十.揺れ動く想い
「ここで何をしている」
「おまえの家に今、司竜殿が泊まっているな。おまえはあの方々に一体なにを吹き込んだのだ。取るに足らぬ人族が竜族の
ここでの権威者は
「わかったならば、家から出ようなど思わないことだ。この村のどこにも、おまえのような者が踏み入って良い場所などない」
優しい父と気弱な母では、
うつむいたまま何とか会釈だけを返し、身を引こうとした――そのとき。ふいに大きな影が自分の影に重なり、肩に誰かの手が触れた。そのまま長い腕にやんわりと抱き込まれる。
え、と思う隙もなかった。視界の端に見覚えのある光色が見えて、心臓が跳ね上がる。見あげて確かめるまでもない、このひとは。
「長老殿、貴方は何か勘違いをされているようだ」
「光の司竜殿」
堂々とした穏やかな声は記憶に新しい。ハルのことばに、苦さを含んだ
肩と背から伝わってくるぬくもりと、頭上に感じる息遣い。彼はどこから今の会話を聞いていたのだろう。なぜひとりでここにいるのだろう。もしかして……彼も自分を捜していたのだろうか。
まさか、あり得ない、と内側の自分は囁くけれど。そんな甘いような切ないような想像が胸を満たしてゆくにつれ、先ほどの冷たい恐怖はゆっくり解けていった。だって、彼の腕は間違いなく――自分を
「ハルさま……?」
確かめるように小さく呼び掛ければ、彼は腕をゆるめてくれた。おずおずと見あげるティリーアを覗き込むようにして、ハルは優しく微笑む。
「君も、あんなに言われて黙って聞いているなんて良くないな」
思ってもみなかった苦言だった。彼の声に責めるような響きはないが、言われたことを受け止める以外にどうすれば良かったのだろう……と考えて、昨日のやり取りを思い出す。
そういえば自分は、初対面の彼に言い返したのだ。その時の
居た
「私たちは彼女から聞いたのではありませんよ、長老殿。事情は、彼女の弟であり時の司竜であるアスラ君から聞きました。ひどい差別を誘導なさっていたようですね」
確かに、居間に両親と自分を残して司竜ふたりもアスラも姿を消していたけれど。どこかでそういう話をしていたのだろうか。
立場と肩書を重んじる
「我々を、罰すると言うのですか」
「そうではない。私は貴方に、考えて欲しいだけだ。長老殿」
「貴方や、同じように考えている大勢の竜族にも考えて欲しいと思っているのですよ、私は。竜族が人族より優れた種族であると、誰が決めたのですか? 貴方の信じていることには、何の根拠もないのですよ」
光の司竜であるハルは、世界の始まりより
「行こうか。君が構わなければ、少し森のほうを案内して欲しいな」
耳の近くで囁かれ、我に返る。息を感じるほど近いのに、先程のような圧はない。案内できるほど森に通じているわけでもないが、この場を後にするにはちょうどいい理由づけだ。
素直に頷くと、腕から解放された。森に続く道へ向かうティリーアの隣に並び、ハルも一緒に歩き出す。
熱を帯びた鼓動はおさまるどころかますます高鳴り、涙はとうに止まっているのに感情が波立って心が苦しかった。
今のこと、これからのこと、胸の奥に芽吹いたこの、想いの名前も。
少し前までは簡単にできていたことなのに。今は、どうすれば自分の心を抑えることができるのか、見当もつかなかった。
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