雪の宿

@ramia294

 

 人気の消えた、夜の公園。


 待ちあわせは、いつも。

 その人の住む家から、歩いて二分ほどの

 公園沿いの道だ。

 

 道を照らす街灯の冷たい光が届かない場所に、ひと目を避ける様に、僕のクルマは滑り込む。


 その人を待つ僅かな時間に、月も都合良く、雲の中に隠れた。


 その人は、僕のクルマを見つけると、いつもの笑顔で、手を振る。

 周囲を確かめた僕が、クルマに荷物を運び入れ、キャリアーにスキーを積む。

 夜の静寂の中、静かに滑り出した白いクルマ。    

 ヒーターは、二人をそっと温める。


 ふたりきりの時間。

 僕の胸の高鳴りに気づいた月が、雲から顔を覗かせた。

 浮き立つ気持ちをその人に伝えるために、一瞬だけ手を握り、そっとアクセルを踏む。

 走り出すクルマ。


 夜の高速道路は、クルマのヘッドライトの煌めく光が、春の小川の小魚たちのように流れる。

 季節は、真冬なのに、僕の言葉にその人は、笑う。


 真夜中。

 僕たちを乗せたクルマは、小さなパーキングに滑り込む。


 冷たい光の駐車スペースに、トラックが数台、ウトウトしている。

 運転手と共に、お休み中なのだろう。


 そのトラックからも少し離れた、光の届かない暗い駐車スペースにクルマを滑り込ませた。


 彼女の温もりを確かめる様に、そっと抱きしめる。

 心の中で、何かが溶けて流れ去り、消えて行く。

 入れ替わる様に、胸の中、温かさが流れ込む。


 スキー場の宿には、早朝に辿り着いた。

 荷物を預け着替えると、そのまま白銀の非日常空間に飛び出す。


 ターンで舞い上がるパウダースノーが、ゲレンデに戻るわずかの間にも楽しい思い出が積み上がる、ひと時。

 二人でリフトに乗る時間、二人の間の少しだけの距離が、もどかしい。


 宿は、温泉宿。

 

 二人の距離の近づく夜。

 温泉の香りがすると、お互いに笑い合う。

 

 深夜の宿に、雪が降り始める。


 二人の温泉の香りが混じり合いながら、夜が更けていく。

 積もっていく雪が、時折崩れる音だけが、凍えた空気を揺らした。


 翌朝は、早起きをして、ゲレンデに飛び出す。

 普段は、怖くて滑る事の出来ない、急斜面の上級者コース。

 万年初心者の僕たちは、圧雪不足のコースの端をヨタヨタ滑って行く。


 膝までの雪に、初心者のスピード制限を守る僕たちの滑り。

 楽しい一日が、あっと言う間に過ぎていく。


 スキー場の最奥部、

 ランチを二人で。


 少し早い時間に、切り上げる。

 二人だけ、

 一年に一度だけのスキーツアー。


 その夜。

 昨夜の時間を辿り直す二人。

 離れたくないと、お互いの身体と心に、

 喜びと寂しさを

 刻んでいく。


 真っ白な雪景色の非日常の温もりの時間はあと僅か。

 色の溢れた、冷たい日常へ再び戻る時間が近づいている事は、お互いに口にしない。


 翌日、

 来た道を逆に辿り、

 夜のあの公園へ、

 その人を送り届ける。


 その人は、

 家族の待つ家へ

 可愛い子供たちと

 優しい眼差しのご主人の待つ、

 温かな場所へ

 帰っていく。


 僕は、ひとり

 誰も待つ事のない、

 あのアパートへとクルマを走らせた。


 誰にも言えない。


 僕の秘密の

 恋。



         おわり




 

 


 

 

 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪の宿 @ramia294

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画