第21話

 第二十章

 台湾警察は赤間と李を取り調べたが、銃撃事件で少なくとも二丁の銃が諜報部隊員の死亡に関わったというものの、物証の銃自体が発見されず、捜査は難航した。

 取り調べに対して赤間と李は亡くなった男性の知り合いであり、三人でウーライに湯浴みに行った帰りに中国の公安と対立するグループとの銃撃戦に突然巻き込まれただけで、今まで銃など持ったこともない。事件現場からは逃げたのではなく、銃撃戦で撃たれた知り合いを一刻も早く最寄りの救急病院に運ぶため急いで現場を離れただけと供述した。結局二人は証拠不十分で自由の身となった。

 李は羅を射殺した公安部のスナイパーに疑問を持っていた。

 公安部長の劉は羅を殺さずに北京に連れ帰るように口を酸っぱくわれわれに厳命していた。公安部長の命令は絶対だ。それを何故守らずに射殺したのかが俺には理解できない。

 暫く沈黙している李を不審に思い、赤間が尋ねた。

「いや、ちょっとした疑問がね、あるんですよ。公安のスナイパーは腕には絶対の自信を持っている。射殺せよと命令が下れば、確実に殺す。しかし、公安部長は致命傷を与えずに羅先輩を生け捕りにせよと命じた。あのスナイパーは確かに公安の部隊員です。俺も何度か一緒になったことがある。あいつは誰かに羅を殺害するように金で買収されたのじゃないかと思うんです。殺さずに寸止めする腕を持ちながらわざと殺害した。そんな気がするんです」

 李は誰がスナイパーに羅を殺させたのかについては首を傾げた。

 赤間は忘れずに病院に立ち寄り、コインロッカーから二丁の銃が入ったボックスを取り出し、持ち帰った。

 羅の遺体は司法解剖が終わり、息子であるマーとミンヤンが引き取ることになった。

 葬儀は陳が責任者となり、キールンの港を一望する丘の上にある斎場で執り行われた。

 爆竹を鳴らし、ストリップショーまで飛び出すものもあるという台湾の葬儀は一般的に派手好みであるが、羅のはそれと正反対のしめやかな葬儀であった。

 参列者はマー兄弟に陳、それに李。日本から駆け付けた古賀。古賀と一緒に日本に帰国する玲とアンナだけと、一時権勢を誇った中国政府元幹部の葬儀としては誠にささやかであった。

 マーは養父母の気持ちを酌んで、敢えて二人を葬儀には呼ばなかった。

 羅は火葬され、丘の上の共同墓地に埋葬された。

 古賀は葬儀で出会った陳と李に挨拶し、マーの紹介でミンヤンと握手した。

「こう見比べると、本当にどっちかわからんなあ。いや、こりゃ参った!」

 マー兄弟の顔を見比べて古賀が笑った。

 古賀はその足でマー兄弟と玲、それにアンナを連れてタイペイに向かい、養父母アラとティラに挨拶をした。

 養父母は古賀の手をとり、何度も頭を垂れた。

「古賀さん、息子のために本当によくしていただいた。感謝申し上げます」

 養父母もマー兄弟が見分けのつかないほど似ているのに驚いていた。

「お父さん、お母さん。今度こそマー君を大阪に連れて帰ります。どうかお元気で」

 古賀の声掛けに、養父母は「マーのことをよろしく頼みます」と応じた。

 玲とアンナも養父母との挨拶を終え、みんなで宿泊していたホテルに戻った。

 ミンヤンはホテルで、市内に用事があった陳と待ち合わせていた。

 陳がホテルに着き、今度は陳親子と古賀らとの別れがあった。

「ミンヤン、元気でな。また会おう」

 マーは弟と抱き合った。

 陳は古賀らに微笑み、声を掛けた。

「またキールンにお越しください。美味しい魚料理をご馳走しますから」

「ありがとうございます。お元気で」

 陳と古賀ががっちり握手した。

 そこに李が現れた。

「部長のことで色々とお世話になり、ありがとうございました」

「李さんはこれからどうされるのですか」

 古賀の問いに李が答えた。

「暫くは陳さんのところに泊めてもらい、羅部長の墓に詣でます。わたしは福建省の港町・泉州の出身ですのでキールンは性に合います。可能なら部長をお守りしながらお傍で暮らそうかと思っています」

「李さん、港に縁のあるもの同士、一緒に釣りをするのが楽しみだよ」

 陳が微笑んだ。古賀らは帰国の準備に各部屋に散った。

 中国公安部が指名手配し、長年行方を追っていた羅の遺体は、本来なら中国本土に移送され、改めて死因等を確認した上、中国で埋葬されるのが筋とされるが、台湾で発生した事件であり、ただでさえ今回の事件で険悪になった中台関係をこれ以上悪化させないため、中国が台湾に配慮する形で台湾での羅の埋葬を黙認したのであった。


 翌日、みんなの姿が台湾桃園国際空港にあった。

「グアンピン、元気でな。連絡待っているよ」養父母が息子の手をしっかりと握った。

 玲はガムを噛みながら、送迎出入り口のバーにもたれかかり、スマートフォンを操作していた。アンナはマー親子の別れの姿を見つめながら、マーと初めて出会った大阪の商店街のことを思い出していた。

 大阪での二人の出会いから、その後目まぐるしく事態が展開し、それもやっと一応の決着を見て、今再びマーと無事大阪に向かうことに一種の感慨さえ覚えていた。

 突然空港内のテレビ音声が大きく響いた。

 イスラームを名乗る過激派が中東の砂漠にある古代遺跡と偶像を破壊したというニュースが流れ、旅行客が一瞬テレビに釘付けになった。

 アンナは美人窟の菩薩のことが気になった。

「さあ出来たっと」

 玲が何かをスマートフォンで送信した。

「出来たって、何がです?」

 アンナが訊いた。

「例のメール亭の俳句や。宗匠から今日が送句の締め切り日や言うて、メールで催促して来たんや。ほら、今テレビで砂漠が出てたやろ? それで浮かんだやつ」

「へえ、どんなんですか?」

「これや」

 玲がスマートフォンの画面を見せた。

『敦煌でロレンス気取り駱駝乗り』

「どや? 自由句やけど、今回の出張でアラビアのロレンスみたいに砂漠でラクダに乗りたかったけど、緊急やら何やらで実現せんかった。せめて俳句にだけでもラクダを詠み込もう思てな。ハハハハ」

 アンナがそれを聞いて笑いを堪えた。

「けど、黒澤さん乗ったらラクダが可哀そうと違いますか?」

「ちょっと、今何言うた? おい、こら、アンナ!」

 玲が巨体を揺らしながら、逃げるアンナを追いかけ始めた。マーは笑いながら二人の追いかけっこを見つめていた。

 古賀の奔走で実現した特別機に乗る前に、玲は古賀と空港内の免税店を見て回った。留守部隊のために土産物を買った二人は喫茶コーナーに腰を下ろした。

 注文したコーヒーが出て来たところで、玲は古賀に声をかけた。

「いっちゃん、気付いてる?」

 古賀はその意味がわからず、玲の表情を探った。

「ほら、アンナとマー君のことや」

「二人がどないしたんや?」

 古賀はじれったさを隠さず、眉間にしわを寄せ、玲を見つめた。

「マー君はアンナに恋しとる」

「何やて!」

 玲が微笑んだ。

「わたし、ずっと彼らと一緒にいたからわかるんやけど、マー君がアンナを見る目はただの目やないわ。両親と再会した時、大阪で働きたいと言い出したやろ? 親の手前、その理由として民族差別を受けている同胞を助けたいとか、恩返しをしたいとか言うてたけど、それはそれで嘘やないとは思うけど、ホントはアンナのそばにいたいちゅうこっちゃとわたしは見たぞ」

「なるほど、そういうことか」

 古賀はやっと合点がいったという表情を見せた。

「マー君は最初何故自分が大阪にいるのかさえわからず、記憶喪失で不安一杯の時に最初に出会い、言葉が通じて安心させてくれたアンナのことが好きになったんやろ。在日のウイグル人から聞いたけど、知り合いがいないのが一番困るって。言葉が通じない慣れない外国に居ると、とっても寂しいらしい。マー君は記憶が無くなったまま文化も何もかも違う日本に突然放り込まれたわけやから孤独が余計に身に染みたんやろな。大袈裟に言うたら、アンナはマー君にとって地獄で出会った仏さまみたいなもんや」

「女の目は鋭いなあ。俺はそう聞かされるまで、てっきりマー君が自分の体験を通じて差別に苦しんでいる同胞のために大阪で働きたいと言ったとしか思ってなかった」

「うちで働いてもろて、二人がうまく行くように見守りましょか」

「そやなあ、それがええなあ」

 古賀は玲と一緒に微笑んだ。


 特別機が大阪に向けて飛び立った。関係者だけのフライトだから、座席もゆったりしたものだったが、マーは皆とは少し離れたところでアンナと隣同士の席に座り、楽しそうに話していた。

 大阪に戻ると、マーは仕事の合間に日本語を教えてくれるボランティア教室に通い始めた。アンナはマーの恋心を知ってか知らずか、仕事でも自分の後輩が出来たようにマーに対して色々と世話を焼いている。

 古賀と玲も事あるごとに二人の様子をほほ笑ましく見つめていた。

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