーバー」とコットン、「ベース(ネイル)」「ジェル(ネイル)」も持ち歩くことにした。 

 ん〜これじゃ『通い妻』ならぬ『通い夫』だな……もういっその事、今住んでる女性専用マンションを引き払って完全に同棲しちゃおうかな? 

 でもそしたら……共通で使うのはネイル関連位で、オレの物……男物も女物も今ラムの住んでるところじゃ入り切らないし、引っ越しを考えなきゃいけないな。 

  

 その前に……。 

 一つだけ気になることがあって、今度はラムには言わずに一条教授を訪ねることにした。 

 そう、万が一というか可能性として、ラムに妊娠の可能性があるか? というか、オレに妊娠させられる『機能』があるのか? 

  

 これは一条教授でしか分からない問題だろうし、元TS娘――ほとんどのOTMSは現在男――だって普通に結婚したり同棲して子供を授かってる人たちもいるって聞いてるけど、オレみたいな可逆性のままのTS娘でも果たしてその機能があるのかって自分じゃ分からないし。 

  

 訪問日はまたカネコさんのビューティーNAOに行く日で、午後の予約がない日にした。 

 運良く、その日もまた教授は十四時には時間が取れるとのことだった。 

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