第7話 脱げない仮面 -3- 普通じゃない

 夜市の中を歩きながら入学式の日のことを思い出していた。ボクの頭の中にはさっきウサギがしきりに言った「普通」って言葉がグルグルと渦巻いていた。


 入学した中学校の制服はブレザーとネクタイに、男子はスラックス、女子はスカートが指定だった。

 でもボクは入学式にスラックスを履いて行った。もうこの頃には父も母もボクの好みや希望を聞き入れてくれていて、ほとんど望む通りにさせてくれていた。

 両親自身も戸惑い、悩み、ボクを受け入れるのに時間がかかったのだと思っている。


 入学初日から学校側との話し合いが持たれた。校則により女子のスラックス着用は認められないという。

 校長室には校長の他に、教頭、学年主任、担任をはじめ大人が七、八人いた。

 全員の顔に「困ったやつが来た」と書かれてあった。

 ボクがどれだけ「ボクの性別はひとつではない。スカートだけを強制されるのは苦痛だ」と訴えても、誰の心にも響いていないようだった。それがとても悲しかった。


 先生たちからは散々言われた。

「前列がない」

「他の生徒に示しがつかない」

「風紀が乱れる」

「着るものぐらい我慢しろ」

 そんな声に混じって「そんなの普通じゃない」というのが聞こえた。


 ボクはその言葉がとてもショックだった。

 言ったのは多分声の大きな教頭だと思うが、改めて自分が特殊で異常な存在なのかと傷ついた。

 それでも母が折れなかったのと、最後には校長が「校則見直しを検討する」として、ボクの通学は渋々許可された。

 あの校長室の張りつめた空気と「普通じゃない」の声が頭の中に蘇っていた。


 気づけば入り口近くに戻って来ていた。

 黒猫ゴウの姿が見えた。彼に聞いてみよう。

「ゴウさん、普通ってなんですか?」

「普通?なになにどうしたんだい、いきなり」

 ゴウが優しい笑顔を見せた。

「それと、さんづけはなしでね」

 あ、そうか。さっきそう言われたか。


「ゴウ、ボクって普通に見えますか?っていうより、ボク、普通じゃないですよね?」

「ふふん、なんかよくわからないけど、自分が普通かどうか気になるってこと?」

「気になる?あ、はい多分。(そうなのかな)さっきちょっと話を聞いて……ずっと自分も普通じゃないと思ってきたっていうか……」


「ますます何言ってるかわかんないな。普通になりたいってことかい?」

「え?普通になりたい?」

 普通になりたい?普通に?

 うーん、どうなんだろう……


「じゃあ、ウサコと一緒だね」

「ウサコ?」

「白仮面のウサコさ。お面屋のクロウサギ」

「え?彼女のこと知ってるんですか?」

「ああ知ってるさ。その様子だと、あいつと話をして来たんだろ?」

 ゴウ、見ていたのかな。なんでわかったんだろう。


「そうです。そのウサコさん?と話して来ました。彼女と一緒ってどういう意味ですか?」

「だってそうじゃないか。君もウサコみたいに、自分は普通じゃないって悩んじゃってるってことなんだろ?」

 いや……それは違う気がする。ボクは彼女とは違う気がするけど、そう言われると一緒なのかなって思ってしまう。

 昔から皆と違う自分に気づいていたし、そのことにずっと悩んできた。

 だけど彼女が「普通がいい、普通が一番だ」って言ってるのを聞いて、なんでそんなに普通じゃないといけないんだろうと思い始めている。


「じゃあ聞くけど、普通って一体なんだい?」

「え?普通っていうのは……えーと、普通は普通としか……」


 そう言われると普通ってなんだろう。言葉で説明するのが難しい。

 普通って、なんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る