第25話 スーの夜明け -1- 最後の時間
ホシフリ岩から下りるとゴウが待ってくれていた。
「話できたかい?」
「うん、ホシヨミがいろいろ話してくれたよ」
ゴウは黙って「どんな話だった?」と言いたげに、ボクの言葉を待った。
「あー、なんかいっぱいあり過ぎてまだ整理できていない」
たった今ホシヨミから聞いた話が頭の中を駆け巡っていた。
「えーと、まず、生まれてきたことに理由はないって、すっぱり言われて、気持ちが楽になった。それってボク変だよね」
欲しかった答えがもらえたわけではないのに、妙にスッキリとした気分だった
「そうかな、変じゃないと思うけど」
「変じゃない?」
「変じゃないよ」
頭から否定されてスッキリした。自分でも初めての感覚だった。
「それから、どう生きるかに意味があるって。それと、自分が幸せだと思える生き方をしろって。そんな内容だった」
「自分が幸せと思えるかかあ、だったら僕はいま幸せだな。ふふん」
ゴウは幸せだと思えているのか。
ゴウは人に左右されず、自分の生き方を貫いているところがすごいもんな。ボクも見習いたい。
「ゴウ、聞いてくれる?」
ゴウは優しく笑みを浮かべ、ボクの次の言葉を待った。
「ボクまた学校に行くよ。行ってみるよ。行ったらどうなるかわからないけど、何かあったらその時また考える。とにかくまた行ってみようと思うんだ」
昨夜から考えていたが、ホシヨミと話してみて、更にその思いが強くなっていた。
「そうか、スーがそう決めたのなら、それがいい」
「いきなり全授業じゃなくて、まずは美術の時間あたりからだけど」
「ふふん、いいじゃないか」
不登校になり、家に引きこもって半年。長い時間だったし、あっという間にも感じた。
あやしの市に来たことで、ボクの中で何かが変わった。
何が変わったのかがまだ自分でもはっきりとは言えないけど、一歩前に進んでみようと思っているのは本当だ。
「あれ?リリとタタは?」
「市に戻って行ったよ。今夜が最終日だからな」
そうか、山から下りられるのも今夜が最後だもんね。時間取らせちゃったな、気の済むまで遊べばいいや。
「僕たちも戻るかい?」
「そうだね。ボクも最後にもう一度皆に会っておきたい」
ボクはゴウと山を下り始めた。帰りは下り坂だから自然と足が早くなる。
見下ろした山のふもとには紫色の雲海が広がっている。
「ゴウにもらったアルバイト代がまだ残ってるし」
「そうだな、持って帰っても元の世界じゃ使えないからね。全部使っちゃえ」
「あそこのタコ焼き、おいしいよ」
「ふふん、ルキヤとジュキヤの店だろ?あー、こっちじゃハルオとテルオか」
「え?ゴウ、なんでその名前知ってるの?」
ゴウの口から二人の本名が出るとは思わなかった。
「知ってるもなにも、彼らは僕がお世話になった家の子供だよ。随分前だけどね」
そうだったのか、それは驚いた。
「家の中で迷子になるぐらいの大きなお屋敷でね。
二人がコソコソと家出の相談してたのを僕は聞いていたよ。二人共まだ考え方が子供だったから、大丈夫かなあと心配はしたんだけど、自由のない生活も気の毒だったしね。
そしたらある日、本当に家を出て行っちゃった。テレビを観てたら急に〝じゃんけん勝ったから行くぞ〟とか二人で言って。
家中が大騒ぎになってその後が大変だったよ」
すごいな。ゴウはあの二人の歴史の立会人だな。
「そしてあやしの市で十何年ぶりに再会したんだよ。最初は気づかなかった。
だって見た目が、何て言うか二人の風貌が……えらく変わっちゃってたからね。ふふん、そのー、言いにくいけど……サラサラしてフサフサだったのになあ……
まあ苦労したんだろうな。
ジュキヤは働き者になっていたけど、ルキヤは口ばっかりだったからさ、ちょっとガツンと言ってやったよ、ふふん」
二人は十八歳で家出したと言った。今の姿から彼らの十八歳の姿が、ボクにはまるで想像できなかった。
「あの家ではクロスケと呼ばれていたよ。アニメ好きの妹が名付け親。
あの、ほら、マックロクロスケっていったかな?好きなんだって、それが出てくるアニメが」
ゴウはたくさんの家族を見てきたんだろう。ゴウの物知りなところとか、思慮深いところも、そうしたことと関係しているんだろうな。
そして何よりもゴウはボクに優しくしてくれる。だからボクもゴウになら何でも話せる気がする。
ボクなんか自分のことで精一杯なのに、どうしたらゴウみたいに、人に優しく親切になれるのだろう。
ボクはゴウという存在が、とても大きくなっていることに気づいていた。
そして最後の時間が迫っていることも、十分にわかっていた。
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