五.邂逅


 第一印象は、とても堂々としたひとたち――だった。アスラはああ言っていたが、想像以上に若い。

 金色のひとのほうが大人びた雰囲気だが父よりは若そうで、青い髪のひとは一見すると女性のようにも見える。ふたりでこちらを見ながら何か話しているようだ。

 特に、金色のひとは会話の間もずっとティリーアから視線を外そうとしなかった。会うべきでない方々をこんな場所まで連れてきた弟の意図がわからず、どういう対応が正しいのかもわからず、ティリーアはただひたすら息を詰める。


 やがて金色のひとが青いひとを制し、こちらへ歩み寄ってきた。真昼のを弾く金の髪はゆるい癖があってやわらかな印象だが、男性らしい輪郭りんかくと姿勢の良い長身には権威者らしい威圧感がある。

 近づくにつれてわかる目の色は深い紫で、豊かな魔力の影響なのか不思議なきらめきをたたえていた。その双眸そうぼうが自分をとらえているという事実に畏怖いふしつつ、しかし目をそらすことも不敬に思えて、ティリーアは震えながら金色のひとを見あげた。


 すぐ前まで来ると、かれはふいに膝を屈めた。背が高いので見下ろす状態は変わらなかったが、芝生に座り込んだティリーアとの視線がさっきよりずっと近くなる。

 そこでようやくティリーアは、彼の眉と口元が穏やかに笑んでいることに気づいた。


「はじめまして、アスラ君のお姉さん。俺はハルという」


 ごく簡単な挨拶と同時に、手を差し出される。弟の小さくてやわらかな手とは全く違う印象の、力強く大きな手のひらだ。そんなものを前にして、いったいどうすればいいのか。

 今までの十八年間、真正面から挨拶された経験が全くないティリーアには、彼が何を期待しているのかがわからない。

 奇妙な沈黙がふたりの間を通り過ぎる。ティリーアが動くよりも、ハルと名乗った彼が何かを言うよりも先に、動いたのはアスラだった。


「姉さん、こちら光の司竜のハルさんと、風の司竜のリュライオさん」


 焦ったように両手を動かしながら早口で説明したあと、弟の表情がいつもの得意げな笑顔に変わる。続いて飛び出したのは、ティリーアにとって――おそらく両親にとっても衝撃的な報告だった。


「おふたりはしばらく村に滞在するんだけど、今晩はぼくたちの家に泊まるんだって」


 どうして、と聞き返しそうになるのを、飲み込む。もはや誰を見て話せばいいかもわからず、ティリーアは視線をどこでもない場所へ向けて、弟の言葉を反芻はんすうした。

 なぜ、どういう経緯で、そんなことに。

 考えてもわかるはずはないが、ここで尋ねるのも無礼なことだろう。


「ハル様と……リュライオ様?」


 なぜ、なぜ。混乱する頭で、なんとかふたりの名前を記憶する。力のある竜族であれば魔力の有無は見ただけでわかるらしいので、危惧きぐしていたほどかれらが人族を嫌悪していなかったのは、よかった。

 けれど、かれらが真っ先に接触したのがアスラだったこと、滞在場所に我が家を選んだということからすれば、来訪の目的が弟なのは間違いないだろう。

 昨夜の悲しい想像がよみがえってきて、ティリーアは沈んだ気分を悟られまいとうつむいた。それをどう受け取ったのか、ハルと名乗った金色のひとは彼女を覗き込むようにして話しかけてくる。


「しばらく世話になるよ。きみの弟のアスラ君とは、ここに着いてすぐに友達になったのでね。君とも、仲良くできたら嬉しいな」


 威圧的な存在感とは裏腹に、低く優しげな声音だった。何とか顔をあげて見返せば、彼は目を細めて微笑み返してくる。意図がわからず戸惑うティリーアだが、彼の表情が作り笑いでないことはわかった。

 自分の村での扱いをよく知っている弟がわざわざ連れてくるほどなのだから、かれらは人族を嫌ってはいないのかもしれない。ふわっと浮かびあがった安堵感にほぐれかけた心が、続けられた質問に、凍りつく。


「君の名前は?」


 ――名は、魂の本質いろと結びついているという。『猛き者アスラ』という意味の名を持つ弟が、言葉通り果敢で物怖じしない気質であるように。絶え間なく悲しみを生みだす『涙の泉ティリーア』という名は、彼女が呪われた存在であることを示しているのだ。

 彼の優しげな微笑みが嫌悪と拒絶に染まる様子を想像してしまい、悲しみのかたまりが喉をふさぐ。一度まばたき心を静めてから、ティリーアは感情こころをできるだけ平坦にして、小さく答えた。


「……ティリーア」


 少し離れて見守っていたらしい青いひとの反応は、素直だった。息を飲み、それから痛ましげに表情をくもらせる。一方、金色のひと……ハルは表情を変えなかった。穏やかに笑んだまま、告げられた名前を確かめるように口にする。

 名を呼ばれる恐怖感に彼女が身を震わせた、と同時に、ハルが口を開いて、ささやいた。


「綺麗な響きの名前だね。とても良い名だと、俺は思うよ」


 その瞬間、胸にあふれた感情を何と言い表せばいいのだろう。驚愕きょうがく、疑い、安堵、そして――種粒のような、期待と。

 本当に、と心が問う。けれども、それを口にすれば否定されるかもしれないという怖れが期待を凌駕りょうがし、言葉になり損ねた息が唇を震わせた。


 返答に迷い、動揺する心を抑えて彼女がようやく発することができたのは。


「嘘……」


 そんな、拒絶のような一言だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る