四.風と光の訪れ
あれだけ偉いひとの来訪を楽しみにしておきながら、弟は朝食後すぐに家を抜け出しいなくなってしまった。見苦しく思われないよう家の周囲や庭を一生懸命に掃除している両親の姿を見て、手伝いを言い渡されない内に逃亡したのだろう。
「おまえは目立たぬよう、裏庭にいなさい。人間の娘を養っていることを司竜たる方々に見
それもそうだ、と彼女は納得する。今は
自分が村を出て済むならまだ良いが、そうなった場合に弟が黙っているとは思えない。昨夜のやり取りを思い出し、ティリーアは心に氷が落ちたような気分になった。万が一にも創世主の怒りを買うことになれば、家族や村を危険にさらしてしまう。
「はい、わかりました」
素直な
客を迎えるため整えられた表庭と違い、裏庭にあるのは背の低い庭木と小さな倉庫だけだ。芝生が敷き詰められているので腰を下ろすことはできるが、長時間となるとつらいかもしれない。大きめのクッションも持ってくれば良かった、とちらり思ったが、父の安堵した顔が浮かんでティリーアはすぐあきらめた。
木陰に肩掛けを敷き、長いスカートを
こんな良い日和に、部屋に引きこもって悲しい想像に暮れているなんてつまらない。来訪者たちが弟を引き取る目的でくるのだとしても、今日すぐにとはならないだろう。かれらが村に滞在するとしても、迎え入れるのは
読むつもりだった本が指の間からすり抜け、膝に落ちる。なんだかひどく眠たくて、頭の中がふわふわしている。子竜が眠るように背中を丸めてティリーアは芝生の中にうずくまった。全身を包むやわらかなぬくもりと、頬に触れる芝生のひんやり感が心地よくて、意識が遠のいてゆく。
ちらちらと、眼裏に光の欠片が踊っていた。
この感覚はわかる。自分は今、真昼の夢へと
幼少期から、彼女は夢をよく
とても具体的な場合もあれば、
両親に伝えたことはない。どう説明すれば理解してもらえるかわからなかったからだ。弟のアスラには伝えている。『時』の権能を持つ弟は
だが、ティリーアの身体に魔法力が宿っていない事実は変わらない。父も母も信じてはくれなかった――単に理解できなかっただけかもしれないが。そして両親も弟も、当然ティリーア自身も、この不思議な現象を
夢が告げるイメージは良いことばかりではなかったが、長寿で魔法力にあふれた竜族が住む村では、不幸な出来事など滅多に起きるものではない。ましてティリーアの生きてきた狭い世界の中で降りかかる不幸など、せいぜいが天候の悪化や野生動物による作物被害、程度のものだった。
原理が理解できないとしても、幼少時から共にあるその夢はティリーアにとって怖いものではなく、安心して眠りをゆだねられるものだ。けれど、これは何か――いつもの夢とは違っているように思う。
閉ざした視界に残っていた光が、まるで真昼のように強く輝いている。確かに今は日中で、太陽は朝より強くなっているはずではあるが。
空は高く、ひたすらに
夜に輝く幾千の星を集め寄せても、太陽が放つ輝きを超えることはできないのだ。ただ一つの
「……、……さん?」
聞き慣れた声が呼んでいる。
「ねえさん、起きてよ」
途端に、ふわっと意識が浮上する。重い
どうやら眠っている内に
「大丈夫? こんな日当たりのいいところで寝ていたら、頭、痛くなっちゃうよ?」
弟が心配そうなのは、自分が
実のところティリーアはまだ現実をうまく認識できていなかった。弟の
光が
ふいにそれが意味するところを理解し、ティリーアの胸に凍りつくような恐怖が差した。
このふたりこそ、噂の来訪者ではないのか、――と。
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