第5話 脱げない仮面 -1- ウサギのお面
市の中へ入っていくと、大きな人だかりのできている金魚すくい屋がまず目を引いた。
ライトに照らされた水槽に、紙を張ったポイを片手にした子供たちが大勢しゃがみ込んでいる。
さっきポップコーンを買った姉弟もそこにいた。
弟が金魚をすくおうと右手をしきりに動かしている。お姉ちゃんは両手にポップコーンのカップを持ち、
「ほらほら」「そこそこ」
弟をはやし立てながら水槽をのぞき込んでいる。
もう少し近くに寄った。
あれ?え?驚いた。
水槽の中をよく見ると、泳いでいるのは金魚ではなかった。ちいさなタコの赤ちゃんたちだ。
「おいそこのボン、すくうたタコは優しゅうしたってや。強う触ったらスミ吐いてまうやろ。優しゅう、優しゅうや」
弟が店の人に注意されている。
椅子に座った店番はツルピカ頭にはち巻きを巻いたおじさんだ。
その関西弁の言葉といい、丸めた肉団子のようなその顔は、どこかのお笑い芸人にそっくりだ。
その強烈な印象に「タコおやじ」という言葉が浮かんで、一人で吹き出しそうになった。
「そっちのボン、見てないでやらんかいな、タコすくい」
タコおやじが話し掛けてきたが、ボクは黙って首を横に振った。
ボクはヌルヌルしたりニョロニョロしているものが苦手だった。それにお金を持って来ていない。
「取ったタコはすぐにタコ焼きにできるんやで。ほら、あっちの店でな」
タコおやじが指さした向かいの屋台はタコ焼きを焼いていた。
なんと焼いているのはもう一人のタコおやじだ。全く同じ顔に同じ格好、ツルピカ頭にはち巻きを巻いている。
どこからどう見ても瓜二つの姿に、ボクは目をこすって二人のタコおやじを見比べた。
「どや、忍法分身の術や。すごいやろ」
そう言うと胸の前で印を結ぶポーズをし、「ドドンデンデン!」と言った。
分身の術?ボクは何度も見比べた。本当にそっくりそのまま、全く同じ姿格好だ。
「て、そんなわけあるかいな。ワイら双子やねん。よう似とるやろ。ガッハハハハ」
タコすくいの方のタコおやじが「おーい」と右手を上げると、それを見たタコ焼き屋のタコおやじも「焼き立て、あっつあつのほっこほこやでえ!」と右手を上げた。
「せやけどな、にいちゃん、よう見比べてや」
タコおやじが小声でボクに顔を近づけてきた。
「ワイの方がな、ちょこっと男前やねん。このな、鼻がな、ちょっとスラッとしてんねん。どや、わかるか。スラッとしとるやろ、クックククク」
顔の真ん中には全くスラッとしていない堂々たるダンゴ鼻が上を向いていた。
タコおやじの言葉にまた吹き出しそうになり、ボクは思わず顔を反らせた。
反らせた目が隣のお面屋に止まった。
ヒーロー戦隊やアニメのキャラクター、昔ながらのオニやキツネなどのお面を並べた横に、白いウサギのお面をつけた小柄な店番がちょこんと座っていた。
うん?頭に何か被っているのかな。お面の下から長い耳が上に二本飛び出ていて、お面と合わせて耳が四本あるように見える。
ボクの視線に気づいたのか、店番はその耳を隠そうとして両手で押さえたが、耳はすぐにピョンとはねた。
気になってそのお面屋の方へと行ってみた。いろいろなお面の他に、アクセサリーなどが並べてあった。
「あ、いらっしゃい」
店番がバツが悪そうに椅子から立ち上がった。女性の声だった。
「やっぱり目立つ?目立つよね?今見てたでしょ?ワタシの耳」
「え?耳?いや……」
「やっぱりねえ、こんな長い耳いらないのよねえ。耳なんてもっと短くていいのよ。なんでウサギの耳は長いのかしらねえ。普通がいいなあ、普通が」
店番はどうやらウサギのようだ。ウサギがウサギのお面を着けて、言葉をしゃべっている。なんか変なの。
頭の上に伸びていたのは被り物ではなく本物の耳だ。
白いお面を着けているが、お面の下の耳も白のワンピースから出ている両手両足も真っ黒の毛並みだ。黒いウサギか。
黒ウサギが白ウサギのお面を着けている。
「あ、また見てる見てる。今見たでしょ?この毛でしょ?そうよね、やっぱりそうよね。黒いウサギっておかしいよね?ウサギはだいたい普通、白いって決まってるわよねえ。なんでワタシは黒いのかなあ。普通がいいなあ、普通が」
一方的に続けるウサギに、ボクはなかなか言葉が返せずにいた。
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