第16話 さすらいジョニー -4- さすらう理由

「あ、それはそうと、ゴウを訪ねて来た人がいました。カウボーイみたいな格好した変な人。ゴウによろしくって」

「ああ、ジョニーが来たか」

「ジョニー?」

「〝さすらいジョニー〟それが呼び名。ここじゃ必ず名前を付けられるからね、ふふん」

 さすらいジョニー、なんか格好いいかも。


「なんでもプロサッカー選手になりたかったんだってさ。一番好きな憧れの選手の名前がジョニーなんとか。多分それをもじって、さすらいジョニー」

「さすらいって?」

「ずっとさすらってるからさ。二十五年も」

「二十五年もですか?地球を十一周したって言ってました」

「ジョニーと話したのかい?」

「はい、少し」

「その旅の目的は〝自分さがし〟」

「はい、本人が、あ、ジョニーさんが自分でそう言ってました」

 男の寂しそうな顔が浮かんだ。


「スーはどう思った?そのことを聞いて」

「うん、そうですね。ボクももうちょっと大きくなったら、高校生か大学生ぐらいになったら、その自分さがしの旅に出てみたいです」

「なんで行ってみたいの?」

「だって自分が何者かわからないし、それを探して見つけたい。それに」

「それに?」

「それにジョニーさんが言ってた地平線や砂漠やいろんな景色を見てみたくなった」

「うん、なるほどね。それは行ってみればいいね。経験に勝るもの無しだ。なんでも経験しといた方がいい」

「なんでも経験、ですか?」

「そうさ、若くて感受性が豊かなうちに、いっぱい見たり聞いたりしといた方がいいよ。旅はうってつけだね」

 ジョニーの話を聞いて、世界のいろんな所へ行ってみたくなった。日本国内だってまだほとんど行っていない。

 ボクが想像できないような景色を、ジョニーはいっぱい見て来たんだろうな。


「だけどなあ……」

 そう言ってゴウは考え込んだ。

「どうかしたんですか?」

「もういいかげん、気づかないとなあ」

「気づく?って?」

 ゴウはしばらく黙り込んでから、考えながら言葉を続けた。

「若い時期の自分さがしの旅って、どんどん行けばいいと思うんだ。見識を広めて自分の経験を積むためにね」

 ケンシキ?ってなんだっけ。知識とはまた違うか。


「ジョニーはそれを二十五年だろ。もう気づかないと。気づいて次へ進まないと」

「気づくって何にですか?」

「自分って探して見つけるもんじゃないよ」

「え?探して見つけるもんじゃない?」

「そうさ、ジョニーも見つからないって言ってただろ?」

「はい、探し方か探す場所を間違ってるって言ってました」

「違う違う。そうじゃない。そうじゃないよ」

 ゴウは大きく首を振った。

 ボクはゴウが何を言おうとしているのか理解しかねた。


「ジョニーは本気で夢を追いかけていたらしい。本気でプロサッカー選手になりたかったんだって。その為のトレーニングも精一杯やった。でもケガをしてその夢を断念してしまったんだ」

「そうなんですか」

「一度だけジョニーから話を聞いた」

「気の毒ですね」

「ジョニーのように夢を一生懸命追いかけていた者ほど、挫折した時の反動は大きいんだよ。

 昨日までそのことしかやって来なかったんだから、いきなり取り上げられたら今日から何をやればいいかわからない。

 本人の落ち込みと戸惑いは相当大きかっただろうね」

 あの人にはそんなことがあったのか。

 右足を少し引きずって歩く後ろ姿を思い出し、ボクはジョニーをかわいそうに思った。


「だけどどこかでけりをつけて、次に踏み出さないといけない。ジョニーにはその勇気がなかった。今もない。

 自分さがしって言葉にぶら下がって、旅に逃げ込んでいるだけだよ。

 もうとっくに自分でも気づいているはずだけどね。何かきっかけが欲しいんだろうな」

「きっかけ?」

「旅をやめるきっかけさ」

「でも自分さがしの答えを見つけたら、次に進めるんじゃないんですか?」

「自分さがし?そんなのただの言葉遊びの幻想さ」

 え?幻想?


「自分と向き合って、自分が何者かってことについて考えることはいいことだよ。自分自身を知って理解することは大切だ。

 だけど自分って探して見つけるもんじゃないんだよ」

 自分自身を知って理解すること?ボクはそこがまずよくわからいない。

 自分に向き合って考えることが足りていないってことなのかな。

「見つけないといけないのは、なりたい姿だよ。自分はどんな人間になりたいのか、そのことをできるだけ早くはっきりさせることだよ。

 そしてそのなりたい姿に向かって努力していく。自分って探して見つけるもんじゃなくて、自分でつくっていくもんだよ」


 ゴウは一生懸命に説明してくれる。こんな話をしてくれる大人にこれまで出会ったことがなかった。

 ゴウの話は今のボクには理解できないことが多いけど、大切な話をしてくれているということだけははっきりとわかる。


「ジョニーにとって過去の挫折はとても大きなことだったんだろう。それは残念で気の毒なことだね。

 だけど人生は続くんだから、失敗を恐れずに次に立ち向かうことが大切なはずだよ。

 ジョニーはまた挫折することを恐れているんだ」

 明日にでもはっきり言ってやるか……ゴウはそうつぶやいて覚悟を決めたような顔をした。


 ゴウの話を聞いていたら今夜もいつの間にか夜明けが近づいていた。

 自分って探して見つけるんじゃなくて、自分でつくっていくもの、か。

 何になりたいか、どんな人間になりたいか……

 ボクにはまだその答えがわからなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る