十六.夢見竜と星の奇跡


 八日目の朝、司竜たちが滞在する最後の日。中央広場のすぐ側に建てられた大きな会堂には、朝から村長むらおさをはじめとした主だった者たちと住民たちが詰めかけていた。

 小さな村なので、滞在の間にハルとリュライオはほとんどの住民と顔合わせを済ませたらしい。いつも気難しい顔をしている村長むらおさのウルズが、今日はいつも以上に苦い表情をしているのが印象的だった。


 演壇のある講話室では集まった全員が入れないためか、大広間に椅子やクッションが並べてあった。前方中央に司竜ふたり、やや距離をあけて村長むらおさと役員たち。ティリーアたち家族は司竜たちの側に控えている。

 目立つのではないかと心配だったが、実際には存在感ある司竜ふたりが皆の視線を引きつけていたので、それほど気にならなかった。


 皆が集まり席が定まった頃合いに大広間へ入ってくる影がある。ひときわ大柄な黒髪の姿をティリーアは覚えていた。隣のアスラが身を乗り出して「シエラさんだ」と呟いたので、弟もいつの間にか顔合わせを果たしていたのだろう。

 彼の持つ『銀河の権能』は運命に関わるものだとハルは話してくれたが、どんな権能なのかを理解はできていない。シエラはこちらを一瞥いちべつし、にいと笑んで片手を挙げた。アスラが即座に手を振り返し、中央席にいたリュライオが彼にしては珍しく渋面じゅうめんになる。そういえば、反りが合わないとハルは言っていたが。

 ハルがシエラを手で招き、彼が中央席からやや村長むらおさ側に寄った席につくと、いよいよ会合の始まりだ。

 

「皆さん、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。彼は運命を見守る役目を持つ、銀河の竜。シィ・シエラと呼ばれています。この度の訪問で我々は『時の司竜』とまみえることができ、念願の計画が実行可能となりました。ゆえに、彼を承認者としてここへ呼んだのです」


 ティリーアの隣でアスラが驚いたようにハルを見た。どうやら、彼の計画については何も聞かされていないらしい。問うような目を向けられたので、そっと首を振る。黙って話を聞きましょうという意を込めてだ。

 ハルが言葉を切り、ティリーアに目を向けたので、彼女は察して彼の側へと歩み寄る。招かれるまま隣へ座ると、彼の腕が背中を回り込んで肩を抱いた。

 聴衆の面前でも躊躇ためらわない仕草に気恥ずかしさを感じつつも、彼がそれだけ強い意志でその『計画』を果たそうとしていることを実感する。


「彼女の持つ夢見透視の能力ちからについて、私はアスラ君から聞きました。ティリーアとも話して、確信しました。彼女には占術の才……時の竜と同じ魔力が宿っていると。ですから我々はこの能力ちからに『夢見竜クゥルマ・エル』という名を付すことを決定しました」


 思わぬ発表に驚いたのはティリーアだけではない。聴衆の間にざわめきが走り、村長むらおさのウルズがいきどおりに満ちた目を向けてくるのがわかった。反射的に心臓が冷え、身体が震え出す――と同時に、ハルの腕が包み込むようにティリーアを抱き寄せた。彼の体温に包まれれば、凍りついた全身がゆっくり解けてゆくように感じる。

 一部の保守的な竜族が人族を恐れていると、ハルは言っていた。もしかしたら、村長むらおさもそうなのだろうか。彼が変化をわざわいとみなすまでに恐れていたのだとすれば、自分は確かに彼のを実現したのかもしれない。


「大丈夫だ、ティリーア」


 耳元にぬるい息が掛かる。思わず心臓が跳ねたが、恐怖心からではなかった。そろりと顔をあげて頷けば、ハルは微笑んで腕を解いた。誰か――リュライオかシエラだろうか――が手を叩いて静粛せいしゅくを促し、場のざわめきが静まってゆく。

 まだ小声の囁きは漏れ聞こえていたが、ハルは構わず言葉を継いだ。


「もう一つは、先に話した計画についてです。司竜である我々は人間という種族に、一つの奇跡を贈りたいと考えました。竜族から人族へ親愛のしるしとして、魂に宿す星の魔力を」


 一瞬すべての囁きが止んで、会場は水を打ったように静まった。ハルの言葉がじわりと浸透するにつれ、先ほどより大きく村の者たちがざわめき立つ。

 星の魔力――とは何だろう。銀河の権能が運命に関わるものだとしたら、星の魔力も同じだろうか。

 ハルは人族は変化を恐れぬ種族だと言っていた。創造性に富み、物語を愛するとも。魔法と相性が良くないと言われるが、もしかして星の魔力なら人族の特性とも馴染みやすい、ということだろうか。

 まとまらない思考のままハルを見上げれば、彼は確信めいた笑みを口元にいて首肯を返す。それから、ざわめきに負けぬよう声を張って続けた。


「どうか知ってほしい。人間は決して取るに足りない存在などではありません。いだいた命の尊さも、広がる無限の未来も、何一つ竜族に劣ってはいない。彼らをさげすむ権利が誰にあるというのです。……りゅう


 ハルに愛称で呼びかけられ、リュライオは応じてその場に立ち上がった。細身で儚げな外見ではあるが、彼こそがこの世界ほしを始動した者であるというのは誰もが認めるところだ。誰もが固唾かたずを飲んで、リュライオの言葉に耳を傾ける。

 再び静まった聴衆を前に、ハルより若く見える創世竜は決然とした目で口を開いた。


「すべてのひとが互いを尊重し、それぞれの生命ときを精一杯に生きること。皆が手を携えあい、未来を造ってゆくこと。わたしはそれを願い、この世界ほしを造ったのです。そのわたしの夢に賛同できないというのであれば」


 続く言葉を、彼は躊躇ためらったのだろう。優しい気質の彼は、この村で見聞きしたことにずっと心を痛めていたに違いなかった。一瞬目を伏せ逡巡しゅんじゅんし、次に顔をあげた彼の表情からは迷いが消えていた。


「ここから出て、元いた世界へ帰りなさい。ここはわたしの惑星ほし、始まりの時よりわたしが大切にまもり続けてきた世界です」


 場に集った竜族の者たちは、もう何も言わなかった。完全に静まり返った場を引き取るように、ハルが声を掛ける。


「皆さん、全部を一度に変えるのは難しいことでしょう。ですがこれは提案ではなく決定である、と覚えていただきたい」

「そして銀河にありし星々は、この決定を支持し、承認する」


 何かの儀式のように、シエラが朗々と宣言した。場に満ちる戸惑い、困惑、それらすべてを内包した沈黙がそれに返る。この決定が自分たちのこれからにどう影響するのか想像できず、誰もが動揺しているのが伝わってくる。


「私たちの話は以上となります。お付き合いいただき、感謝いたします」


 閉会を告げるハルの言葉に、凍りついていた空気も動き出す。質問を投げかける者もおらず、ひとり、またひとりと家へ戻ってゆき、最後に残ったのは司竜たちとティリーアの家族、そして村長むらおさだった。

 彼は苦々しくティリーアを睨みつけてからハルに視線を転じ、吐き捨てるように言った。


「儂は反対だ。竜族と人族に、同等の価値があるなど、愚かな……」

「ウルズ殿」


 滔々とうとうと流れ出す侮蔑ぶべつの言葉を、ハルの強い声が止める。表情を歪める村長むらおさへ、彼は挑むような目ではっきり告げた。


「貴方にも礼を言わねば。彼女に素晴らしい名前をありがとう。貴方の意図がどうであれ、のですよ」


 村長むらおさが息を詰め、何も言わずに踵を返す。何も言い返すことなく足を早めて立ち去る後ろ姿を、ティリーアはぼんやりと見送った。

 魔法に疎い彼女にも、はっきりわかる。ハルは呪われた名の意味をに読み換えて、意味を上書きしたのだ。


 魔力をようする言葉を権能ちから持つ者が再解釈することによって成された、ささやかな奇跡。

 まさしく、呪いが祝福へ転じた瞬間だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る