三.予感
「この世界をつくったひとらしいよ、そのひと」
続けて告げられた言葉の意味を、ティリーアはすぐにはつかめなかった。世界をつくったひと、とは――創世主ということだろうか。
何と答えたものか考えあぐねている間にも、アスラはひとりで喋り続けている。
「みんな『
来訪するのが本当に創世主であるなら、あまりに不敬な言い草である。ティリーアは一瞬呆気に取られ、それから可笑しさが込み上げた。
弟は
とはいえ権威を
「アスラ……高貴な方にそういう言い方は失礼よ?」
「いいじゃん、別に」
苦言を程してみたものの反省の色なく流されてしまい、ティリーアは苦笑した。弟は普段から
言い諭すべく言葉を探すも、アスラはもうその話を続けるつもりはなさそうだった。身軽く窓辺へ駆け寄り、勢いよく押し開ける。途端に冷涼な夜気が部屋の中へ流れ込んできて、思わずティリーアは身を震わせた。
「見て!
肌寒さも忘れてティリーアは、窓で切り抜かれた絵画のような夜景に見入っていた。
「みんな、夜は魔の時刻って言うけど、そんなことないよ。どうして、誰もわからないんだろう」
窓枠から身を乗り出すようにして見あげながら、アスラが呟く。弟の目に映っているのは現実の光景だろうか、あるいはその向こう側に別の光景を
幼いながらも司竜である彼は、時々こんなふうにつかみどころのないことを言う。銀の髪を夜風に遊ばせて物思いに
(今でさえ、あなたの目にはずっと広い世界が見えているのね)
ずっとそばにいて支えてほしい、なんていうのは、身に過ぎた願いなのだと、本当はわかっていた。
竜族と比べ、人族はずっと短い時間しか生きられない。司竜として永遠すら生きるであろう弟のこれからに比べれば、自分が姉でいられる期間などほんのわずかだ。
(わたしはもう……十分すぎるくらいに、良くしてもらったわ)
産まれてから十二年の間、弟はずっと自分を愛し、支えてくれた。他愛のないお喋りをし、一緒に眠り、お菓子を作って食べたりした。両親だけでなく村の大人たちにも、あの
思い返せば思い返すだけ、温かで楽しい思い出はあふれてくる。本来なら分不相応だったはずの幸せを、弟はこれまで目一杯与えてくれたのだ。
これ以上を望むのは、贅沢というものだろう。
明日、訪れるという誰かが、本当にアスラを迎えに来るのだとしても。明日が、弟と別れの日になるのだとしても。精一杯の笑顔で気持ちよく送り出そう――と。
光りはじめた夜の星へ誓うように目を向け、ティリーアは密かに決意したのだった。
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