“非”実在配信者でも生き甲斐が欲しい!

筆崎泰平

第一章 自称”神様”は配信がしたい

第一章 第一話 プロローグには放送事故を

「———っで、では、そろそろ始めていこうと思う……ぞっ! で、良いのだよな!?」



 呆れるほど果てしなく広がる空。

 そこに、色とりどりのウインドウが乱雑に浮かび、四方八方へゆっくりとスライドしていく。

 コンビニエンスストアの新商品についての掲示か、新作ゲームのコマーシャル映像か、あるいは高速道路の渋滞状況に関する交通ニュースか———そのジャンルも重要性も多岐にわたる情報の奔流は、相も変わらず大半の人々からはスル―されている。

 このドライな雰囲気はある種の様式美と言えるだろう。かく言う俺だって目に留めることは極めて稀だ。

 みんなだってそうでしょ? 動画サイトのCMって、5秒経ったら速攻でスキップボタン押すでしょ? でも五回に一回くらいスキップボタンの存在しないやつ出てくるじゃん、あれ腹立つよね~♪ 俺も嫌い♪



 では、広告画像に対して全力でシカトを決め込んだ人々は何を目当てにしているのか。

 ———いや、まずは“人々”という単語が示す光景に関して、誤解を解いておいた方がいいのかもしれない。


 この空間内を闊歩している存在たちは、単に人型をしているというだけではない。

 赤、青、緑、桃色、水色、銀、金など、目も眩むほど色鮮やかで多彩な髪色をそれぞれが保有し、ある人は耳の先が鋭くとがっていて、ある人は夜闇のような漆黒に染まった肌をしていて、体型も身長も服装もバラバラで、それぞれのオリジナリティを明確に表現している。

 パッと見では、種族・宗教・伝統がごちゃ混ぜになりすぎたディストピアのようにも感じられる、そう思えるほどに現実味のない光景が広がっていた。

 まぁ実際、本当に現実のそれではないのだが。



「ぬ、主様……プロローグの途中で申し訳ないのだが、助けてもらってもよいかのぅ……!? もう、なにがなんだか、わからぬので……」



 ———はいはい、シカトシカト。

 こういうのは雰囲気づくりが大切なんだから、鍵括弧のついた文章であったとしても広告画像と同等かそれ以下の扱いをすることだってあるだろうて。

 俺は悪くない。うんうん。


「あ、目を逸らしたな主様っ!? な、なぜ助けてくれぬのだぁぁぁ!!?」



 閑話休題。

 まぁとにかくこの空間は、コマーシャル画像が宙に浮き、多種多様な外見を有する存在達が共存する、現実世界とはかけ離れた、もう一つの世界だということを俺は言いたいのだ。



 ここは、電脳世界『ヘキサバース』。

 とある米国企業が企画・開発し、同社が管理する巨大人工知能が管理・運営を行っている、全世界で30億人以上のユーザーに愛されるオンラインネットワークサービスだ。

 アカウントは、この世界において自分の分身となるアバターを設定、空間内を自由自在に歩き回ることが可能となっている。

 個人間のやり取りやネットショッピング、あるいは旅行先の宿の予約や高級品のオークションなど、ありとあらゆる情報・娯楽・生活・経済に通ずるこのコンテンツは、今となっては現実世界になくてはならない重要な要素の一つだ。


 そしてもちろん、この空間ではアバターを利用しての——————




「ぬ! し!! さ!!! ま!!!!」

「一言ごとに語気を強めるなや、聴こえてるって、わざと無視してんだって」

「もう十分に読者様への世界観説明は済んだであろう!? だから早く我を助けるのだ!!!」

「数行上の文章よく見てみろや、誰かさんのせいで途切れとるやんけ」

「この、下から上へと昇っていく大量の文字は何なのだ!?」

「落ち着け、呪いの文字とかではないから読んでも害はない———いや、時と場合によるか」

「向こうの広場に集まっておる奴らは我に何を求めておるのだ!?」

「落ち着け、別にみんなはお前に金銭を要求しているわけではないぞ、むしろ投げる側だぞ」

「…………もう何もわからんっ!! とは、いったい何なのだぁぁぁっっっ!!!」



 現在、俺の視界の先にあるヘキサバース内の広場———そこには、多種多様な外見を有したアバターたちが集まり、の一挙手一投足に注目している。

 そして『下から上へと昇っていく大量の文字』というのは、言わずもがなオンラインで見守ってくれているリスナー達のコメント。

 そのどちらもが、期待と羨望の眼差しを向けて、リアルタイムで配信を楽しんでくれているのだ。


 こんなに騒いでいるようじゃあ、ほぼ放送事故だと思うけど。



「言ったろ、これがお前にとって、なんだよ。自分一人でやり切らなきゃ意味ないだろ?」

「そんな狭義など知らぬ……主様が居てくれれば良い、それで済むではないか……」


 嬉しいこと言ってくれてるように聞こえるんだけど…………それって配信アプリの操作が面倒くさいってだけなんだよな。

 だが……この際仕方ないだろう。

 せっかく俺の分の枠を削ってまで、この配信の準備をしてきたんだ。開始ボタンを押した以上、中途半端な形で終わらせるなんて真似はしたくない。

 それは、コイツだって望んでいないはずだ。



「……わかった、わかったから! 俺も手伝うから、台本通りに自己紹介して、コメントの質問に答えるコーナーに入ろう。それでいいな?」

「……うむ、焦って狼狽し過ぎてしまった、すまない」


 …………唐突にシュンとしやがって。可愛いなコイツ。

 コメント欄にも、配信初心者様を優しくなだめる言葉が流れ始めている。


 :ゆっくりで大丈夫よ!

 :かわいい

 :ってかユウ主、しっかり介護したれや

 :ユウ主見損なったぞ

 :女の子の扱いがわかっていないヘタレ主



 ぅおい後半っっっ!!! 俺への罵倒やないかい!!!

 言っておくが、この配信が実現できたのも昨晩の俺の功績があったからで———




「———っでは、改めて……皆のもの、はじめまして、だ……! 

 我の名前は、“アマタ”…………えっと、“天寺アマタ”という。よ、よろしく頼 む……ぞ」


 :かわいい

 :アマタちゃん!!!

 :こちらこそよろしくー!

 :サブカルに新しいアイドルキタコレ

 :挨拶できてえらい



 ———たどたどしくはあったが、一息落ち着いた彼女の言葉は、凛としていた。

 台本をチラチラ見ながらで、緊張は払拭できてはいないけれど……それでも自分を主張して、どうにか会話を紡ごうという意思が確かにあった。

 正直言えば、数日前の時点で彼女の配信適性の高さは感じていた。

 それに……この配信枠をとっているのも、彼女自身が「やってみたい」と志願したからである。



「大丈夫だアマタ……俺がついてるし、視聴者は笑顔で待ってくれてる……!」



 ……俺はコイツと約束した。

 アマタの生き甲斐を、ずっと守っていくことを。


 ……俺はコイツと約束した。

 アマタが居てくれる限り、絶対に寂しさを感じないことを。


 ……俺はコイツと約束した。

 アマタの存在を、絶対に消えさせたりはしないことを。




「えっと、では皆からの質問を……『好きな食べ物』だと……? しかし我は何も食べる必要が無———

「っでえええいっっっ!! たっ、確か、おにぎりが好きって言ってなかったっけ…………な! だよな(下手くそウインク)!!」

「っっっそ、そうだ!! おにぎり!! 美味いよなぁおにぎり! うん、

 美味い! えっと…………美味いよなぁ……!! 何が好きかといえば…………う、美味いところだよなぁ……!」


 なんで自分で自分を追い詰めていくんだよ。墓穴堀りのプロか。


 


 ———とまぁ、これが俺の、“永野裕大”の、今の当たり前。

 自称“神様”がいて、そんな奴と配信活動をして、少しずつ日常が変化していく……そんな、新しい当たり前だ。

 

 こんな俺たちの、色んな意味で“非”実在の配信活動。

 アイツのためにも、気が向いたら見ていってくれ。

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