第4話 あやしの市 -4- 夜の住人が集う場所
ゴウが指さした屋台の看板には「--号」と描かれている。
屋台の名前?屋号かな?前の二文字が消えかかっていて読めない。
「流星号って名前なんだって。モモンガがふざけてつけた名前なんだけど、流星が消えちゃって号しか読めないだろ?だからゴウと呼ばれてる。まあ名前なんてただの符号だから、なんだっていいんだけどね」
「ゴウ、さん?」
「さんはなしでいいよ」
名前はなんでもいい?名前にこだわらないって感覚がよくわからないな。
名前ってやっぱり大事じゃないのかな、自分を表すものでもあるし。おかしなことを言うゴウと名乗る黒猫にボクは興味を持った。
「これまでいろんな人間の家でお世話になったよ。そんで、いろいろ名前をつけられた。クロ、タマ、ゴマ、クマ、オコゲにコテツ…… あとはなんだっけかな、えーと、クロスケっていうのもあったな。まあ勝手にいろいろつけてくれたもんだろ?ふふん」
そんなに名前がいっぱいだなんて、だからこだわらなくなったのかな。一体何人の飼い主の元で生きてきたんだろう。
「あのー、何歳ですか?」
「何歳?さあどうだろうな。十年はとっくに越えたけど二十年はいってないと思うよ。だいたい一カ所にじっとしてるのが性に合わなくてさあ、三度目のクロと呼ばれていた家にもそろそろ飽きてね。そこを家出してウロウロしてたらここにたどり着いたってわけさ」
年齢はわからないと言ったが、重ねた歳の分だけ利口そうで総てを見抜いているかのような落ちつきがあった。
ボクよりも歳上のように見えた。
「君は?」
「な、名前ですか?」
「うん」
「ボ、ボクは、スーです」
親がつけた名前は他にあるが、自分では気に入っていない。頭の一文字からそう名乗っている。こっちの方がしっくりきてる。
「スー?変わった名だね」
「自分ではそう名乗ってます」
「へー、自分で名乗ってるの?へー、自分でね」
ゴウは小首を傾げて不思議そうな顔でボクを見た。
「中にはいろいろいるよ。僕みたいに言葉を話す動物もいっぱいいるし、あまりびっくりしないようにね。ま、悪いヤツはいないから。ふふん」
言葉を話す動物はこの黒猫だけじゃないのか。ここから更に中へ入っていくのは、正直興味半分、怖さ半分だったが、今は好奇心の方が勝っていた。
言葉を使って動物と話すことも、このゴウと名乗った黒猫のおかげで少し慣れた気がする。
「ソーダ味ちょうだい!」
「ワタシはどうしよっかな。じゃ、今日はレモン味!」
幼い姉弟がポップコーンを買いに来た。
「おう、今日もまた来てくれたねえ。ふふん」
ゴウが嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らした。
「来るって言ったでしょ。毎日来るよ。だってゴウのポップコーンおいしいんだもん」
「うん、プチプチしておもしろい!」
利発そうなお姉ちゃんにわんぱくそうな弟ってとこかな。
えっ?改めて二人を見て驚いた。
二人とも半ズボンの裾から濃い緑色の尻尾が伸びている。
ご飯をもらう時の猫のそれのように、ピンと立たせたその先をゆらゆらと動かしていた。
人間じゃないのか。一見人間に見えてもそうじゃないってことなんだ。
姉弟はポップコーンの入ったカップを受け取ると向こうへ駆けて行った。
「僕の大事なお得意さんさ」
ゴウがニッコリと笑った。
「さあ、いろいろ見てきたらどうだい」
そう言うと行ってらっしゃいとばかりに、ゴウは右手で市の方を示した。
ボクはその言葉に背中を押されるようにして、真夜中に開かれている「あやしの市」へと入っていった。
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