第9話 シルクハットの親分 -1- 中身が違う

 今朝家に帰ってからは興奮でなかなか眠れず、たった今体験してきたことをベッドの中で思い出していた。

 ボクが物心ついてからずっと抱えてきた心の中の荷物のようなもの、どう扱えばいいかわからず持て余してきた自分そのもの。そのモヤモヤしたものに対する解決へのヒントが、あの夜の住人たちが集う「あやしの市」にはあるような気がしていた。


 幼稚園でボクのキミドリ色の水筒を皆に笑われた日。あの日からボクが皆と少し違うことや、皆がボクのことをどう見ているかを、とても意識するようになった。

 皆と同じになろうと努力したこともある。

 履きたくもないスカートを、無理して履いたこともあった。スカートを履いても、大丈夫な日とそうではない日があった。

 そんな日は落ち着かないというか、自分が自分でなくなるというか、何かをがまんしている苦しさにとても疲れてしまった。


 午前零時になるのを待ちわびたボクは、昨日と同じように二階の窓から出て、広場の石段から続く階段を急いで上った。


 入り口のアーチをくぐると、ゴウが昨夜と同じ場所に屋台を出していた。

「よう、また来たね。来ると思ってたよ」

 ゴウがニンマリと笑う。

「え?どうして?」

「さあ、どうしてだろうね。昨日の帰り際の顔に書いてあったかな、ふふん」

 確かにそうかもしれない。ゴウの話をまた聞きたいと思っていたのは事実だ。


「スー、昨日手に入れたものは何だった?」

 手に入れたもの?ボクは何も買ってないし、もらった物もない。

「手に入れたっていうか、気づいたこととか新たに知ったことさ」

 きょとんとしたボクを見て、ゴウがすぐに言葉をつなげた。

「あー、だったらえーと、人はそれぞれ違うのが普通だということ。それと、えーと、他人との違いを恐れなくていい、だったかな」

「そうだね、スーがここに来た理由はそれじゃないのかな。ふふん」

「それって?」

「まあ、今日も何かに気づければいいね。そういうこと」

 ゴウがウィンクした。

 うん、確かに。ボクもそう思っている。


 中に入っていくと、昨日会ったタコ焼き屋の方のタコおやじが声を掛けてきた。

「らっしゃい。昨日のにいちゃんやないか。タコ焼き焼けとんで、どや、食うか?めっちゃうまいでえ」

「ああ、じゃあ、一皿ください」

 真ん丸のタコ焼きが鉄板の上でおいしそうに焼け、焦げたソースのいい匂いが立ちのぼっている。


 ボクは持って来ていた五百円玉を出した。

「あちゃー、それは使えんわ。なんやにいちゃん、そうかいな」

 え?そうかいなって?

「こっちゃのルール、まだ知らんのやろ」

 ルール?

「こっちゃの世界で使えるんは、夜市の銅貨と銀貨だけやねん。タコ焼きは銅貨三枚や」

 夜市の銅貨?銀貨?って、ここ専用の通貨があるわけ?


「まあ、ええわ。もう皿に盛ってもたがな。今日はサービスしといたるわ。おごったるさかい、次はちゃんと払てや。どれか一個に当たりの大ダコ入っとるで。食べてのお楽しみやな。フーフーして食べや、はいよ」

 タコおやじはそう言うと大ぶりのタコ焼き六個が入った舟皿を目の前に差し出した。

「あ、ありがとうございます」

 甘いソースの匂いが鼻をくすぐった。


「あのな、ワイら兄弟な、あ、あいつな、あいつ」

 向かいのタコすくいのタコおやじをそっと指さす。

「顔はよう似とるけど中身が全然ちゃうねん。ワイの方がな、おっとこ前でシュッとしてんねん。ここだけの話、ワイはよう働くし気前ええでえ。それに比べてあいつはシブチンでいっつも口だけや。

 見た目は一緒でも中身が全然ちゃうねん。まあ、言うたらタコ焼きみたいなもんやな。中身の違いは外からはわからんっちゅうこっちゃ。クックククク」


 タコおやじはそう言うと、「よお!」と向かいのタコおやじに片手を上げた。

 向かいのタコおやじも片手を上げて満面の笑みで「よお!」と返した。

 何度見ても二人は全く同じ顔だった。

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