第22話 星をよむ人 -2- 岩の上の聖人

「これが銀河山よ」

 リリが指をさした。

「頂上まで行くのよね。道は一本だからちゃんとついて来てね、フフ」

 リリとタタは裸足でスタスタと先に登っていく。

 ここからは傾斜が少しきつくなった。ボクとゴウは二人に遅れないように坂道を登った。


「ゴウはここに来たことあるの?」

「僕は最初に銀河山の方に来たんだよ。家出して夜の散歩をしてたら迷い込んじゃった。

 そこでリリとタタに出会って、あやしの市を教えてもらったんだ。ちょうど一年前にね」

 そうだったんだ。

 この山も元の世界とどこかでつながっているということか。


「スーの残りの宿題を片付けないとな」

「残りの宿題?」

「生きている意味、だよ」

 生きている意味か。うん、確かに知りたい。

「そのホシヨミ?あの子たちのおじいちゃんってどんな人?」

「ホシヨミは一族の中でただ一人の特別な存在。一族すべての命を預かっているから、皆から大切にされ尊敬されている。いつも冷静で何事も見通す力を持ったお方だよ。聖人みたいかな」

 へー、すごい人なんだ。

「その人の話を聞いてごらん。スーの最後の宿題の答えが見つかるかもしれないから」


 最後の宿題か。


 ボクはなぜ生まれてきたんだろう。

 生きている理由ってなんだろう。

 苦しんだり、イヤな思いをしたりして、それが一体何になるっていうのかな。


 生きていれば良いこともあるって大人は言うけど、良いこととそうじゃないことはどっちの方が多いの?

 幸せそうな大人の方が少ないように思うのは、ボクの気のせいだろうか。

 だったらしんどい思いをして生きることに、何の意味があるのかな。


 登り坂はずっと続いている。リリとタタは裸足でスタスタと先を登っていく。

 ボクは少し息があがってきた。半年も部屋にこもりっきりで運動不足を痛感した。

「スー、がんばって!」

「ははは、がんばって!」

 年下の子どもたちに笑われたのが恥ずかしかった。

「もうちょっとだ、がんばれ」

 ゴウも二本足でしっかり登っている。ボクは遅れまいと三人になんとかついていった。


 どれぐらい登っただろう。開けたところに出た。おそらくこれが山の頂上だ。

 前方に二階建ての家ぐらいの黒光りする大きな岩があった。

 そのてっぺんに座り込んでいる人影がある。じっと動かずに夜空を見上げている。


 驚いたことに、頭上には今まで見たことがないほどの星が瞬いている。

 星は今にも降ってきそうなほどで、ボクはその美しさにしばらく言葉を失い、ただ呆然と見上げていた。


「さあ、行っといで」

 ゴウが岩の人影の方を手で示した。

 あそこに?

 一人で行くの?

「これはホシフリ岩。彼ら狩竜民の聖なる場所。あそこに座っているのがホシヨミだよ」

「そんな場所にボクが入っていいの?」

「ああ、大人はホシヨミ以外立ち入ってはいけないけど、子どもはいいんだ。スーもまだ大丈夫だろう。ダメならホシヨミが入らせないさ」

 ボクはもう一度そのホシフリ岩を見上げた。


「でも話って……」

「何でもいいんだよ。スーが聞きたいことを聞いてみれば、何か話してくれるから」

 ホシヨミらしき人影はずっと座ったままで、ここからは背中しか見えない。ただじっと空を見上げている。

「ゴウも一緒に来てよ」

「いや、僕は行かない」

 行かないと言った理由が、年齢のせいなのか他に理由があるのか、ボクは測りかねた。

「大丈夫だよ」

「おじいちゃんは怖くないもん」

 リリとタタがニコニコとボクを見ていた。


 ボクは一人でホシフリ岩を登ることにした。

 どんな話が聞けるかわからないが、ホシヨミって人の話を聞いてみたくなっていた。


 思えばここで出会った人たち、ゴウをはじめ、ウサコ、親分、ジョニー、セミにハルオさんとテルオさん。それぞれの話はそれぞれ何らかの気づきを与えてくれた。

 あやしの市に来られるのは今夜が最後だ。次また来られるかなんてわからない。

 だからこの貴重な最後の日も、誰かの話を聞きたかった。

 つい数日前までは何もやりたくなくて部屋にこもっていた自分が、今では遠い昔のような気がする。

 ホシフリ岩には階段などなかったが、人が何度も通ったような足場が見える。

 手をついて行かないと転げ落ちそうだ。ボクは注意しながら足場を伝い上へと登った。


 岩のてっぺんは平らになっており、こぶし大の石が円状に並べられ、相撲の土俵ぐらいの大きさのサークルが描かれていた。

 そのちょうど真ん中に敷かれたゴザに、ホシヨミが胡座をかいて座っている。

 少し大きめの石が等間隔に並び、それは儀式のための時計盤のようにも見えた。

 ホシヨミはボクを一瞬チラッと見たが、またすぐに夜空を見上げた。

 石のサークルの手前まで進み、そこで立ち止まった。

 何も遮るものはないのだが、そこから先には何か違う空気を感じたのだ。

 ボクは理由もわからず何かに怖じ気づいていた。


どうしよう……


 部族の聖なる場所って意味がわかる気がする。サークルの中から、目には見えない大きなエネルギーが伝わってくるのを感じた。

 ボクみたいな部外者が本当に立ち入っていいのかな。

 ホシヨミはボクに背中を向けたまま全く動かない。どうしよう。


「あ、あの……」


 声を掛けてみた。でも返事はない。

 聞こえなかったのかなと思い、もう一度声を掛けた。


「あ、あのう」


 もう少し大きな声でホシヨミの反応をうかがった。


「入ればよい。まだ十と三つ。十四まであと三十と六日じゃろ」


 ホシヨミが前を向いたまま口を開いたが、言葉の意味がわからなかった。静かで落ち着いた声だった。

 ホシヨミはそう言ったきり黙ってしまった。

 ボクは一度深呼吸をし、意を決してサークルの中に足を踏み入れた。

 途端に空気が変わるのを感じた。

 上手く表現できないが、まるで澄んだ清らかな水の中に入ったような感覚がして、気温が二三度下がり全身に鳥肌が立つのがわかった。

 そして驚いたことに、夜空に瞬いている星の数が更に倍ぐらいに増えたように見えた。

 信じられないぐらいの星たちが、群青色の夜空にまぶしいほどに輝いている。

 その美しさにボクは息を飲んだ。


 あやしの市最後の日、ボクはとんでもない場所に立っていた。

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