第6話 脱げない仮面 -2- 普通がいいの
ウサギは私のことを見てたと言ったが、そんなつもりじゃなかった。
お面で表情がよく見えないが、この人?このウサギさんは自虐的というか、自分のことをえらく卑下しちゃっている。
「アナタ、どこから来たの?」
ウサギが顔を上げた。
被ったお面は大きな二本の前歯をむき出し、口を横に広げて笑っている。
ずっと変わらない表情のお面と向き合っているのも、ちょっと不気味だ。
ウサギはお面を外しそうにない。素顔を見せたくないのかな。
「あ、あのう、どこからって地元の日の出が丘です。あやめ橋の向こうの」
「ヒノデ?ガオカ?アヤメ……?よくわかんないけど、まあどこからでもいいわ。あのさあ、今なにが流行ってるの?お友達とかの間で」
流行ってるもの?って言われても……
なんだろう。学校に行ってないからわからないよ。
「音楽とかさ、食べ物とかさ、ダンスはどんなの流行ってる?あとファッションだと何?皆と話題ついていけなかったらイヤでしょ?あー、ワタシ大丈夫かな、流行についていけてるかしら?不安だわあ」
その気持ちもわからないではないけど、このウサギさん、ちょっと度を越しているんじゃないのかな。
「そんなに気にし過ぎなくてもいいんじゃないですか?」
「何言ってんのよ。皆と話が合わなかったら大変じゃない。大変よー。自分だけ違ってたらイヤでしょう?そんなの絶対無理無理無理」
そうかなあ……ボクは小さな頃から皆と違う自覚があった。
皆とは色の好みだけでなく、好きなテレビ番組や興味の対象も違ったりして、話が合わないことの方が多かったように思う。
「アナタ、何人兄弟?」
「ボクは一人っ子です」
「ああ、そうなんだ。だったらわからないかもねえ。ワタシは九人兄妹のちょうど真ん中」
「九人?随分と多いですね」
そう言えば小学校で飼ってたウサギのつがいが、六年の時に同じく九匹の子供を産んで、子供の引き取り手に先生たちが大慌てしてたっけ。
「一人だけ違うって不安だもの。絶対皆と一緒がいい。いいに決まってるわよ。だって皆と同じだったら安心するもの。安心が一番よ、一番大切。一人だけ違うって絶対にいや」
お面の下の目は不安そうで、どこか遠くを見ているようだった。
「お面って売れますか?」
話題を変えてみた。
「まあまあね。今どきこんなもの売れるのかってこと?でもねえ、今の子供たちも意外と面白いみたいだわ。あとはこういうアクセサリーも売ってるの。きれいでしょう?」
ウサギは首からぶら下げたものを手にした。よほど大きな魚のウロコのような形をしたものが、ライトの光を受けて青緑色に光った。きれいな模様が彫り込んである。
ウロコひとつがボクの顔ぐらいだ。こんな大きな魚がこっちにはいるのかな。その大きさを想像して、ボクは少し恐ろしくなった。
「お面はね、やっぱり別の誰かになった気分が味わえるのよ。変身願望っていうか。アナタも着けてみる?」
「あ、いえ、ボクはいいです」
中学生にもなって、さすがにお面はちょっと恥ずかしい。
「ワタシもねえ、最初は宣伝のつもりで着けたんだけどさあ、一度着けてみたらなんだか外せなくなっちゃってね。寝る時とご飯食べる時以外はずっと着けてんのよ」
ウサギがじっとボクを見る。
「お面の効能、教えてあげようか。人から素顔を見られないって楽よー。自分って存在を消したみたいな感覚がね、秘密の世界に潜んでいるみたいっていうかあ。怖いものがなくなるっていうの?なんだか自分が透明の存在になった気分ね」
お面の効能って大げさだな。でもお面を外せなくなった理由はわかる気もする。
ボクは花粉症で春先はマスクが手放せないけど、長い間着けていると、外した時はまるで裸で歩いているような、とても恥ずかしい気持ちになる。そろそろそんな季節だ。
「だって、ほら」
ウサギはそう言うとお面を少し上げて初めて素顔を見せてくれた。
小さな鼻とヒゲをヒクヒクさせて可愛い顔をしている。だけどすぐにまたお面を被った。
「ね、おかしいでしょ。ワタシ、目が黒いの」
え?そうだったかな、全然気がつかなかったけど。円らな瞳が可愛かった。
「ね、ね、ね、やっぱりおかしいよね。なんでワタシの目は黒いんだろ。普通、ウサギの目って赤いわよねえ。なんでワタシだけ黒いのかな?おかしいよ、おかしい。ワタシは普通じゃないの。普通がいいなあ、普通が」
「きれいな目だと思いますけど」
それは本当にそう思った。屋台の照明に黒い瞳がキラリと光ったのが印象的だった。
「本当?お世辞なんかいいわよ。絶対ワタシ普通じゃないもん。周りを見てご覧なさいよ、ウサギみたいにこんな耳の長い生き物、他にいる?いないでしょ?
おまけに白いウサギじゃなくて黒いのよ。闇夜の黒ウサギよ。
目だって赤くなくて黒いのよ。なんで皆と違うの?皆と違うってイヤよ。絶対イヤ。皆と一緒がいい。ワタシは普通がいいの、絶対普通がいいの!」
ウサギは一気にまくし立てると、肩を落として椅子に座り込んだ。
ライトの下に並べられたお面たちが皆、空虚な目の穴をぽっかりと開けて、心の無い固まった表情のまま、ただ真っ直ぐに前を見ていた。
普通って一体なんだろう。
ウサギがしきりに言った「普通」の意味がボクはわからなくなっていた。
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