第11話 ネイルファイル
*** ネイルファイル ***
毎週チェクしているお店から本社への消費財発注で、ファイル(ネイルファイル)がやたら多い。
「ねえチーフ、最近ファイルの消費量多くない?」
「あ、気が付きませんでした。申し訳ありません、すぐ調べます……」
「原因、わかりました。ぴーちゃんによると、先月アカデミーを卒業して配属されてきたバイトのユリちゃん(白井ユリ)が、ファイルの扱いが自己流に戻って、ファイルあたり五人目安で使うところ、二、三人で取り替えてるみたいなんです……」とチーフから報告を受ける。
ネイリストは、新卒・アルバイト、経験者を問わず、習熟度や経験により二週間〜二ヶ月間本社のネイルアカデミーで実技と接客やマナーの講習を受ける。
そこで合格しないと店舗に配属はされないが、その間の時給・給与は当然支払われる。
「わたし、白井さんにファイルの使い方、指導します!」とぴーちゃん。
「おー、ぴーちゃんやる気だねぇ」
「はい、わたしだって出来るんです!」
ぴーぴー泣いてたぴーちゃんが頼もしくなったのは喜ばしいが……。
白井さんが午後シフトで出勤してきたので、ぴーちゃんが話しかける。ここはしばらく聞いていてみようか……。
「……で、ユリちゃんのファイルの使い方、特にネイル(を塗る)前のバッフィング(表面を磨く事)だけど、入社後本社のアカデミーで習った事を思い出してみて?」
「え、あ、はい。ファイルは……バッフィングするときは……番号の大きい荒いものから、小さい細かいものを使います……」
「うん、それから?」
「えっと、このときオイル(ネイルオイル)を爪に塗ってからバッフィングをすると、オイルが浸透してツヤが出ます……」
「うん、よいね〜ユリちゃん。でもいちばん大事な事忘れてない?」と言われたユリちゃん、戸惑う。
「……」
「じゃ、ヒント言うからよ〜く考えて」
「は、はい……」
「ユリちゃんのファイルの使い方、結構細かく往復させてるのよね……ほんとはファイルの6割以上の幅を使って……」
「あ! 気づいてなかったです……自己流に戻っちゃってました!」
「うん。それでね、往復させながら削ると力も入って、お客様の爪に負担をかけて、下手すると二枚爪になっちゃうし、ファイルの消耗も多くなるの。だから丁寧に一定方向に軽〜く優しくね」
「はい! わかりました! 今日から気をつけます! ありがとうございます!」
おー、ぴーちゃんなかなかやるな。
昔教えた事が活かされてるな……お姉さんは嬉しいぞ!
「だからユリちゃん、わかんなかったり迷った事あったら、このあたしに、な〜んでも聞いて頂戴っ!」
「はい、ぴーちゃん先輩!」
*** よ、呼び出しぃ? ***
翌朝、店長PCを立ち上げると社内chatでムツミさんから『今日十三時から本社に来て欲しい』とだけ連絡が入っていた。
おまけにグループウェアのスケジュール表にカギ付きで――指定されてない人にはカギマークしか見えない――『13:00〜14:00MT(ミーティング)山下・中島 MTR1(ミーティングルーム1)』とスケジュールまで入っている……。
ん〜? 何だろうな……とにかく午後は本社に行かなくちゃな。
出勤してきたチーフに「今日、午後から社長に呼び出されたから本社に行ってっくるよ〜」と伝える。
「あ、ずいぶん急で珍しいですね……もしかしてファイルの件ですかねぇ……」
「あ〜脅かすなよ〜 いくらファイルの発注数が多くても今月だけだし、第一それくらいだったら営業推進課の業務だし……わざわざ社長から呼び出しなんてないよ」
管理部には人事・総務課、経理課と営業推進課があり、営業推進課は営業のバックアップを行なってくれている。営業のバックアップには店舗からの消費財の受注と発送も含まれている。
先日会ったタナカさんは管理部人事・総務課に所属。
五店舗ほどの小さな会社だからこれくらいの規模で済んでいるけど、何十店舗も抱えている会社は大変だろうな……などと人の心配をしてる場合じゃないか。
他にはデザイン部、システム部、営業部があり、わたしたち店舗は営業部に所属している。
山下さんは管理部と営業部の両方の部長を兼任している……だからか?
「店長の管理不行き届きでユリちゃんのファイルの扱いが自己流にもどちゃった件!」
「それ、山下さんまだ知らないし!」
「説教小一時間コースですね〜」
「なに嬉しそうに……」
「まぁまぁ、社長の気を紛らわすため私がまたコーデしてあげますから……」
「指名入ってるのは明日と明後日だけなんだけどな……」
「いいからいいから……今回は『ごめんなさい』モードでビシッとスーツで……」
「まだ怒られると決まったわけじゃ……」
*** 社長と打ち合わせ ***
ちょっと早めに昼食を摂り、いつものようにチーフに助けてもらい女子化。
今日はスーツで――もちろん女性用。先日のJKの制服姿で帰宅なんて事にならないよう予備のスーツを購入――ビシッとザ・OLって感じにしてもらう。
髪は本社に行くので、おとな風ゆるふわポニテ。
まだまだ寒いからコート羽織って。
「ん〜スーツで決めたけど……やっぱり身長がなぁ……」
「そうですよねぇ……店長ちびっ子だから、就活生に見えちゃいますね」
「ちびっ子言うな!」
打ち合わせ時間より二十分ほど前に本社到着。
「お疲れ様で〜す」とドアを開けて入る。
「あ、しのぶさんお疲れ様〜」
「お疲れ様です」あちこちから挨拶。
管理部の島に顔を出す。
「タナカさん、お疲れ様〜」
「あ、こんにちはしのぶさん。めずらしいですね……」ということはタナカさんも知らない件か?
「うん、十三時から山下さんと打ち合わせ」
「それにしてはちょっと早いですね」
「社会人は十五分前がじょーしき、よ?」
「あ、そ、そうですね」
ムツミさんの席が空席なのを見ながら「食事かな? じゃ、先に行ってると山下さんに伝えといて〜」とミーティングルーム1に急ぐ。
「あ、しのぶさん! って、行っちゃったか……」
ムツミさんの方針で社長室はない。部単位で島型に机は配置されてはいるけど、上司が島の上席にないオープンなスタイル。ミーティングルームとネイルアカデミー他、倉庫・書庫などはパーティションで区切られ、入って左側にある。
応接、店長会議・営業会議、デザインプレゼンや今回の打ち合わせ? みたいに外部にあまり知られたくないこともあるしね。
簡単な少人数の打ち合わせならミーティングスペースがいくつかある。
ミーティングスペースを使わないということは……あれこれ考えながら向かう。
ドアをノックし開けるとそこには……。
*** ミーティングルーム1 ***
わたしがまだ食事中と勘違いしていたムツミさんがいる。そして、
「や〜しのぶちゃん、早かったじゃない。あなた十五分前集合、守ってるわね〜偉いわ〜」と言われる。
「お疲れ様です、社長。いやぁ〜社長に叩き込まれましたからね〜」食事中と勘違いしていたことは黙っておこう。
「そうね、あなたって昔は結構時間にルーズだったからねぇ」
またそんな昔の話を……ってあれ? 社長、そういえば窓側じゃなく手前に座ってる……ふと窓側の席――当然お客様は奥側上座ね――を見ると、カネコナオコさんがいらっしゃっている。
「あ、いらっしゃいカネコ社長」
「しのぶちゃん元気してた〜?」
「ええ〜健康だけが取り柄でして〜 社長、またお店いらしてくださいね!」
「あなた、さりげなく営業してるわねぇ〜」ムツミさんが茶々を入れる……。
ということは『店員のファイル使いすぎ監督不行き届き』事案じゃなく、例の話だな――でもなんでわたしだけ? ムツミさん、店長会議にかけるって言ってたはずだけど……。
「じゃ、ちょっと早いけど早速例の件、話はじめちゃいましょうか」
「はい」
ムツミさんの隣に座り、打ち合わせに参加する。あ、わたしのお茶もある……。
「しのぶちゃんにもこの間、ちらっと話してた、ナオコのヘアサロンとタイアップして、ネイルサービスをするって話、覚えてるでしょ?」
「ええ、もちろん。あれが実現すれば、業界でもセンセーショナルな出来事だと思いますね」
「しのぶちゃん、柄にもなくセンセーショナルだなんて〜 ま、でもねこれってしのぶちゃんが賛成してくれたように、お客様・ヘアサロン・ネイルサロンのトリプルWINなのね」
「で、わたしもムツミに提案だけしておいて温めてたけど、賛成してくれたんで、じゃぁどう実現していくか考えてたの……」とカネコ社長。
「これにはスペースも必要だし、第一、一人で切り盛りできるネイリストが重要なのよね」とムツミさん。
「スペースの問題は、わたしのヘアサロンの本店なら二人くらいのブースは確保できるから、あとはネイリストさんなのよ……」
「で、そこに派遣するネイリストの人選……ってことですよね?」とわたし。
「さすがしのぶちゃん、話が早い。運良くナオコの本店はしのぶちゃんのお店からそう遠くないし、前にも話した通り、チーフが適任じゃないかなと思ったの……」
「……で、ですが……」
「そう、それはもう十分事情もわかったの。で、提案なんだけど、しのぶちゃん……ナオコのところでサービスやってくれない?」
「え?」
「まぁ驚くのも無理ないでしょうけど、あなた私の一番弟子なんだから、まだ技術も誰よりも上だし、第一TS娘がネイルするなんてナオコのお店にも良い宣伝効果になるんじゃないかな〜って」
「……確かに施術にはまだ自信があります。週に二〜三人、多ければ五人のお客様に施術してますけど、お店に出るとなると、中央店の切り盛りやら……」
「そう、それなんだけど選択肢というか、方策を考えてみたの」とムツミさん。
「?」
「ひとつはしのぶちゃんがヘアサロンに常駐して、チーフを店長に昇格させる……でもそれだと中央店がネイルサロンTSじゃなくなっちゃうけどね〜」
「はい……」
「もう一つは、予約が入ったときだけ、しのぶちゃんがナオコのお店に行って、あわよくばその場で新規のお客様にも施術する……こうすればお店の留守の間だけチーフに任せておけばよいでしょう?」
「そう、最初のうちはヘアサロンでネイル? って思うお客様もいらっしゃるだろうからそれほど多くはないと思うんで、しのぶちゃんにも迷惑かけないと思うの」とカネコさん。
たしかに……わたしが店を空けるとき――月に平均三日くらいかな?――は、チーフが全部やってくれている……。
「そうですね、第二案なら実現可能だと思います」
「やっぱりぃ〜? わたしもそう言うと思った!」とカネコさん。
「はぁ〜どうなるかと思ったけど、さすが『わたしの一番弟子』っていつもムツミが自慢するしのぶちゃんね。じゃ、早速座席の確保とかはわたしが手配するから、機材はムツミのところで用意してくれる?」
「それは任せておいて。いつから始めるかは、これから話を煮詰めましょうか……」
「しのぶちゃん、最初は試行錯誤だろうけど、集客が見込まれるようになったら次の段階……はまだぜんっぜん考えてないけど、そんときゃそんときでやれるわよ!」と相変わらずのムツミさん。
「じゃ、あとは二人で煮詰めていくから、しのぶちゃんお店の方よろしくね!」
「これからもよろしくね、しのぶちゃん」とカネコさん。
「……はい、ではカネコさん、失礼します。ムツミさん、お店にもどります」
「じゃぁね〜」と二人。
さて、お店にもどることにしよう……と、ミーティングルームを出て本社を後にした。
な〜んだ、話は結局ついてたんだな……いつもの展開。
まぁ社長族ってのは即断即決ができないと務まらないしな……でもちょっとついていけない。
ヘアサロンでサービス……頭、整理しないとな。
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