第一章 第二話 【サブカル】の主は揺るがない
「よし、それじゃあ配信始めていきますか~」
何の特別感もない言葉を漏らすだけで、目の前の文字列は唐突に加速を始める。
定期的に思う事ではあるが……こうやって配信枠を取るだけでも喜んでくれるユーザーがたくさんいるというのは、歯がゆくとも嬉しいことである。
全世界で30億人以上のユーザーを有するオンラインサービス『ヘキサバース』。
サービス開始から早くも10年の月日が流れ、全世界のありとあらゆる情報・娯楽・生活・経済に通じるこの世界は、各人が思い思いのアバターを設定して自分の好きなことを全力で楽しむ、もう一つの地球のような場所だ。
そんな、夏の戦争的な某大ヒットアニメ映画の雰囲気を醸しだす(というより、開発代表者の米国人スタッフは、この作品の大ファンらしいので確信犯だろう。俺も好きだし。鼻血出しながらよろしくお願いしてみたい)この空間にて現在、その一角に存在する配信ブースに、俺のアバターが座していた。
適当に整えられた黒髪には七色のメッシュが入り、サイバーパンクな雰囲気を醸す漆黒のジャケットを軽く羽織る、そこそこに顔のカッコいい男性のアバター。
それこそが、ヘキサバースにおける俺の姿であり、アカウント名は“虹野ユウ”という。
「お待たせしました、虹野ユウですぜ~。今日もいつも通りにアニメ語りしましょうや」
:ユウ主~!!
:こんばんは!
:とんでもねぇ、お前を待ってたんだよ
:主の時間だぁぁぁぁぁ
:待ってました!!!
配信アプリ上では大量のコメントが下から上へと流れてくる。
一昔前、当時のネットにて一世を風靡した老舗動画配信サイト・ニマニマ動画———そこでのライブ配信と基本的な部分は変わりない。コメントがリアルタイム反映され、視聴者と一緒の時間を共有するのは配信というコンテンツの根底にある大事な要素だ。
しかし、ヘキサバースでの配信は一味違う。
「そんで、今日もみんなが集まってくれてるぜ~、うえ~い!」
<うえ~~い!!
<オフリアタイでは初見です!
<ユウ主のアバターが見えとる!!
<配信始まったああああああ
<オフ初ですこんばんは!
今度は大量のコメントが配信画面の外側から、もといヘキサバース空間から、フキダシを伴って勢いよく飛び出してきた。
その根源は、俺を目当てに集まって来た沢山のアバターたちに他ならない。
ちなみにコメント以外では、エモート(アバターにアクションをさせるコマンド)を用いての感情表現が可能である。
ほら、あの美少女エルフのアバター、めちゃくちゃ勢いよくコマネチしてる。エモートのサンプルとして紹介するには最悪の部類やな。
そう、ヘキサバース内の配信と他サイトでの配信とでは、大きく異なる性質———それは、視聴者が配信主の目の前まで近づき、同じ場所にてリアルタイムを共有できることにある。
同一のオンライン空間内で、配信主は配信アプリの備えられたブースへと入り、視聴者は配信ブース壁面の大きな窓からその内部を眺める———簡単に言えば、ラジオの公開収録を、オンライン空間で再現できるようなものだ。
ちなみに、配信用ブースまで集合して配信を楽しむことを『オフリアタイ』と言う(実際にオフラインというわけではないのだが、遠隔で配信画面のみを視聴する勢と区別をつけるため、ユーザーたちの中でいつの間にやら名称が決まっていた)。
配信活動に俺が手を出してから早くも5年近く経ち、現在では配信枠を取るだけでこんなにたくさんの人が集まってくれるほど、そこそこに名の通った配信者に成長した。
いつしか『ユウ主』やら『主』とかって呼ばれるようになり、ヘキサバース内の配信業界全体における最古参勢というのが大半の視聴者の認識だ。
あまり囃し立てられるのは好みではないが、みんなの好意から生まれた呼び名なのは明白なため、俺も黙って受け入れることにしている。
それにほら、意外と悪い気しないよね。ぐへへへへ。
:ユウ主、50万人おめでと~!!
「お、そういえばそうだった……みなさんのお陰で、フォロワー数50万人突破しやした! だからといって特別な企画やる予定はないけど、いつもありがとうな~」
コメントで思い出したが、虹野ユウ名義のアカウントのフォロワー数が50万人を越えたのだ。我ながらめでたい。
ヘキサバースには、好みのアカウントをフォローすることで、その人間の呟きや配信告知を自動的に取得できるようになっている。配信活動者にとっては、フォロワーの人数こそが本人の認知度合いや影響力の指標のため、数字を稼ぐための工夫が重要視されがちだ。
まぁ俺の数字が大きいのは、純粋に活動歴が他より長いってだけだと思うけど。
だが、フォロワー数が多ければ多いほど良いとは一概に言いづらい。
ヘキサバースでの配信活動においては、上に立つ者にこそ大きな重圧がかかるものなのである。
:ってかさ、ユウ主はドミニオンやらんの?
「やっぱり出たな【領長】の話題。みんなの言いたいこともわかるけどさぁ……」
———ドミニオン、もとい【領長(ドミニオン)】。
ヘキサバースにて配信を行うためには、予め料金を支払って配信枠と配信ブースを借りる必要がある。
しかし、そのどちらも無限に存在している訳ではない。となれば、自然と配信枠の使用権限の奪い合いが発生してしまうのは想像に難くないことだろう。
ヘキサバースを運営する米国企業『HEXA-GONE』は、その奪い合いを一つのコンテンツと見なし、利益を生み出すショーとするべくとある仕組みを創りだした。
それが【領枠(テリトリー)】のシステムだ。
配信活動の主軸となる要素や、配信者の属性に関連した8つの【領枠】が設けられ、それぞれのトップランクに位置する個人に【領枠】の代表者として【領長】のポストが与えられる。
【領主】は、自身の管轄に所属する配信者に配信枠を割り振る権利が与えられるほか、彼ら自身が参加する【領枠】を奪い合うコラボ対決配信———俗に言う【領枠奪戦(テリトリーバトル)】は、勝てば大幅な配信枠拡大をもたらすハイリスク・ハイリターンに設定されているため、ヘキサバースユーザーの大半からは人気コンテンツと位置付けられている。
つまるところ、配信内容の属性によって国家みたいなのが形成されており、それぞれを治める代表者がいたり、その土地の奪い合いがあったりするわけだ。
そして、大半のユーザーはそれを面白半分で、時には賭け事の一つとして、消費している。
俺たち配信者側が微かに感じている不安なんて、何一つわからないままに。
:主の場合はもうほぼドミニオンみたいなもんや
:テリトリーバトルなんて関わらなくていい!!!
:サブカルはこのまま平和であるべきでしょ
<テリトリーバトルおもろいやろがい
<でも推しの配信減ったりしたら嫌だ!
<ユウ主だったら誰も文句言わないと思うけどなぁ~
俺が件のコメントを拾ってしまったからだろう、凄い勢いで文字列が溢れ始めた。
やはり、みんなそれぞれに思うところがあるのだろう———【領枠】のシステムが導入された当時から否定的な意見が消えることは終ぞなかったし、新参者ほど【領枠奪戦】に対して「そういうもの」と肯定的に捉えている者が多いようにも感じる。
リスナーからの意見がまちまちなのも相変わらずだ。
ちなみに【サブカル】とは、俺が所属している【領枠】の一つ。
サブカルチャーについて———つまりは日本の誇るアニメ・漫画・ラノベ文化を話題の中心とし、新作の感想を言い合ったり、アニメの展開の考察したり、気ままにまったりとゲームを楽しむような配信者が多いのが特徴だ。
そんな【サブカル】は現在、【領長】の席が空いている。
空いていれば、【領枠奪戦】で多大な損害を被ることもないし、誰かが過剰なプレッシャーを背負うこともない。
何より、ここに集まる人間は自分の好きなコンテンツに関して、誰かと一緒に楽しみたいだけで、争いに加担したいわけではない。だからこそ、誰かが【領長】になることもなく、数年間にわたってその均衡を保っていたのだ。
しかし、最近になって【サブカル】を狙った小規模の【領枠奪戦】が相次いで起こり始めている。
リスナーも、自分の『好き』や『楽しい』を奪われるのが怖いのだろう。
そうなれば、現在【サブカル】内で最もフォロワー数の多い“虹野ユウ”に白羽の矢が立つのも頷ける。
「気持ちはわかるし、小規模なバトルが起こってるのも知ってる……でもさ、その挑発に乗っちゃったら【サブカル】じゃなくなっちゃう気がしててさ。俺は、好きなアニメとかラノベの話をしたいだけなんだよ…………」
「面倒くさい」という本音は飲み込んだ。
配信を辞めたいわけでもないし、楽しいという気持ちに嘘はない。でも、「誰かがどうにかしてくれる」って決め込んで、現状から目を逸らすことが気楽でしょうがないんだ。
「ほら、真面目な話はいいから、新作ラノベのみんなの評価聞かせてくれよ!! ほらほら!! ハスハスしようぜ! ブヒブヒしようぜ!」
俺にどうにかできるわけが無い。
リアルに勝手に見切りをつけて、二次元に逃げて、ネットでしか自己表現をできないような俺に———“永野裕大”に、【領枠】を守り続けるだなんて大それたことはできない。
ほらな、第二話にして終始暗い話しかできていない。
ってか真面目な雰囲気に呑まれてボケようにもボケれへんねん。
きっと俺には、誰かのためになることなんて何もできないよ。
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