第21話 星をよむ人 -1- 銀河の狩竜民
「スーが悩んでいたことって何だっけ?」
今夜があやしの市の最終日。
ゴウがいつもの場所に屋台を出していた。
待ち構えていたかのように、顔を合わせるなりボクに聞いてきた。
「悩み?」
「幾つか言ってただろ。どんなことを不安に思っていたんだっけ?」
「えーと、えーと、まず人との違いが不安だったでしょう。それと他人にどう見られているかが気になっていた。
それからえーと、自分は何者なのかってことと、大人になりたくないという気持ち。
あとは生きていることの意味を知りたいってこと、だったかな」
「ふん、そうか。じゃあ、だいぶ答えが見つかったんじゃないか?」
ゴウが優しく笑う。
「うーん……答えが見つかったかどうかはわからないけど、違う考え方を知ったというか、随分と気持ちが楽になりました」
そう、それは本当。この数日間で気持ちが楽になっている。
「ほう、それは良かったね。あやしの市に来た意味があったということだ。ふふん」
ここに来た意味か。
うん、ゴウの言う通りかもしれない。ずっとモヤモヤしていたのが少しすっきりした気分だった。
来てよかったと思っている。
「昨日はセミと話したんだよ。地上に出てきたばかりの羽化する前の幼虫だけど」
ゴウには総てを話しておきたい。
「へー、どんな話を?」
「大人になりたい気持ち、かな。自分の可能性っていうか、話を聞いてセミに負けた気分になって悔しかった」
「はは、悔しかったか。悔しい気持ちがあれば大丈夫だな」
「どういう意味?」
「悔しさはエネルギーに変えられるからさ」
木を登っていくセミの背中を見上げていた時、負けたくない気分になったのは確かだ。
「大人になりたくないなんて言ってても、いずれ大人になるのはわかっているよ。でも自分の可能性なんて考えたことがなかったかな」
何かから逃げていたのかなと思い始めていたし、セミの「やってダメだったら諦める」って言葉が響いた。
確かにボクは、やる前からいろんな事を諦めていたかもしれない。
「ふふん、いいぞ。いろいろ気づけたね。じゃあ、後は生きる意味か……」
ゴウがつぶやいた時、あの姉弟が来た。
「ソーダ味ちょうだい!」
「じゃあわたしは最後にアズキ味ね!」
「いらっしゃい、ついに七日連続達成だね」
ゴウが嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らしながら、ポップコーンを作り始めた。
「ゴウ、スーは上手になった?」
「ええ?なんのことだい?」
「ポップコーン作りだよ。ぼくが教えたんだよ」
タタが自慢げに言うと、ゴウが「そうかそうか」と嬉しそうに笑った。
「リリ、タタ、お願いがあるんだ」
「なーに?」
「スーを銀河山まで連れて行って欲しいんだよ。今日はタダにするからさ」
は?
突然ゴウは何を言い出したのだろう。
銀河山?ボクは驚いてゴウを見た。
「スーを?銀河山まで?」
リリもびっくりしたような顔をした。
「うん、頼むよ」
リリはボクとゴウの顔を交互に見てから、「うん、いいよ」とあっさり答えた。
「ポップコーン本当にお金いいの?」
「ああ、七日間ずっと来てくれたから、僕から二人へのプレゼントさ」
「本当に?やったあ!」
「やったあ!」
姉弟は喜んで出来上がったポップコーンを受け取った。
「じゃあ、ゴウも一緒に行こうよ」
タタがポップコーンをほおばりながらゴウを見る。
「え?僕も一緒に?」
「うん、行こうよ」
「そうね、一緒に行こう行こう」
リリも目を輝かす。二人の褐色の瞳はいつもキラキラと、宝石のように輝いている。
「うーん、わかったよ。じゃあ、四人で行こうか」
困った顔のゴウが半分うれし気に姉弟を見返すと、二人がウンウンとうなずいた。
「そういうことだ、さ、スー行くぞ」
その銀河山というところへ何のために行くのか、ボクは理由を聞かなかったが、とにかく行ってみることにした。
ゴウは屋台に「準備中」の札を立て掛けた。
あやしの市の正面入口のちょうど反対側に小さな裏門がある。姉弟たちはいつもそこから出入りしていた。
気にはなっていたが、そこから外に出たことは一度もなかった。
裏門を一歩出ると、紫色の雲の中を細い道が一本まっすぐ伸びていた。
道は緩やかな登り坂だ。雲に包まれているせいで景色は何も見えない。
姉弟が雲のトンネルの中を元気に走っていく。ボクとゴウはその後に続いた。
「その銀河山ってところへ何をしに行くの?」
「スーに会って欲しい人がいるんだ」
「会って欲しい人?」
「ああ、この子たちのおじいちゃんで、ホシヨミと呼ばれてる人なんだ」
ホシヨミ?変わった名前。
どんな人だろう。
「ホシヨミは一族の長。銀河の狩竜民のね」
「ギンガのシュリュウミンって?」
「竜を狩って暮らしている部族さ」
「リュウって、竜?あの竜?ドラゴン?」
「そうだよ」
「竜って本当にいるの?」
「いるらしいよ。僕は見たことないけどね」
竜を狩って生活している一族。まるで童話の世界だ。
そう言えば、姉弟のお尻から生えている尻尾はトカゲの尻尾みたいだもんな。竜と関係あるのかな。
紫色の雲の上に出ると視界が開けた。目の前に小高い山がひとつある。
切り立った崖には所々僅かな木々が生え、崖の岩肌が月明かりに光っていた。
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