第8話 脱げない仮面 -4- 普通ってなに
「ちなみに僕はスーから見て普通に見えるかい?」
ゴウがボクの顔をのぞき込んだ。
人間の言葉を話す猫が普通に見えるはずがない。
「いえ……その……すいません、えと、全然普通じゃないです。あっ、すいません」
「え?全然普通じゃないだって?」
「あ、すいません!本当にすいません!」
怒らせちゃった。正直に言わなきゃよかった。
「いやいや、なんで謝るんだよ。怒ってなんかいないさ、謝らなくっていいよ。僕が普通じゃないって?こんなに嬉しい言葉はないよ。よかったあ、ふふん」
え?ゴウ、普通じゃないって言われて喜んでるの?
「確かになあ、二本足で立って人間の言葉を話す猫なんてなかなかいないよな。おまけにこうして君の相談相手みたいなことまでしてるんだから、ふふん。全く普通の猫じゃない、普通じゃないよ、僕は普通じゃない。こりゃ愉快だ、ははは」
ゴウはふざけているのではなく、普通でないことを本当に嬉しそうに笑い飛ばした。
「普通じゃないって言われて、嬉しいですか?」
「嬉しいに決まってるじゃないか。僕はどこにでもいるような猫じゃないってことだろ?他の猫たちとは違うってことだろ?個性がちゃんとあって、オリジナルで、ユイイツムニで、僕は僕でしかない存在だってことだろ?」
「ゆ、ゆいつ……?む、に?」
「唯一無二。この世でたったひとつの存在だってことさ」
唯一無二。なんかカッコいい言葉かも。この世でたったひとつの存在か。
他人と違っていてもいいってこと?普通じゃなくていいってことなの?
「ウサコは九人兄妹でね」
「はい、そう言ってました」
「ああ、そうかい、本人に聞いたのか。でね、その大家族の中で自分だけ色が黒いんだって。あとの家族は全員白くて。まあ、猫の兄弟もそれぞれ色や体の柄が違ったりするから、別に珍しいことでもないんだけどね」
彼女は大家族の中で自分だけ黒かったのか。それで白いお面を……
「でも、ウサコは自分だけ色が違うことが恐くなっちゃったんだろうな。それは欠点じゃなくて、自分にしかない個性なんだから、気にすることなんてないんだよ」
欠点じゃなくて、個性?
「そういうことが気になってしまうというのは、これまでに身につけた自信の量が少ないのかもしれないね」
「自信……ですか?」
「自信って自分を信じることだろ?自分の価値をさ」
自分の価値を信じる?自分の、価値か。
「自信が身についていれば、他人と違うこととか少々足りない部分なんて気にならないはずだよ」
「ボクも自分に自信がありません」
本当に自信なんてなかった。思わず言っちゃった。
「ハハ、若い時期ってまさにその自信を身につける時期なんだから、今はまだ自信がなくたって恥ずかしいことじゃないさ」
そう、そうなのかな。
「どうすれば自信が身につきますか?」
「自信はじっとしていても身につかないよ。人の話を聞いたり本を読んだだけじゃ身につかない。自分で行動を起こしたり何かに挑戦して、失敗や成功を経験しなくちゃね」
自分で行動し何かに挑戦する、か。
考えるとこの半年、ボクは何に挑戦しただろう。胸の中がモヤモヤして恥ずかしい気分になった。
「それにウサコが気にしていることって、目に見える外見のことだけだろ?内面はどうなんだい?性格や得意不得意や好き嫌いとか」
「さあ、それは当然それぞれ違うんじゃないですか、人によって」
性格や好き嫌いが同じはずはない。人それぞれ違ってて当たり前だ。
「だろう?だったらそのことは気にせずに、なんで外見だけ周りと同じになりたいと思うんだい?外見だけ同じにして何の意味があるんだい?」
ああ確かに。
でもまず最初に気にすることは外見が多いのかな。目で見てわかることだから、皆と少しでも違うと不安になるのかな。
「今スーが言ったように、人それぞれ違うんだよ。目に見える外見も、目に見えない内面も。違っていることが普通なんだよ」
「え?違っていることが普通?」
ゴウ、変なこと言ってない?違いがないことが普通じゃないのかな。
「人それぞれ違うのが普通。だから他人との違いを恐れなくていいんだよ」
他人と違うことを恐れない、って……
でも、恐れないためには勇気が必要だ。その勇気を手に入れるには、自信ってやつを身につけないといけないってこと?
「まあ、周りに合わせて同じフリをして群れていれば、安心はできるかもしれないな。しかし群れてばかりいては成長にはつながらないぞ」
「でも、一人でいると不安になります。孤独に押し潰されそうになる」
正直に言った。家にずっといるこの半年間は本当に孤独だった。
「うん、押し潰されちゃいけないけどね。だけどその孤独な時間は自分と向き合う時間でもあるから。孤独は人を成長させるとも言うぞ」
自分と向き合う時間?
言われてみると、学校に行かず部屋にこもるようになって、自分のことについて深く考える時間が増えたように思う。
孤独は人を育てる、か。本当かな。
「ウサギは元々群れで暮らす習性だから、ひとりだけ周りと違うことが気になるのかもしれないな。だけど猫は群れたりしないからさ。体の色や柄の違いなんて全く気にならないし、ひとり気ままが一番だよ」
ゴウはそう言って自慢気にヒゲをなでた。
「猫は気位が高いからね。皆、自分が一番だと思ってるんじゃないの?黒猫は白猫になりたいなんて思わないし、白猫も黒猫になりたいなんて思わないよ。それはどっちの方が良いとか悪いとかじゃないんだよ」
東の空が白み始めている。夜市は夜明けまでだとゴウは言った。今日はもう終わりの時間が近づいているようだ。
この「あやしの市」にいる人たちや黒猫のゴウと、もっと話をしたくなった。
ボクは明日の夜もここに来ることにした。
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