第14話 さすらいジョニー -2- 自分探しの旅

「あれ?ゴウは?」

 姉弟と入れ替わるようにして、男が立っていた。

「あ、いらっ、しゃい、ま、ませ」

 いらっしゃいませって、生まれて初めて言った。ドキドキした。


「な、何味、にしますか?」

 口の中がカラカラになる。

「あー、ポップコーンはいらない。ゴウいないの?」

「あの、えと、今ちょっと留守にしてます」

 なんだ、お客さんじゃないのか。ゴウの知り合いかな。

「ふーん」

 気のない返事をした男はボクのことをジロジロと見た。

 カウボーイみたいな帽子を被って首には赤いバンダナを巻き、長い革のブーツを履いている。

 まるでその格好は、オモチャたちが活躍するアニメキャラクターの一人みたいだ。


「キミは誰?初めて見るね。新しく入った手伝いかなんか?」

「あー、いや、手伝いってわけでも……」

 いきなり店番させられたんだよ。ここの手伝いになったわけじゃない。

 ボクはどう答えていいかわからなかった。

 男は怪訝そうな目つきで僕の全身を見た。


「キミ、人間?」

「あ、はい。人間です」

「普通の?」

「え?あ、はい、普通の。普通?……普通かな……えーと、ま、普通……です」

 昨日ゴウが話した「普通」の意味がよぎり、頭の中が混乱した。

「ふーん」

 気のない返事だ。男は無精ヒゲを生やし、顔は日に焼けて目尻には深いしわがある。


「俺も」

「え?」

「一緒」

「は?」

「だから、俺も人間。普通の」

「あ、ああ、そういう意味ですか」

 このあやしの市にいるのは、一見人間だけど尻尾があったりするからな。

 でもこの人、なんか不機嫌そうでぶっきらぼうで愛想がないし、ちょっと苦手かも。


「なんでここに来たの?」

「ここって?」

「あやしの市」

「あー、なんでって、えー、気になってついというか、はい」

「ふーん」

 男は黙ってボクを見ている。

 なんか人のこと根掘り葉掘り聞いてきて、やな感じ。


「あの、えーと、あー……あなたは?」

 ボクはたまりかねて聞き返した。男をなんて呼んでいいかわからなかった。

「俺かい?俺がここに来た理由?来た理由ねえ、なんだろうねえ。まあ、ここ居心地いいんだよね。だからいつの間にか居着いちまったんだよな」

「居着いた?」

「ああ。もう、どれぐらいになるかなあ。元々は世界を旅してた。だけど、しばらく前からここにいる」

「世界って、どんなとこに行ったんですか?」

「世界は世界だよ、世界全部。地球十周したかな、いや十一周か。ま、そんぐらい。行った国の数は百五十までは数えた。そっからは数えるのをやめた。まあほとんど行った」

「えー、すごいですね!」

「別にすごくはない」

 男は面倒くさそうに口元をゆがめた。

「ずっと旅をしているんですか?」

「そうさ、金が無くなったらその土地で働いて、金を稼いでまた旅を続ける。その繰り返し。どんな仕事でも文句は言わない、なんだってやる。悪いこと以外はね」

 男がうっすらと笑った。


「どこが一番良かったですか?」

「フン、よくある質問」

 うんざりしたような顔だ。

「どこが一番なんて決められない。比べられない」

「あ、そういうもんですか。すいません」

 謝らないといけないような質問だったかな?


「一番は決められないけど、心に残っている場所は幾つかある」

「どんなとこですか?教えてください」

「ああ、そうだな。えーと、三百六十度の地平線、クジラと泳いだ海、緑の夕日が沈むビーチだろ、それに空一面のオーロラ。

 それから、熱風の大砂漠、大都会の摩天楼、音楽が流れ続ける町、それと……人情市場の古食堂、迷路のような城塞都市にだな、赤い町・青い町・白い町もそう、荒野の大陸横断鉄道に手が届きそうな満天の星空、あとは風の音しかしない大平原か……あげ出したらきりがないよ」


 ひとつひとつ思い出すように指折り数えていた男は、記憶をたどるように遠くを見たり、何かを思い出したのか時々笑みを浮かべたり、初めて見せるような表情を見せた。

「何のために旅を続けているんですか?それだけ行ったのなら、もう行きたいところも行き尽くしたでしょう?」

「フン……」

 男は鼻を鳴らしたっきり黙り込んだ。

 しばらく考え込むような沈黙があって「まだなんだよ」と投げやりにつぶやいた。


「え?まだ、って何がですか」

「まだ見つからないんだよ」

「まだ見つからない?」

「そうだ、まだ見つからない」

 眉をひそめ、イラだった表情だ。

「何かを探しているんですか?」

「ああ、そうだ」

 男はまた苦々しげな顔をした。

 地球を何周もしても見つからないものって一体何だろう。

 よほど珍しいもの?海賊のお宝とか、幻の生物とか?

「何を探しているんですか?」

 男は顔を上げてボクの目をじっと見た。

「ジブン」

 ポツリとそう言ったきり、無表情で遠くを見る目をした。

「自分さ」

 もう一度言った。

「自分って、自分?ですか?」

 ボクは自分の胸を指さした。男が黙ってうなずく。

 自分を探しているって?

 は?


「自分だよ。自分さがし」

「自分さがし、ですか?」

 ああ、とつぶやいてフッと笑った。

 疲れ切っているような寂しそうな顔に見えた。

「自分が何者かがわからなくってさ、見つけようと探しているんだよ。

旅に出れば見つかるって人に聞いたから。

ある時、聞いたんだよ、そう聞いたんだ……探せば見つかるって……

だから、いつか見つかるはずなんだよ……

俺は自分さがしの旅人なんだ」


 自分さがしの旅って言葉、聞いたことがある。

 自分が何者かわからないっていうのはボクもそうだ。全然わからない。

 わかりたい、知りたい。旅に出れば見つかるかな。

 でもこの人、何年探しているんだろう。そんなに時間がかかるのかな。

「でもまだ見つけられないんだ。俺の探し方が悪いのか、探す場所を間違えているのか。神様は何も教えてくれないよ、神様は冷たいぞ、はは」

 男は強がって笑ったようだったが、その声に力はなかった。


「ジョニー・ペペって知ってるかい。伝説のサッカー選手」

 初めて聞く名前だった。

 ボクが首を横に振ると、男はがっかりした顔をした。

「なんだ、知らないのか。じゃあいい」

 昔の選手だろうか、ボクはサッカーには詳しくない。

 何か話したそうだったが諦めたようだった。少し悪い気がした。

「キミ、名前は?」

「ボク、スーです」

「スー、か。旅は出会いと別れだから。またどこかで会うかもな。ゴウによろしく言っといて、じゃな」


 立ち去って行く男を見送った。

「どうすっかな」と男が小声で言ったのをボクは聞き逃さなかった。

 その後ろ姿は背中が少し丸まって、右足を少し引きずっているようだった。


 男の名前を聞きそびれたが、あやしの市で普通の人間と話すのは初めてだった。

 ボクはすぐにまた男に目をやったが、もうどこへ行ったか、その背中は見えなくなっていた。

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