第17話 太陽をつかむ手 -1- 誰も知らない

 あやしの市に通い始めて四日目を迎えた。

 市は一週間開かれるとゴウは言った。だとすると明日が最終日だ。

 次どこへ移動するかは誰も知らないんだともゴウは言った。


 ボクはまずタコ焼き屋へ行った。

 この前ご馳走になり、アルバイト代が入ったので、今日はちゃんとお金を払って買いたかった。

「おう、らっしゃい。夜明けのスーやないか」

 タコおやじが開口一番そう言った。

「夜明けのスー?」

「にいちゃんの呼び名は夜明けのスーや。誰が決めるんか知らんけどな、そう決まったらしいで」

「決まった?ボクの呼び名?……夜明け?って、なんで?」

「さあ、あれちゃうか。にいちゃんこの市に来たらいっつも夜明けまで長いこといてるやろ。ずうっとウロウロしてて、夜明け間近になったらやっと帰って行くやん。せやからやろな。なんや、気に入らんのか?」

「え?いや、別に」


 夜明けのスー?なんか変な呼び名だけど、ま、いいか。

 呼び名をつけられたということは、ここの夜の住人の一員に認められたようで悪い気はしなかった。

 ここの人たちに悪い人はいなさそうだし、親近感を覚えていた。


「この間はタコ焼き、ご馳走さまでした。ありがとうございました」

「あー、おとついな。そらご丁寧にお礼言うてくれて、ありがとさん。なんや、そんなかしこまったら、こそばいがな」

 照れた顔は意外とかわいい。

「あ、あのー今日はお金払うのでタコ焼きください」

 ボクはタコおやじに銅貨を見せた。

「ほほお、こっちゃのお金が手に入ったか。昨日働いてたらしいやないかい、聞いとるで。ははあ、そりゃええこっちゃ。ちょっと待ってや、今全部売れてもたからな、またこれから焼くわ、ちょっと待って」

 タコおやじは鉄板の穴一つ一つに油を塗り始めた。


「呼び名?って誰が決めるんですか?」

「さあ、それやがな。ここだけの話やで。それがこの市の七不思議のひとつやねんけどな。決めとるやつがどっかにおんねん。絶対におるはずやねん。

 せやけどそれが誰か、ほんまにさっぱりわからんねん。誰も知らんねん。皆、誰や誰や言うとるわ。

 誰かわからんねんけど、ある日呼び名がブワーッと広まんねん。けったいやろ?」

「けったい?」

「不思議やろ?っちゅうこっちゃ」

 タコおやじの言葉は時々わからない言葉がある。でもなんかテンポが良くて面白い。


 タコおやじはガス火を調整し、溶いた小麦粉を注いだ。鉄板がジュっと音を立てた。

「夜明けのスーてカッコええがな。ぜいたく言うたらあかんわ。なんや皆それらしい名前つけられてんで。誰や知らんけど、上手いこと特徴つかまえとるわ」

 タコの切り身や具材を手際よく入れていく。手慣れたもんだ。流れるような所作に見入ってしまう。


「ワイら兄弟の呼び名知ってるか?」

「あ、いえ」

 そう言えば勝手に心の中でタコおやじと呼んでただけだ。名前は知らない。

「聞きたいか?びっくりすんで。ワイらな、ラムネ屋ハルオ・テルオて呼ばれてんねん。

 ひどい名前やろう?そんなん全然売れへん漫才師やがな、ガハハハハ」

 ラムネ屋ハルオ・テルオ?確かに昔の漫才師みたい。ふふ、笑ってしまう。


「せやけどな、まあええねん。ワイら気に入ってんねん。なあ」

 もう一人のタコおやじが向かいからこっちに歩いてきた。

 こうして並ぶと本当に瓜二つだ。二人とも白のダボシャツにステテコ、金色の腹巻きに頭にはタオルの鉢巻き。その格好はほとんどバカボンのパパだ。

 顔も服装も全く同じなので見分けがつかない。


「何話しとん?」

「ワイらの呼び名やがな」

「なんや、名前か。ワイがハルオでこっちがテルオや」

 タコすくいのタコおやじがそう言った。

「まあ、この頭見てつけたんちゃうか。お日さんみたいにピッカピカのツンツルテンやさかいな、ガハハハハ」

 ハルオが自分のツルツル頭をぴたっと叩いた。

「ワイらな最初にラムネ屋やっててん。上の呼び名はそっからや。その後もいろいろやったで。焼きそばやったりトウモロコシ焼いたりな、せやけど呼び名はラムネ屋のままや。

 そうそう花火屋もやったな。花火で一回火事出してもうてやな、屋台丸コゲや。

 ロケット花火が飛び回るわ、ネズミ花火が走り回るわで、もう往生したでえ。えらい目におうたがな。

 え?なんて?ケガなかったんかてか?そんなんあるかいな、見ての通り、ワイら毛ぇあらへんがな。ガハハハハ」

 ハルオはまた自分の頭を叩いた。おやじギャグみたいなのが時々入るが、ついつい話に引き込まれる。


「ラムネ屋始めたんが十九の年やからな、もうだいぶなるな」

「そや十九の夏や。逃げ込むようにしてこの市に来たんや」

 ハルオが懐かし気に目を細めた。テルオがフムフムと相槌を打つ。

「どこから来たんですか?」

「どこからて、元の世界やないか。にいちゃんと一緒や」

「え?人間ですか?」

「はあ?何言うとんねん。どこからどう見ても人間やろ。何や思うてたんや」

「あ、いや、タコ……」

「誰がタコやねん」

 二人目をむいて同時に言った。

 その個性的過ぎる風貌からして、てっきりタコの生まれ変わりだと思っていた。

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