第4話 

 高校生の頃、母はよく言っていた。

 「あのね、栞ちゃん。大学行ってもいいけど、勉強する必要はないからね、って。」

 そうなことをなぜ言うのか、心底分からなかったけれど、母がそういうのなら何か、理由があるような気が自然としてしまっていて、私はこっくりと頷いた。

 しかし、勉強は好きだ。

 私は、勉強がとても好きだ。

 そのことに気付いたのが、高校生の終わりだったということが多分よくなくて、でも始めてしまったらのめりこんですぐに合格へと届くことができた。

 「おめでとう。お母さん、うれしい。お父さんも喜んでる。」

 そう言っていたけれど、本音は違うのだということを知っている。今でこそ、そこそこの資産家として生きているけれど、母の実家は家庭、という形を保っていられない程に不安定なものだったということを、私は知っていた。

 祖母、というか母の母、母は毛嫌いして会わない、と言っていたけれど、父がたまに会いに行かせてくれていた。

 そして、

 「いらっしゃい。よく来たね。」

 と言いながら私を出迎えてくれる無邪気な祖母を見てなぜ、母はあんなに嫌な態度をとるのだろうと不思議に思った記憶があって、でもその後、ゆっくりと事情は判明していった。

 「いらっしゃい。よく来たね。」

 祖母は、ちょっとおかしかった。きっと、おかしいという言い方は良くないのだと思う。けれど、年齢のせいとかではなくて、母はずっと祖母と暮らしてきて、祖母の面倒を見て、自分の青春など無かったのだ、だから。

 別に嫌っているわけではない、という事だけは分かった。

 そして父は、また私を祖母の元へと連れていってくれている。

 私は、ただ黙って状況を呑み込んだ。

 母は、いつもぼんやりとした顔で、現実を見ようとしていなかった。

 しかし、死んでしまったら、何一つ解決しない。

 でも私はまた、祖母の家へと向かった。

 唯一の連絡が取れる肉親、話が通じないところはあるけれど、それでも人が良いという事だけは分かっている。

 私は、ただ、車を走らせて、祖母の家へと急いだ。


 「バタン。」

 一人で来るのは初めてだ。

 けれど、もう何度も通っているから、人見知りはしない。最初の頃は、祖母と会うたびに人見知りしていたものだった。

 「おばあちゃん、栞です。」

 「…ちょっと待って。」

 どたどたと急ぐ音がする。一応、行くことを伝えていたけれど、祖母はそういう全てを忘れてしまうのだ。

 「ごめん、もしかしてくるって言ってた?」

 不安げな様子で私に尋ねてくる。だから、

 「うん、一応言ったけど、でもこれで失礼じゃないよね。」

 「…はは、栞ちゃん。入って。失礼とか、ないのよ。」

 と言って、祖母は笑った。

 私は祖母のうっかりを、ごまかすための手法を常に考えている。

 けれど、やっぱり祖母は、すごくいい人だ。

 けれど、甘えることができない。どうしても、心を完全に預けられる人間にはなってくれない。

 私は、そんなことを考えて、打ち消していた。

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