第10話 フレンチネイル

*** フレンチネイル ***


 二月、立春過ぎのある日……なのに明日の天気予報は雪だ。


「寒っ……。え〜立春っていったらもう春ですよねぇ?」とチーフ。

「ん〜まぁそれは二十四節気――暦の上の話だからなぁ……二月なんて一年で一番寒い季節だろ? 三月の春分の日を過ぎないと暖かくならないんじゃないかな?」

「そっか〜」

「せっかくバレンタインデーも近いのにこう寒くちゃお客様の入りも少ないよな……」

「いやいや、女の子は寒さにめげずバレンタインデーに全集中するんで、集客見込めますよ!」


「そうだな……で、チーフは誰にあげるの?」

「あ、それは秘密ですよ〜 店長には義理チョコあげますからね〜」

「あはは、義理でもうれしいぞ……じゃぁ、女子って友チョコ交換でもしようか?」

「あ、それいいですね! じゃぁバレンタインデー当日、店長はお店のおすすめデザインのネイルとフリフリピンクのドレスで超可愛く女子ってくださいね〜❤︎」

「じゃどのデザインがいいかな……やっぱりオレはこのピンク地でチョコ色のド定番浅めフレンチ(ネイル)にしようかな……」

「男顔でオレって言いながらネイル選ぶのって……ある意味ギャップ萌えですね」

「いいからいいから……」

「なんか聞いてないし……でもそれ、浅めフレンチは結構難易度……」

「あ、そっか。チーフはあんまり得意じゃないんだよね……」

「ええ、実はちょっとだけ……時間かかります」

「じゃ、店長直々に浅めフレンチの極意を教えてやろう!」

「は、はい……!」


「で、チーフはどうやって描いてる?」

「ん〜指の周囲に沿って……こう斜め平筆で硬化前にスマイルラインを引いてバックワイプしながら……」

「うん、アカデミーで習った通りでそれでOKだけど、時間かかるよね?」

「ええ……」

「で、もっとイイ方法があるぞ」

「え?」

「まずは大胆に、先端にまずジェルを置く……これが肝……適量にね」

「うんうん」

「で、フラット筆でバックワイプしながらラインを一気に描く! そうするとジェルを足さないから短時間で描けるんだよ」

「お〜! やってみます!」


*** 気圧低下 ***


 翌日……予報通り雪。


「うぅぅ~あたまいたい……こ〇してくれ〜」

「て、店長……大丈夫ですか?」

「ん〜今日は一段と気圧下がって頭痛が痛い〜」

「雪、降り始めましたしね。でも言い方……それって馬から落馬で二重表現ですよ」

「う〜 いいからも〜、頭痛薬持ってないか〜?」

「あ、ごめんなさい。今持ってきます!」


「どうですか店長、少しは頭痛治りました?」

「ああ、ありがとう。何とか大丈夫……」

「でも気圧変動で頭痛だなんて……それって、やっぱりTS娘の異能ですか?」

「何言ってんだよ、気圧変動で頭痛がするってのはりっぱな気象病なんだぞ」

「へ〜そうなんですね……頭痛で気圧変動がわかる……便利ですね!」

「べ、便利なんかじゃない!」


 そういえば頭痛で女子るヤツもクラスにいたなぁ……と思い出し笑いをする。

「店長、なに笑ってるんですか?」

「いやさ、クラスに頭痛で女子化するヤツがいてさ、そいつ天気予報がわりに使われててさ」

「あ、じゃ店長とおんなじですね!」

「う〜なんて酷いやつなんだ!」


*** インフルで欠員! ***


 翌月曜。開店四十分ちょっと前にお店に着いて開錠、セキュリティの解除をする。

 チーフ他正社員の子たちは、三十分前にほぼ全員出勤してくる。

 オープン作業は任せて、バックヤードの店長PCで予約や消費財数のチェックを始める。


 と、チーフが飛び込んできて、「店長! 今、ぴーちゃんから電話ありまして、『インフルエンザにかかっちゃいました〜 タミフル処方されておとなしく寝てなさいって言われました〜』って……熱が三十八度超えて、咳が出るんで朝一番でお医者さん行ったそうです」

「まじか! タミフルだったらほんとにインフルだな~ 飲んでも二、三日はツライだろうし、今週一杯は出勤させられないな……店員やお客様に伝染らないように、お店で手に触る箇所はアルコール消毒しておいて」

「はい、わかりました」


「……そういえば、お店の子たちでワクチン接種してないのぴーちゃんだけだったよな。『わたしはインフルエンザ、かかったことなんてないですし、ワクチンなんて痛いから打たないんですよ〜』とか言ってたな」

「あ〜、そういえばそんなこと言ってましたね……」

「お客様商売だから自分の身体だけじゃないんだよなぁ……これで身に染みてほしいな。それよりシフト組み、どうする? ぴーちゃんの今週の休みは水曜だったし、他の日も予約数見ると一日三人でも大丈夫そうだけど土曜がなぁ……」

「そうですね、平日は今の人数でも回せます……土曜はあと一人足りないですね……店長お店に出てくださいますか?」

「おっ! いいね〜♪ じゃなくって、今週は珍しく指名入ってないから女子化しないで済むかと思ってたけどな〜 女子化して翌日即、男に戻るっての結構ツライんだよなぁ……」

「うふふ〜♪ ほんとは女子りたいんじゃないんですかぁ〜? じゃぁ今日から女子っちゃいましょうよ、てんちょ〜」


 そんなわけで、昼の休憩時間に女子る。

「チーフ、今日はどんなコーデがいいと思う?」

 女子化が終わって左手のネイルにLEDライトを三十秒ほどあてて硬化。それからチーフを呼んで、右手のネイルを任せながらコーデの相談。

 十数年女子化してもコーディネートは不得意で、ややもすると年がら年中JKスタイルになってしまうからだ。


「じゃぁ……今ちょっと思いつかないんで、今日明日はJKで……水木金は清楚なお嬢様って感じで、土曜日だけめっちゃ可愛くしてあげますからね〜」

「ありがとう……ん? そういえば帰りのスーツ! 今週は指名も会議もないから、女性用のスーツ家に置いてきちゃったぞ! やばい、JK制服で帰宅……あわゎ」

 店長・チーフクラスは原則スーツ出勤だ。

「わたし店長のサイズに合うスーツ持ってないんで~普通に制服で帰宅すればいいんじゃ? それにTS娘で制服姿なんてTS学園の生徒だったら普通じゃないですか」

「いや、そうじゃなくて、わ・た・し・がだよ……高校のときはほとんど女子ってなくて外じゃ制服着てなかったんだから……そりゃチーフが来るまではお店では制服着てたけど……うわ〜なんかめっちゃ恥ずぃ……それにこの寒空に生足……コートのサイズも合わない」

「あ〜ら、フツメン中年が、お可愛いこと~ これで普段から女性用スーツを用意すること身に染みてほしいですわ〜 それに寒いだなんて、店長会議にはのりのりでサンダルでしたわよねぇ〜」


「その口調、お前は誰だ!」

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