第5話

 アタシはさまよっている。

 別に、変な意味じゃなく、現実としてそれしかする方法がない。

 今日も、あの子は母の家に来ていた。

 夫は、先に成仏してしまって、独りぼっちになってしまった。

 それにしても運が悪いってこのことだよね。何か、車が突っ込出来て、二人とも即死、あり得ない。

 だって、アタシもっと、アタシもっとずっと、したいことがあったのに。

 そう思うけど、成仏するときの夫の無表情を思い出すと、足元が救われたような気持になる。

 死ぬとはきっと恐ろしいことなのだ。

 ホント、何で人間って怖いって感情持ってるのかしら。

 毎日、脅えながら娘を見ている。

 娘は、私達の想像と違ってたくましく、一人で何でもしていける子だった。


 じゃあ、アタシの気がかりって何だろう。

 何が気になって、成仏できないのか、分からない。

 

 夕方になると、娘は祖母の家、つまりアタシの母の家へと向かう。

 それはまあいいけど、気にしているふりをしながら、後ろをついていく。

 娘が運転する車であったって、アタシは乗らない。

 もう車はこりごりだ、勘弁してほしい。

 なんて、言ってるうちに着いた。

 「おばあちゃん、栞です。」

 律儀にそう名乗って、室内へと入る。

 別に、あんなババアにそんな丁寧になる必要なんかないのに、とか思っている自分が、滑稽だった。

 アタシの母は、ぐちゃぐちゃになった家計を、何とか支えてきた努力者である。というか、ただ生きよう、流されて生きよう、という気持ちが強くなければ、それは達成しえないのだと知っている。

 だから、アタシは母のそういう所が嫌いだった。

 それで結局、おかしくなってしまって、ストレスがたまりすぎたのかもしれない。だけど、それは当然だ。だって、自分を殺して、それで生きていけるわけがない。自分を捨てて、幸せになれるわけなんて無いのに、母はそれが全く分からないようだった。

 はあ、アタシはため息をついて、家を出る。

 が、体が少しずつ透明になるのを感じる。

 そろそろ、ととても意外に思った。

 別に、何か未練を達成したって訳じゃないのに。好きでもない母と、娘を見ていただけなのに。

 最初は悔しいような気持だったけれど、思い出してみれば夫の時もそうだった。

 ある時急に、体が透明になってこの世を去る。

 いや、本当にこの世を去るのかは知らないけれど。

 とにかく、アタシ自身が消えるのは明白だった。

 永遠などない、寂しくても、これからもあの子は一人になってしまうのだろうか。

 しかし、アタシの体はどんどん存在を失くしていき、夫と同じように感情が無くなり、無表情になっていく自分を感じる。

 ああ、そうか。

 アタシは、分かった。

 消えるその瞬間、理解した。

 アタシはもう関係ないのだ、関係することはできない、それだけ。

 ぼんやりとしたため息のような音を立て、アタシはいなくなった。

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笑い種 @rabbit090

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