第23話 星をよむ人 -3- 星とともに
「名をなんと申す?」
まさしく銀河と呼べる星空を見上げたまま、ホシヨミが口を開いた。
「スーです」
「スー、か。十と三つじゃろ?」
「え?」
「お主の歳じゃ」
「あ、はい。今十三歳です」
「来月の二十九日で四になる」
「は、はい。そうです」
なんだこの人。
なんでボクの年齢や誕生日を知っているのだろう。
ホシヨミは丸めた頭に着古した衣服を身にまとい、ゴザの上で胡坐をかいている。
顔には深いシワが刻まれ、前の地面には木製の定規や分度器、小さな望遠鏡のような物が並べて置かれてある。
「ホシフリ岩には齢十五まで入ってもよい。大人はホシヨミとなった者だけが立ち入れる」
ホシヨミになる?
「ホシヨミって名前じゃなくて当番みたいなものですか?」
「当番?そんなこと言われたのは初めてじゃ。ふふ、まあそのようなものじゃな。ワシらタツオイの中から一人だけが選ばれる」
「タツオイって?」
「ワシら部族の名じゃよ。よその者は勝手な名前で呼んでおるがのう」
狩竜民のことか。自分たちには自分たちの本当の名前があるわけか。
タツオイ。そっちの方がカッコいいな。
「そのホシヨミって、選ばれて何をするんですか?」
「星を読むんじゃよ。星の動き、銀河の流れを読んで竜の現れる時を知る。更には一族の諸々の行事ごとの日取りを取り決める」
「竜を狩るって聞きました」
「うむ。ワシらは年に一頭だけ竜を狩る。
竜はその身を食料とし、肝や骨は薬となり、ウロコや爪は飾り物にして下界で金品と交換する。
部族皆が生きていくには年に一頭で充分じゃ。ワシが時を知らせ、ヨシツギが仕留める」
「ヨシツギ?それは?」
「部族一番の勇者じゃ。代々伝わるホシノツルギで竜を苦しめずに一太刀で仕留める。
竜は夏の赤星が南の空にのぼった時から、七番目の雲に乗って現れる」
ホシヨミが指揮官で、そのヨシツギが実行隊長みたいなものなのかな。
「タツオイの人たちは何人ぐらいいるんですか?」
「今は二百と十五じゃ。ほれ、あの辺り」
ホシヨミが指さした山の斜面に、張り付くようにして点在する家屋が見えた。
「お主はこんなにきれいな星を見たことがあるか?」
ホシヨミが天に向かって両手を大きく広げた。
「いいえ、初めてです。びっくりしてます」
「そうじゃろう。下界は人間が空を汚して、自分たちで星を隠してしまったからのう。もったいない」
全くその通りだ。星空がこんなに美しいなんて今まで知らなかった。
「星はその役目を終えると地に落ちるが、またどこかで新たな星が生まれる。天の星は常に生まれ変わっておるんじゃ」
「役目を終えた星は流れ星になるんですよね?」
「ああ、そうじゃ。そうそう、なんでも下界ではそのかけらを拾い集めて菓子にしておるんじゃろ?なんと言ったかの、パ、パプ、パプコ……」
「ポップコーン?」
「おう、それじゃそれじゃ。そのポプコン、この間ワシも初めて食うたぞ」
え?星くずのポップコーンを食べたの?
「孫が持って帰って来てくれての。ひと口いただいたわい。口の中で弾けるように暴れてすぐに消えた。驚いたのー。ホホ。
死んだ星が生きとし者の体内に取り込まれ、また命が循環する。味も悪くはないの、ホホ」
ホシヨミがポップコーンを口にした時の顔を想像して、ボクはちょっとおかしかった。
「リリとタタにここへ連れて来てもらいました」
「ほお、二人を知っとるか」
「はい、ホシヨミさんのお孫さんですよね?」
「そうじゃ、二人はワシの大事な孫たちじゃ。あの子たちの父親、即ちワシの息子が今のヨシツギを務めておる」
へえ、リリとタタはすごい一家の子どもたちなんだ。知らなかった。
「タツオイの子どもたちは年に七日間だけ山を下り、下界に触れることを許される。外の世界を知ることも成長のためには必要なことじゃからな」
年に一週間だけ山を下りるというのは本当だったんだ。
「ホシフリ岩の上で子どもたちと話をするのもホシヨミの務めでな。ワシはワシで子どもたちから教えられることがある。
子どもは自由な発想をするからの、時たま突拍子もないことを言ったりしよるし、下界で聞いてきた話をいろいろ聞かせてくれるわい、ホホ」
ホシヨミは愛嬌を崩してあごをさすった。
「二人は上に上がって来んの。ホホ、お主に遠慮しとるのか。そんな気遣いができるようになったとはの、子が成長するのは早いのう」
「あの子たち、いい子たちですね」
「ワシらタツオイは尻尾を持って生まれる。竜の命を受け継いだ証じゃ。成長と共になくなっていくがの。尻尾が消えれば一人前じゃ、ホホ」
そうなんだ。おたまじゃくしがカエルになるみたいだな。
「リリはいずれワシの何代か後のホシヨミになるじゃろう。利口な子じゃからの。
タタはどうかのう、ヨシツギに相応しい能力を持っておるが、これからの本人の行い次第じゃろう。
二人とも将来が楽しみじゃわい。ま、その頃にはワシは星になって天からこっちを見とるがのう、ホホホホ」
ホシヨミは嬉しげに夜空を見上げた。
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