第10話 シルクハットの親分 -2- 自慢の三日月模様

 昨日、場内を一通り回ってみて気になっていたかき氷屋の屋台へ行ってみた。一番派手なネオン看板が目を引いた。


「どう?どう?早いだろ?うまいだろ?」

 店の主人はクマだった。大きな体を屈めて、頭に黒いシルクハットをちょこんと乗せている。

「お代は味を見てから最後でいいよ。誰がなんたって世界一のかき氷。どう?どう?」

 しきりと子どもたちに話しかけている。


「いらっしゃい!どう、かき氷。うちは早い、うまい、安いの三拍子だよ。他のかき氷とはわけが違うんだから」

 クマがボクと目が合って声をかけてきた。

 大きな体の胸元には白い模様があった。

「うん?これかい?」

 ボクの視線を感じたのか、クマは自分の胸元を誇らしげに指さした。

「オイラはツキノワグマ。どう?どう?しっかり三日月の形に見えるだろ?どう?どう?オイラの三日月はとびっきりきれいな形なんだぜ。どう?どう?どうよ?」

 クマがぐいっと胸を突き出した。

 なんか、どうどう、ってうるさいな。でもボクが返事するまで、ボクの顔から目を離そうとしない。


「あー、そうですね、き、きれいです、三日月」

「だろう?へへん、オイラの三日月は一際きれいなんだよ。ゴッホッホッホッホ」

 何とも言えない嬉しそうな顔を見せた。

「この看板のネオンもすごいですね」

 ボクはまぶしいほど鮮やかに光っている看板を見上げた。

「だろ、だろ、だろう?キミ、ちゃんと見てるねえ。この市の中で一番目立つようにしたんだよ。

 黄色に緑、赤、青、ピンク、オレンジ、ムラサキ、ぐーるぐる クマ屋の氷は世界一!」

 呼び込みの口上っていうのかな、えらく威勢がいいな。


「こんな派手な看板うちだけだよ。へへん、やっぱりなんでも一番じゃなくっちゃねえ」

 なんでも一番か。まあ、間違いなく看板の派手さは一番だな。店のサイズに不釣り合いなほど大きなネオンサインがまぶしく点滅している。


「うちは看板だけの見かけ倒しじゃないぞ。かき氷も天下一品。早い、うまい、安いの三拍子さ」

 どこかで聞いたことのあるフレーズだ。

「まず〝早い〟はな、力自慢のオイラが全力で氷を削るから早いの早いの、とんでもなく早い。ま、見とけよ」

 かき氷器に氷をセットしてクマが全力でハンドルを回すと、確かに驚く早さでかき氷が出来上がった。

「は、早いですね!」

「だろう?どう?どう?どうよ?へへん」

 クマが得意げに右手に力こぶを作ってみせた。

「どうだい、この力こぶ。オイラより太い腕のやつがいたら教えて欲しいや、へへん」

 力こぶをボクの目の前に突き出して「触ってみろ」と言ったが、笑ってごまかした。

「じゃ、食べてみな。味見だ、いいから食べてみな」

 スプーンでひとくち口に入れてみた。確かにおいしい。舌触りが絹のように柔らかくて、舌の上であっという間に溶けた。味もほんのりと丁度いい甘さだ。


「どう?どう?どうよ?」

「う、うまいです!」

 確かにうまいけど、無理やり言わされている感じで、ちょっとうざい。

「だろだろだろう!うちの氷は銀河山の鍾乳洞から取ってくる天然氷。純度の高い湧き水が自然凍結してるから、不純物が一切混じっていない。

 だーかーらー、削った氷の目が細かい。シロップなんかかけなくっても自然な甘味があるってわけさ。うんまいに決まってる!これでお代がいくらだと思う?」

 え?使ってる氷がどれだけ珍しいか知らないし、タコ焼きが銅貨三枚だったから……

「さあ、銅貨……四枚とか?」

「銅貨四枚だと?ホッホー、笑わせるねえ!なんと銅貨一枚!一枚ポッキリよ。どう?どう?どうよ?」

 また、どう?どう?が出た。

「や、安いですね」

「だろう?へへん、ゴッホッホッホッホ」

 クマは得意満面になり、満足そうに胸を張った。


「なんで、うちの謳い文句が、早い、うまい、安い、の順番かわかるかい?」

「え?順番に意味があるんですか?」

 待ってましたとばかりにクマが目を輝かせた。

「へへん、お客さんは注文して目の前に商品が出てきて、まず〝はやっ!〟と驚くだろ。次に一口食べて〝うまっ!〟と驚く。そして最後にお代を払って〝やすっ!〟と驚くのさ。だからその順番なんだよ」

 はあ、なるほど。ちゃんと順番に意味があるんだ。考えてるな。

「どう?どう?どうよ?」

 また、出た。

「あ、あー、す、すごいですね」

「すごい?オイラ、すごい?本当にすごい?ウッヒョー!」

 クマは心底嬉しそうな顔をして、胸の三日月模様を誇らしげに突きだした。


「かき氷、売れますか?」

 まだ春先の季節だから、そんなに売れるのかなと疑問に思った。

「あー、いや。ま、これからだな。この前まで輪投げ屋をやっていたんだよ。でもな、あんまりパッとしなくてな。とにかくオイラ一番になりたかったから、自分の強みを生かせるものはなんだと考えて、このかき氷屋を始めたんだ」

 まだ、始めたばかりなんだ。でも本当に一番になりたい気持ちが強そうだな。

「ほら、オイラ力持ちだろ。重い氷だって銀河山から一人で運んで来るし、さっき見せたように氷を早く削れる。一番になれるのはこれだ!って思って商売替えしたってわけさ。思いついた時にはオイラ天才だと思ったよ。まあ、これからの季節に期待だな。暑くなればもっともっと売れるさ。絶対売れるさ」

 そう大きくうなずいた時、頭のシルクハットが落ちそうになり慌てて手で押さえた。

「おっとっと、このシルクハットはオイラの頭の形に合わせて作った特注なんだ。使ったシルクは一級品だぜ。どう?どう?どうよ?」


 クマは最後まで「どう?どうよ?」と感想を求めてきた。

 ボクも皆からどう思われているか聞きたくなるし、ボクのことを認めて欲しい気持ちになる。

 でもあれだけ露骨にしつこく聞かれると、うんざりした気分になるし、正直ボクはとても疲れてしまった。

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