二.姉と弟
賑やかな足音が木造りの階段を駆け登ってきて、部屋の扉が勢いよく開けられる。予測はしていたものの、予想以上の大きな音に驚いて身体がびくりと跳ねた。どうやら弟は、怒っているらしい。
竜族の髪と目は身に宿す魔力を反映した色となる。実の弟ではあるが、アスラの髪は姉と対照的な銀色で、
両手で抱えられた大きめな
それにしても最近はますます行動範囲が広がって、母が心配するのも当然だろう。
「どうしたの? アスラ」
やっぱり反抗期なのかもしれない。
姉相手とはいえ、ノック無しで飛び込んできた失礼を自覚したのだろう。
「なんでもないよ、姉さん。それよりこれ、見てよ。姉さんにお菓子作ってもらおうと思って、いっぱい
気まずそうな表情から一転しての、得意顔。少し短気なところはあるが、弟は感情がわかりやすい。その素直さを愛らしく思い、ティリーアの口元は無意識に
「ありがとう、アスラ。こんなにたくさん、大変だったでしょ」
「
えへん、と今にも口に出しそうな笑顔で語られた事実に、ティリーアはなるほどと納得した。
新しい魔法、それも
不意に寂しさが胸に差す。
誰にとっても価値のない自分と違い、弟は、村の皆が――そして世界が待ち
いずれ竜族の
司竜とは、世界の
世界には今、四柱の司竜が存在しているという。
光、風、水、に加えて、記憶をつかさどる司竜もいるらしい。弟アスラは新たに産まれた司竜、それも記憶の司竜に並び立つほどの特殊な権能を持つ『時の司竜』なのだ。
アスラが産まれたのはティリーアが六歳になろうとしていた頃だったので、よく覚えている。それまで母を
両親にとっては、救いだっただろうと思う。
ティリーア自身も、弟の存在にどれほど救われたかわからない。両親も村の者たちも相変わらず彼女には冷たかったが、弟アスラは違っていたからだ。
竜族は卵から
竜は人と違い、
アスラはこんなふうに幼少時から好奇心が強く活発で、しかもなぜか両親よりも姉に懐いていた。言葉も話さぬ子竜のときから反抗期の今に至るまで、親や村の者らの小言をものともせず、変わらぬ態度で慕ってくれる。
ティリーアが孤独な日々を耐え抜いてこれたのも、弟がいてくれたからこそだった。
司竜の役割がどういうものなのか、ティリーアはもちろん両親も知らないらしい。
その日が来ることを考えると心が
「そういえばね、村のみんなが言っていたんだ。近いうちに、なんか偉いひとが村に来るらしいよ? どんなひとなんだろうね」
慌てたような早口でアスラが言ったのは沈みかけた空気を察したからだろうが、逆効果だった。思わぬ報告にティリーアは息を飲む。
今しがた想像していた未来がついに訪れてしまうのでは、と。
「ふぅん、そうなの」
好奇心の強い弟が新たな出会いに浮かれているのがわかる。きっとこの子はこうやって、どんな場所にも出て行けるだろう。新たな場所で新たな縁を得、世界を広げてゆくのだ。
寂しい想像に胸が
ティリーアとしては、早くこの話を終わらせてしまいたかった。しかし弟はそんな姉心は気づかないようで、声を弾ませ話を続ける。
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