月と共に
見名
第1話
月と共に
いつから自分がいたのかは覚えていない。
なんとなく栄養を受け取ったり、壮大な音楽を聴かされたり、触れられたことがとても心地よかった。
そんな生活をしていた我が家も、ついには自分には不似合いな程に小さくなってきて、ついに私は外へ出ることになった。
外までの道のりは窮屈で、何度も引き返そうと思ったけれど、私を待ち望んでいる声が聞こえた気がして、手助けをされながらも出口を目指した。
初めて外の外気に触れた時、あまりの冷たさに身震いをし、産声をあげた。
コレが初めての記憶だ。
そこから少しずつ、少しずつ光を鮮明に見れるようになってきて、私に安心を抱かせる声の主の姿も明らかになってきた。
ある時スッと、まるでカメラのピントがあったかのように、一点に視点が定まった。
私が見ていたのは、まるで私のためだけに作られたかのような、丸い光への道だった。
私をいつも抱いてくれる人が息を漏らし、いつも唱えている言葉を呼ぶ。
その言葉に、なんだか私は惹かれてしまって、振り返ってみると、私がさっきまで見ていた光よりも明るい光を発したように見えた。
私はいつも眩しい四角が他よりも暗くなった時が好き。
私だけの道をつくってくれる光を見れるから。
ただ、少しずつその光は見えなくなっていく。
ぼやけていく視界に、振り返ったあの時の顔を見つけて、長い道の先にいる笑顔に無意識に手を伸ばした。
しかし、構わず歩みは止まらないし、笑顔の主は隣にもいるしで軽くパニックに陥った私は、つい泣き出してしまった。
しばらくすると、なぜ泣いているのかも覚えておらず、
ただ触れている温かさを噛みしめながら目を閉じた。
少しずつ、しかし確実に光は弱くなっていく。
不安からか私の息は荒くなり、気がつくと知らない場所にいた。
分からない場所。分からない人。分からない声。
いつも、私といるあの人は?
ふと、光が見える四角が見えた。
その四角からは、光の道は見えなかった。
彼と結婚してからしばらくして、私の妊娠が発覚した。
彼は喜んでくれて、親や友達も祝福してくれた。
この子が私と共にいる時は、暇にならないようにと彼と試行錯誤してネットの情報などで聞いたことも試した。
この子を考えている間が、二人で一人を喜ばせようとしている時間が、とても幸せだった。
ある昼過ぎ、辛さが増したので病院に行くと、そのままの流れで産むことになった。
みんなが慎重に、しかし忙しなく動き回り、私のサポートをしてくれた。
この子が完全に私との物理的なつながりが断たれたとき、まるで、月の見えない空を見ているように見えた。
朔。素敵な名前。
一体あなたにはこれからどれくらいの光が溜まるのかな。
朔はいつでも、月を見ていた。
その穏やかな光に惹かれていたのかもしれない。
私があなたに惹かれているように。
これから一体、いくつの表情を見せてくれるのか気になっているように。
しかし、私は見たかった表情の、ごく一部しか見せてもらえなかった。
私たちのいる廊下とは正反対の、まるで昼間のような照明と、目まぐるしく光る機械の中に朔はいた。
一つの電子音が鳴り響く。止まることのない一定の音程で。
私は、知ってしまった。
親のを知るよりも先に、三十日も生きていない子供で知った。
あそこにいるのは、私の子供だ。
朔。一度の月しか生きられなかったあなたへ。
精一杯の光をあなたに。
月と共に 見名 @Douna_Gen
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